第27話

 ここは食堂。

 

 ジオンさんが朝から森の中で増えすぎた野生の豚を何人か部下を連れて減らしに行く名目で狩ってきたそうで、

 

「キリ~♪腹減ったー、この豚でなんか美味いの作ってくれ!」

 

 と俵を持つように両肩にそれぞれ推定200キロを超えていそうな豚を軽々と抱えて戻って来た時には、確かにこれが魔族の男性の普通の筋力ならば、60キロや70キロの私なんぞ、軽々と持ち上げられるのだろうなー、とは思ったが、日本ではレアだ。

 

 日本では概ね電車の座席の一人分に収まる事を良しとする推奨サイズというものがある。

 

 あっちに帰ったらいきなり別人のように肥えていたとか結構洒落にならない。

 私は気を引き締めた。

 

 自分の事は自分で出来る身軽なデブでいなくては。

 いや、もちろん出来れば痩せたいが。

 


 野豚を厨房に運んでもらってチーフ達に解体して貰うと、バラ肉のトンポーロー(豚の角煮)用に大きめにカットして鍋で脂を落とすために茹でる。

 

 モモ肉は焼豚にするため紐でぐるぐる巻いて厨房の精鋭さん達にフライパンで焼いてもらう。

 火を通すと固くなりがちな部位は薄くスライスして食べた方が良いだろう。

 

 ついでにしょうが焼きや炒め物用にも薄切りにしたモノをどんどん作って冷凍庫に保存してもらう間に、酢豚の材料を一口サイズに切っていく。

 

 因みにパイナップルはご飯のおかずにはならないので入れない派である。ここにパイナップルあるのか知らないけど。

 

 下味をつけると片栗粉のようなキメの細かい粉を肉にまぶして、じゃんじゃん油で揚げて行く。

 表面がカリカリしている方が甘酢あんと和えても見た目がいいし美味しいと思っている。

 

 ざく切りにした玉ねぎやピーマン、タケノコを炒めて作っておいた甘酢あんと肉を絡める。

 味見をしたが、大変ご飯が進みそうな美味しさに仕上がった。

 

 

 焼いてもらった焼豚のブロックは、ばかでかい寸胴3つに入れて甘辛いタレで煮込む。

 弱火で沸騰させてから火を止めて味を染み込ませておく。どこのラーメン屋だという焼豚の量は圧巻だが、どうせ1日2日で無くなるだろう。明日の昼食はチャーシュー麺にしてもらおう。

 

 トンポーローの方もマメに火を止めて、表面に固まる脂を取り除いてまた煮るのというのを繰り返さないと、脂っこくなるので結構手間なのだが、箸で切れる柔らかさになった豚肉がこれまたご飯に合うのだ。

 タレに漬けた味付け玉子も相性が抜群だ。


  

 ジオンさんの慰労の意味で夕食を作る事になったのに、何故か当たり前のようにレルフィード様とシャリラさんまで食べると言い出したので、久しぶりにフルで厨房で働いたが、やはり美味しいモノを作るというのは楽しい。

 

 酢豚とトンポーロー、玉子スープにご飯を盛ると、デザートにはレルフィード様のお気に入りの杏仁豆腐を器に盛りテーブルに運んだ。

 

 

 

 「レルフィードとキリが恋人になったのか。ふーん、キリが帰るまで?なるほどねえ……」

 

 ジオンさんがガツガツと酢豚をご飯で掻きこみながら、甘酸っぱいのも悪くねえな、と呟いた。

 

「このお肉、柔らかいわねえ!玉子と合わせて食べるとすごく美味しいわキリ!またジオン様に野豚を捕まえて来てもらいましょう」

 

「ありがとうございますシャリラ様」

 

 シャリラさんもニコニコと嬉しそうに食べている。

 気に入って貰えたようで良かった。

 が、酢豚の甘酢あんが飛んだのか少し頬についてしまっており、それに全く気がついていない。

 

「失礼いたします」

 

 私は一礼すると、ポケットのハンカチでサッとシャリラさんの頬を拭った。

 

「すみません、酢豚のあんが飛んでおりましたので」


「やだ恥ずかしい。ありがとうキリ」 

 

 照れたシャリラさん可愛い。とても150歳越えてるように見えないぞ。

 

「……キリ、杏仁豆腐のお代わりが欲しい」

 

「はーい」

 

 レルフィード様の声がして振り向くと、さっきまで綺麗だった顔に2ヵ所酢豚のあんが飛んでいた。

 

 コイツ絶対確信犯だ。

 

 拭って欲しいからわざとつけたわね。

 恥ずかしいのはこちらの方だが、無視すると確実に落ち込む。

 

「……レルフィード様にもついてしまっておりますので、拭ってもよろしいですか?」

 

「そうか。気づかなかった。悪いが頼む」

 

 ささっとハンカチで拭うと、急いで杏仁豆腐のお代わりを出した。

 そして何故か厨房に下がろうとした腕を掴まれた。

 

「……キリ、私たちは恋人だな?」


「はい?あ、ええ、そ、そうですね」

 

「町で見た恋人たちは、『あーん』というのをしていた。私もキリにやって欲しい」

 

 私は動揺した。

 

「…あの………あーん、ですか?」

 

「そうだ。知らないか?女性がな、食べ物を恋人の口に──」

 

「いえ分かります!分かりますけども!……人前ですよ」

 

 周りにも仕事の休憩中の人たちがポツポツ座っているのだ。厨房からも覗かれている気配が漂っている。

 どんな辱しめだ。

 

「町の恋人たちも皆、人前だった」

 

 スプーンを差し出し、受け取るのを待っているレルフィード様がちょっと恨めしい。

 私は頬が熱くなるが、友人ではなく恋人になれと暗に誘導尋問したのは私である。

 

 そして彼はこの王国のトップ。こんな人前で断るという選択肢は……ない。

 

 スプーンを受け取ると、腹に力をいれた。

 杏仁豆腐を掬うと、

 

「──レルフィード様、あーん」

 

 と口元に持っていく。

 

「フィー」

 

「仕事中ですよ」

 

「フィー」

 

「……フィー、あーん」

 

「あーん」

 

 開いた口に杏仁豆腐を食べさせる。

 モグモグしている顔は、なんだかとても嬉しそうである。

 私にはかなり抵抗があったが、こんなことでご機嫌が良くなるのであれば恥ずかしさなど些細なことだと思い直した。

 

 しかしレルフィード様はグイグイ来るな。

 とてもコミュ障とは思えない進化である。

 

 

「……こいつ本当にレルフィードか?……」

 

 酢豚を食べていた手を止めて、ジオンさんが驚いたように呟いた。シャリラさんは目を細めて杏仁豆腐を食べながら、

 

「ラブは人を変えるんですわよ」

 

 と返している。いや、変わりすぎなんですが。

 周りのぬるい眼差しが刺さるんですけど。

 

 

 杏仁豆腐を全部あーんさせられてようやく解放されたが、恋人というモノはなかなか大変な任務を伴うものだ、と私も改めて実感するのだった。


 

 

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