第21話 林間学校二日目夜(キャンプファイヤー 点火式)

「以上でキャンプファイヤーの開会式を終わります! このあと点火式を行いますので、準備のある人は移動をお願いします!」


 開会式は滞りなく終わった。中学生にしては見事な仕切りを見せる林間学校実行委員長(=成人式のときの幹事)の掛け声で、クラスごとに整列していた生徒たちの中から数名ずつが立ち上がって点火台のほうへと出ていった。


 しばしの間準備に入り、俺は視線を隣に向けた。会澤は体育座りをしたまま、何か考え込むように暗い手元を見つめていた。


 点火台の前に集合した後、俺たちは互いに会話を交わすことなく沈黙を貫いていた。かといって、距離を置いてしまうのも違う気がして、結局隣同士並んで座っていた。


 もしかしたら、このとき会澤はキャンプファイヤーが始まる前に俺が言った台詞の意味を必死に考えていたのかもしれない。




 ――告白大会、楽しみにしておけよ。




 わかりづらいことこの上ない。聞いたって何のことかさっぱりだろう。どうしてこんな伝え方をしたのか自分自身に問いただしたくなる。


 なぜか、俺は一番重要なことを言わなかった。


 それはもちろん、未翔が出るということである。




『告白大会、未翔が出るらしいから楽しみにしておけよ』




 これなら、この時点での俺が把握していた情報量からしてもベストな台詞だっただろう。


 けれどそれが言えなかったのは、多分まだ自分でも信じきれていなかったからだ。


 未翔が信用できなかった、というわけではない。宣言したことは必ずやり通すという意味では、彼女ほど信頼できる人間はなかなかいない。その点に疑いはなかった。


 信じきれなかったのは、それを受け入れる自分の心だ。


 すなわち、未翔が告白大会に出て何かを言うという事実を、この後に及んでまだ具体的にイメージして許容することができていなかったのである。


 一方で、その間にも点火を待つ他の生徒たちの高揚感はどんどん高まっていた。みんなこのキャンプファイヤーが林間学校最後の一大イベントであることは承知していたから、近くの友達と囁くようにして雑談する声も大きな期待で満ちていた。


 周りの様子を窺っていると、少し離れた場所に座っていた笹本と目が合った。他の女子と話をしつつも不安げな表情を浮かべ、こちらの状況を知りたそうにしていた。だが、立ち上がって報告をしに行くことはできず、俺は何を肯定したのかもわからない頷きだけ返して、別の方向へ顔を向けた。


 今度は氷川の姿を発見した。女子の集団の端に一人で座る彼女は、周りの誰かと会話することもなく静かに何かを見つめていた。


 その視線を辿ると、未翔に行き着いた。


 未翔も一人だった。


 どんなときでも明るい笑顔で集団に打ち解けることのできるあの未翔が、誰とも盛り上がることなく一人で身体を縮こまらせて、決意を固めるように時が来るのを待っていた。


「それでは、これより点火式を始めます」


 初夏の夜風が吹いて、点火式の時間となった。


 開始の号令が風とともに去っていき、キャンプファイヤーの点火のための短い劇がスタートした。


 劇の始まりは、声も音もなく静かだった。


 先ほどまであったランタンの灯りも忽然と消え、何も見えない暗い夜の真ん中に俺たちは迷い込んだ。


 視界を奪われ、ごくりと息を呑む音が聞こえる。


 そんな真っ暗な闇の中に、突如五つの火影が飛び込んできた。


 燃え上がるトーチを手にした各クラスの演者五人が後ろから現れたのである。おぉっと感じ入る声が響いた。


 白い衣装を身に纏った選ばれしその五名は火の神の使いを名乗り、点火台の前にゆっくりと歩み寄る。


 そして充分な距離まで近づくと、それを囲むように立って一人ずつ宣言を始めた。


「火の神より与えられしこの灯火が」


「真っ暗な闇に光をもたらし」


「わたしたちの希望となって」


「行く先の見えない未来への道を」


「明るく照らすでしょう」


 それぞれが掲げたトーチが中心にある点火台へと伸びる。


 ――次の瞬間、一際大きな炎がこの世界に誕生した。


 時間にしたら五分に満たないような寸劇だった。


 けれども、最後に唱えられた五つの台詞は、時が経った今でもその崇高な雰囲気とともに俺の記憶に深く刻まれている。

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