第29話

「レルフィード様」

 

「フィーと呼んで欲しい」

 

「まだ仕事中です。ちなみに白ちゃんもまだそこの床を掃除していないので避けて戴ければ幸いなのですが」

 

「あ、済まなかった。気づかず申し訳ない」

 

 

 私が勢いづいて身の程をわきまえず迫ってしまい、レルフィード様に期間限定の恋人になってもらってから2週間が過ぎた。

 

 レルフィード様は、前に叱られたせいなのか、かなり早起きして自分の仕事をまず終わらせてから、堂々と私の周りをうろちょろするようになった。

 

 シャリラさんも仕事を終わらせていると文句も言えない。言わば合法のストーカーである。

 

 

 むしろ普段より仕事の処理能力が早まったとかで、私に対して、

 

「ねえキリ。もっとこう、ご褒美的なものをサービスしてあげたら、もっと早くなるんじゃないかしらね?」

 

 などと言い出した。

 

「ご褒美的なもの、とは?」

 

「ほら、ほっぺにチューとか、ぎゅうっと抱きしめてあげるとか、頭を撫でてあげるとか」

 

「子供じゃないんですから、ご褒美ひとつでどうこうなるような方じゃないでしょう?魔王さまですよ?

 第一、私のチューなどにそんな価値はございません」

 

 と呆れて言い返したら、翌日レルフィード様が風呂掃除をしている時にめっちゃいい笑顔で現れて、

 

「あのな、あのっ、シャリラがな、仕事を1時間早く終わらせたら、キリがな、ぎゅうっとして褒めてくれるって言ってたから、えーと、その……頑張ったのだ」

 

 頬を染めるな照れてうつむくな。

 174歳にもなるのに5歳の子供のようである。

 

 凄艶なほどのイケメンにそんな態度を取られると、私の方が照れるではないか。

 

「……ぎゅうっと、して欲しいのですか?」

 

「ああ、勿論だ。期間限定とはいえ、こ、恋人同士だからな!いやあの、嫌でなければなのだが」

 

 分かった。

 

 レルフィード様は私以上にお付き合いというものに免疫がなかったのだ。

 

 私だって恥ずかしい。

 だがこれは私の方がリードしないと多分ダメな奴だ。

 

 内心で羞恥極まっているのを押し隠し、デッキブラシを置いた。

 

「レルフィード様、ちょっとこっちへ」

 

 内緒話をするように手招きすると、

 

「ん?どうしたキリ?」

 

 と言いながら近くに寄ってきたレルフィード様に、

 

「よく頑張りましたねぇ」

 

 とぎゅうっと抱きしめた。

 

「なっ、そんな急に!心の準備がっ!!」

 

 頭ひとつ高いレルフィード様が真っ赤になってわたわたしていたが、

 

「今からぎゅうっとしますから」

 

 などと言うとでも思ったのだろうか。

 そんなこっ恥ずかしい事をこの私が出来る訳がなかろうに。こんなものは勢いでやるしかないのだ。

 

「……ふわふわだ……」

 

 立ち直ったのか顔は赤いままだが、嬉しそうにぎゅうっとされているレルフィード様はとても可愛い。

 年齢的にはかなりおじーちゃんだけど、本当にどうしようもなく可愛い。

 

「──はいおしまい。では私はまだ仕事が残ってますので外でお待ち下さい」

 

「わ、分かった!白ちゃんと脱衣室の掃除をして待ってるから!」

 

「いえ待って下さい。しなくていいですよ。私が魔王さまをこきつかっているみたいではありませんか」

 

「大丈夫だ、私は魔法が使えるからすぐ済むし、その分キリが楽になるだろう?

 恋人としての時間は限られているのだぞ?出来る限り一緒にいられる時間を作らねばな」

 

 そういうと、返事も待たずにいそいそと脱衣室へ早足で歩いて行ってしまった。

 

 

 国一番の魔力持ちの魔王さまで、イケメンで優しくて仕事に協力的でどうやらかなり好意を持たれている。

 よくもまあこんなハイスペックな条件の人が私なんかを好きになってくれたものだ。

 

「でもちょっと過剰チートだわね……」

 

 デッキブラシを掴むと、またゴシゴシと床をこすり出した。

 

 

 とても嬉しいのだけど、私には勿体ないレベルの御方なのである。

 

 

「コミュ障も少しずつ改善してるようだし……好みがマニアックなのを除けばもう完璧と言えるわよねぇ」

 

 そのマニアックな好みが一番厄介だが。

 

(側にいられるのは嬉しいけど、私が帰ってしまった後のレルフィード様が心配だわ……)

 

 まあ私も帰った後に、レルフィード様がいない事でボロ雑巾のようになってしまいそうだけど。

 

 

「キリ!脱衣室はもう終わったからな!」

 

 白ちゃんとガラス扉の向こうで手を振るレルフィード様に応えながら、本当に無駄に可愛いなこの人は、と思いつつ、私もブラシを動かず手を早めるのだった。

 

 

 

 

 

 

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