第38話

 協議の中で一番問題があったのは、どうしてバッカス王国が聖女を召喚したのか、という事だった。

 

「……我が国ではここ数年、農作物の凶作が続いており、更にはここ1年ほどは奇病が流行っている」

 

 シルバ王子の話にちょっと椅子を引いてしまった私は悪くない。悪くないぞ。

 

 

 苦笑したシルバ王子は、

 

「心配するな。伝染病の類いではない。

 老若男女問わずに貧血を起こしたり、何故か異常に疲れやすくなる者が増えたのだ。

 手足の痺れなどが出たりする事もある。

 ……まあこの程度の山を登った位で一緒に来た者たちが疲労困憊しているのも、体力の著しい低下が原因とも言えるのだ。情けない話だがな。

 これは魔族が魔法を使っているのではないか、バッカス王国を弱体化させ領土を広げようとしているのではないか、と思ったのだ。

 魔族と魔力の量は正直使える人間すら少数の我々とは比較にならんからな。せめて対等に戦えるよう聖女の召喚の儀を行ったのだ。これ以上弱る前に……」

 

「……ちなみにマイロンド王国がそのような事を画策していると言うのは、何かしら綿密に調査をされてのご判断なのでしょうか?」

 

 

 私は内心でこの国の人間はもしかしてアホじゃなかろうか、と言う不安がよぎり、発言の許可をもらって尋ねてみた。

 

 

「──?いや、特には。それに魔族の考えなど我々には分からないしな」

 


 おい何が「特には」だ。

 ただの思い込みかーーい!

 思い込みだけでカチコミかけたんかー!

 

「レルフィード様、そのような事実は?」

 

「ある訳がない」

 


「……まあ、驚きました。バッカス王国は、上の人間が事実関係を確認するという最低限の礼儀も怠り、憶測のみで一方的に他国に攻めいるような国なのですね」

 

「おい、そこの丸いのっ!」

 

 声のした方へ視線をやると、チャラい方の王子……えーっと、オルセー王子だ……が私に険しい眼差しを向けていた。

 

「──お前、今キリに何と言った?」

 

 ぶおん、と空気の流れを感じて横を見ると、レルフィード様がオルセー王子に燃えカスにしそうなほどの怒りを向けていた。魔法でも発動されたら大変だ。

 

「レルフィード様、話がややこしくなるから少しだけ黙ってて頂けますか」

 

「だがキリ!」

 

「フィー、黙って。私のお願い、聞いてくれないの?」

 

 わざとらしく涙をこらえる真似をして見せた。

 恥ずかしいが今は小競り合いとかしてる場合じゃないのだ。

 

 

「っ、済まない……今は黙る」

 

 と大人しくなったレルフィード様を見て、オルセー王子は気を取り直したようだ。

 

「我が国には我が国のやり方がある!バッカス王国への侮辱は許さない!王族への不敬でもある」

 

「えーと、偉そうに仰ってますけれど、バッカス王国のやり方というのは、山賊にも劣るような無計画かつ無鉄砲な手段の事でしょうか?

 結果的に現在、敵から情をかけられている状況で、よくもまあ恥ずかしげもなく自己肯定されますね」

 

「何だとブス!」

 

「やはり死んでもらおう」

 

 がばっと立ち上がったレルフィード様を無理矢理席に押し戻し、

 

「そちらの聖女様だって、正義の欠片もない行動だと分かっていたら、とても協力などしなかったと思います。ですよね?聖女ビアンカ」

 

「──え?あ、そうね勿論よ!正義のヒロインだもの当然だわ!

 ちょっと!あなた方は私を騙していたの?!」

 

 私たちの話を聞いている内に、これはちょっと違うんじゃないか?という不審げな顔に変わり出していた聖女ビアンカは、ここぞとばかりに王子たちに不満をぶつけていた。

 

「ビアンカ、落ち着け!奴らは適当な事を言って仲間割れさせたいだけだ!そもそも魔族が善人な訳がないだろう。今までの歴史で人間を何千と殺してきたような残忍な奴らだぞ?」

 

 オルセー王子はわめくが、私もだてに本屋に通って歴史本を読み漁っていた訳じゃない。

 

「一方的に襲って来られりゃ抵抗もしますでしょう?

 そちらは何千でも、こちらでは何万もの魔族が亡くなったのですよ?どちらが残忍なのでしょう」

 

 何だか上に立場の人間がここまで馬鹿だと、腹が立つというか呆れてしまう。人間は魔族より上の存在だとでも言いたいのだろうか。

 

「──だが!私達が間違った判断でそちらを疑ったのは謝罪する。済まなかった」

 

 その時、シルバ王子が声を張り上げた。そして立ち上がりレルフィード様に頭を下げた。

 

「兄上……!」

 

「オルセーは黙ってろ!」

 

「……本気の謝罪なら受けよう」

 

 レルフィード様が冷ややかな目をしていたが、少しして言葉を返した。

 

「ああ、国に帰って国王にも報告する。私たちはこちらにはもう来ない」

 

 シャリラさんもジオンさんも、納得はいかないが、という顔をしていたが、拗れて国の人たちが怪我をしたり亡くなったりするよりは何倍もいい。

 もう本当に来ないでくれるなら、マイロンド王国の人たちは安心だ。

 

 

 

「恐れ入りますが、少々トイレに……」

 

 少し場が落ち着いた頃に、アーノルドさんが立ち上がり、小声で私に囁いた。

 

「ああ、でしたら出て左の突き当たりに……」

 

 と私が案内しようと扉まで付いていく。

 

「ありがとうございます……それと、すみません」

 

 何が?と思った私は、腹部に衝撃を感じて固まった。

 

 ペーパーナイフのような細いナイフを持ったアーノルドさんが泣きそうな顔をしていた。

 

 思わずお腹を押さえた手には、真っ赤な血がついた。

 

 廊下で自分の首にナイフを当てて引いたアーノルドさんがその場で倒れる。

 

 物音に異常を感じたのか、レルフィード様が立ち上がり、

 

「キリ……?」

 

 と私を覗き込んだが、そのまま手を見て真っ青になった。

 

「ジオン!シャリラ!この場にいる者を全員捕らえよ!表の者もだ!」

 

「はっ」

 

「そいつが勝手にやったんだろう!私たちは無関係だ!離せ!」

 

 騒いでる声が聞こえたが、内容がよく聞き取れない。

 私も立っていられなくなりそうになった時に、ふわりと体が持ち上がり、レルフィード様に抱えられたと知った。

 

「重い、ですから……」

 

「喋らなくていい!今すぐ医者を呼ぶからな。人間も診た事があるジジイだから安心しろ。

 ああキリ、すぐ治るからな」

 

 見上げると、必死の形相で廊下を走るレルフィード様が見えた。

 

 こんな時でもイケメンだね、フィー。

 やだ、私より痛そうな顔をしてるじゃない。

 

 

 さらり、と汚れてない方の手でレルフィード様の頬を撫でて、そのまま私の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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