第1話 最悪の事務所

 おすすめレビュー

 ★☆☆☆☆ 最低最悪の事務所(マイナス評価があればマイナスにしたいぐらい!!)


 手続きを頼んだのは、完全に間違いでした。

 こちらの事務所でしかできないと言われたから頼んだのに!! 確かにこちらでしかできないのでしょう。が、あまりにもひどすぎる。というか、やってもらった意味がない。

 不愛想で人の目を見て話すこともできない人のやることです。やっぱりそういう人の仕事はその程度なんです。

 なんですか? 五分前の過去が見えるって。五分前なんてついさっきじゃないですか。見られてなんの意味がありますか? 私の父の魔法は、『術者は、自らが見ることができる範囲の空間の時間をさかのぼったり、先に進めたりして覗き見ることができる(干渉不可)』です。認定レベル4の魔法です。それが『術者は、自らが見ることができる範囲の空間の時間を五分進めて覗き見ることができる(干渉不可)』認定レベル1の魔法になってしまいました。

 たしかに、手続き前に「魔法の効力が弱まってしまうことがある」とは言われていましたが、あんまりです。

 ここまで効力が弱まるならやった意味がありません。もはや別物じゃないですか!! この事務所に依頼するのは、絶対にやめておいた方がいいです!!


 魔法歴五十三年十二月十七日



 端末から目を離すと、津雲直人つくもなおとは「はぁ……」と小さくため息を吐いた。


 この手のレビューには慣れているつもりだったが、それにしてもダメージが大きい。腹の中をナイフでグリグリとえぐられるような鋭い痛み。実際、ストレスからか、胃がキリキリと痛む。公平誠実をモットーに構えた事務所だからこの手のレビューは精神的に堪えるものがある。


「あ~~、やっぱりこの前来た依頼者、相当怒ってるみたいだ」


 直人はわざと相棒のメルに聞こえるように言った。


「ん? あの偏屈そうなおばさんのことかい? あのおばさん、本当は人の秘密を覗き見てやろうとか、そんなよこしまな考えしかないくせに、父の意思を受け継ぎたいんですぅぅなんて嘘つくんだもん!! 当然の結果だヨ」


 メルは、フサフサな白い毛に包まれた垂れ耳をぴくぴくと動かす。その耳には心なしか青筋が浮かんでいる。


 本人は自分のことをサルだと思っているが、どう見てもその姿は犬だ。見た目でサルらしいところといえば、器用に動く細くて長い尻尾と、指こそだいぶ短いが人間のものと同じように動く両の手くらいのものだろう。本人、いわく「二足歩行ができているのだから、サルに決まっているだろう?」とのことだ。もっとも、基本的には宙に浮いているので、その自慢の二足歩行を見られることはめったにない。


「おばさんってほどの歳でもなかったと思うけどな。やっぱ、無制限に時間を行ったり来たりできる魔法が、五分だけ、しかも過去を見られるだけって、いくらなんでも弱まりすぎだよなぁ。ここまで弱まるなんてこと今までなかったよな?」


「そりゃ、その二つを比べたらそうかもしれないけど、五分前が見られるだけでも、ボクは十分だと思うヨ。もともと魔法なんか使えなかったくせに、人間は傲慢で強欲だネ。あんな嘘つきおばさんには、それくらいでちょうどいいのサ」


 直人は、あっけらかんと言い放つメルに若干頭にきたが、メルの言うことにも一理ある。



 五十年ほど前、魔法を使える人間は突然現れた。それも世界中で同時多発的に。

 魔法を使える者が出現した当初は、世界中が大混乱に陥った。統治権が及ばなくなることを恐れた権力者たちは、国境を越えた魔法聯盟ボーダレスと呼ばれる組織を作った。現在では、その魔法聯盟ボーダレスによって、魔法の所有と使用エリアとが制限され、表面上の混乱はない。


 もちろん、世の中には魔法を持たない者もいる。魔法を持つものは、世界に五つある魔法特別区でのみ、その所有と使用が許されている。直人とメルが暮らすのは、第三魔法特別区——通称、第三の島サードアイランドと呼ばれる人工島だ。


 五十年前から続く慣習で便宜上『魔法』と呼んでいるが、超能力やスキルといったほうがその実態に近い。


 その魔法だが、使用するためには所有する必要がある。

 所有するためのハードルは極めて高い。原則的には、一子相伝。所有者の死亡によってのみ、その親類縁者に受け継がれる。所有者が死亡したからといって、放っておいても魔法は受け継がれず、受け継ぐためには魔法相続と呼ばれる特別な手続きが必要となる。


 直人は依頼を受けてその特別な手続きをすることを生業とする魔法相続士であり、メルはその補佐だ。



「そんなこと言ったって、元々無制限だったものが訳もなく制限されたらがっかりもするだろ?」


「だいたい人間は、魔法のありがたみが分かってないんだヨ。キミたち人間に言わせれば、魔法は天から授かったお恵みなんだろう? 元々自分のものでもない、誰かのものなのにサ」


 尻尾をフリフリしながらメルは空中を漂っている。


「でもさ、このまま悪評が続いたらこの事務所を続けていけなくなるぞ」


 今のところ、依頼人が急激に減るということにはなっていない。しかし、緩やかにだが、確実に直人の事務所を訪れる依頼者の数は減っていた。


「大丈夫だヨ。レベル4以上の魔法はボクらにしか扱えないんだから。嫌でもボクらに頼むしかないヨ」


 魔法には、魔法庁という組織が定めた認定レベルというものがある。

 魔法の性質によって認定レベルが変わり、効果が絶大であるもの、希少なものほど認定レベルが高くなる。


「俺たちにしか扱えなくても、結局効力が弱まっちゃうんじゃ意味ないだろ。このレビューのとおりだ。こんな評判が広がったら、そのうち誰もうちに頼んでくれなくなる。なんでレベル4以上を扱うと効果が弱まっちゃうんだ?」


 直人がレベル4以上の魔法を扱うと魔法の効力が弱まって受け継がれる。

 それも毎回弱まるわけではない。三回に一回程度。その頻度も確証があるわけではなく経験則だ。だからこそ扱いづらい。

 依頼者への説明は当然、曖昧なものになる。「魔法の効力が弱まって受け継がれてしまう可能性があります。絶対ではありませんが、そういうことが三割程度の確率で起こりえます」と言った具合に。


「なんとかその原因だけでも分かれば、対処もできるんだけどな……。メルは何か心当たりとかないの?」


「あるヨ。ふふんっ。それはネ。ボクが……魔女だからサ」


 落ち込み気味の直人とは対照的に、メルはケラケラと笑っている。


「こんなちんちくりんな魔女がいてたまるか。くだらない。この前の隕石でもぶつかったんじゃないか?」


 直人なりにジョークを言ったつもりだが、決して突拍子もないことではない。

 魔法を使える人間が現れて以降、自然災害が激増している。そして、数日前、ついに隕石まで降ってきたのだ。


 それまで経験したことのない災害の数々に、人間が本来使えるはずのない能力——魔法を使っていることがその原因ではないか、と主張する者が主に魔法を所有していない人間の中にそれなりの数でいる。


「とにかく、ふざけたこと言ってないで、真剣に考えてくれよ。事務所がつぶれたら、チョコレートも食べられなくなるんだぞ?」


 大好物のチョコレートが食べられなくなってはたまらない。と、メルは慌てて直人の腕にしがみつく。心なしか泣いてさえいる。

 あんなに美味しいものを奪いとるなんて、許せない。何としても事務所を存続させなければ。と、メルはようやく直人と同じ危機感を抱いたようだ。


「なにはともあれ、来た依頼を一生懸命やっていこうゼッ!」


 短い親指を誇らしげに立てるメルを見て、直人はまた一つため息を吐いた。メルの思いつきや、適当な性格に振り回されることには慣れている。


「その依頼がちゃんと来てくれたら良いんだけどな」


 直人は頬杖をつきながら、再び端末に目を移す。今のところメールやSNSを通じての依頼はなさそうだ。だからといって悲観的にはならない。

 魔法相続の依頼をかけてくるのは、比較的年配の人が多い。そういう人たちは端末の使用に疎く、直接事務所を訪ねてくる。電話で事前にアポイントを入れる人もいるが、多くの場合は突然にやってくる。

 だから、静かに鳴る入口ドアの鐘の音を聞いた時、そんなアポ無しの依頼者がやってきたのだ、と直人は思った。

 瞬間的に背筋を伸ばして入口に目をやる。


 接客用に気持ちのスイッチを切り替え、メガネをかけた。人見知りの直人は、メガネをかけないと初対面の人と上手に話すことができない。


「うわぁ〜、早速お客さんカナ?」


 モタモタしている直人を置き去りにして、メルは勢いよく依頼者の元へ飛んでいく。


「キミ、綺麗な目をしているネ。それに、それに、若い!! 若い女の子だよ、ナオ。ようこそ!! 公平誠実がモットーのゆきみ通り魔法相続事務所へ!!」


 直人に代わって、メルが事務所の紹介をする。比較的よく見られる光景だ。


 メルの声の隙間を縫う様にして「はぁ〜……」と本日三度目の直人のため息が虚しく響いた。

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