第17話 林間学校二日目昼(ウォークラリー 事件)

 吊り橋を渡り終えてそこからまたしばらく歩くと、第三、第四のチェックポイントがあった。(出された課題はそれぞれ理科と社会の問題でこれも氷川が即答)


 四番目のチェックポイントのアスレチック広場がお昼休憩の場となっていて、俺たちは昼食の配布場所からおにぎりを受け取った。


 先行していた班と後から来る班が続々と合流して、アスレチック広場は次第に賑やかになっていった。


 お昼を食べ終わったら自由時間となっていたので、元気のありあまった者は広場にある大きな滑り台みたいなので遊んでいた。会澤もジャージを脱いで、下に着ていた白い体操着姿で混ざっていた。


 長めの昼休憩の時間が終わると、また出発のときと同じように一組の一班から次のチェックポイントに向けて旅立った。


 順番が来て、俺たちも残りの三つのスタンプを求め、再び歩き出した。


 スタート地点だったキャンプ場のグラウンドがそのままゴール地点でもあったので、ここからは復路だった。とはいっても、往路とは別の道を行くことになっていたため、見えてくる景色はすべて新鮮なものだった。


 林の中から始まった午前中の往路とは違って、復路は開けていて歩きやすいアスファルトの歩道がしばらく続いた。


 清らかな風と午後の太陽。晴れた空に浮かぶ白い雲を遠くに眺めつつ、長閑な道の上を陽気に歌なんかを口ずさんで歩く会澤や未翔たちと一緒に楽しく進んだ。


 迷うことなく順調に経路を行き、チェックポイントで待ち構える先生からの課題についても難なくクリアしていった。


 だが、最後までその調子で進むことはなく、予想外の事件が起きてしまった。


 それは第六チェックポイントを過ぎ、最後の第七チェックポイントへと向かう最中のことだった。


「……な、ない」


 再びキャンプ場の近くまで戻ってきて、それまで元気に先頭を歩いていた会澤が突然焦り出し、行進が中断した。


「どうしたんだ?」


 俺が後ろから声をかけると、会澤はわなわなと震えながら青ざめた表情で振り返った。


「チェックカード……なくした」


 緑のジャージの胸の辺り、そこにかけられているはずのチェックカードがカードホルダーごとなくなっていた。


「やばい。どうしよう。なんで? ずっと首からかけてて外してないのに。どこで落としたんだろう。あっ、もしかして昼に滑り台やったときかな。ど、どうしよう。やばいよ無理だ。あんなところまで引き返せない」


「落ち着け、会澤。それはない。俺たちは第六チェックポイントで先生からスタンプを貰ったんだから、そのときまでは少なくともカードはあったってことだ」


 俺はテンパる会澤をなんとか落ち着かせた。動揺は冷静な思考判断能力を失わせる。とにかく、現状をしっかりと把握しなければならなかった。


「それなら第六チェックポイントまで歩いて戻りながら、みんなで協力してカードが落ちていないか探そうよ? わたしたちの後ろから来る班の人たちとも会うだろうから、いろいろ訊いてみることもできるし」


 多少の焦りは見えたが、未翔は行動を起こそうと前向きだった。


「石狩くん、どうする?」


 そんな彼女の隣から、笹本が不安そうに俺の意見を請うてきた。


「少し待ってくれ。今ベストな案を考える」


 俺は返事を口にしながら、頭をフル回転させて最適解を検討した。


 正直なところ、未翔の案に乗っかってもいいと思っていた。戻りながらみんなでしらみつぶしに探すというのは最も効率の良い方法に思えたし、それ以外のプランというものはなかなか出てきそうになかった。


 ただ、懸念材料もあった。そのときにいた場所から一つ前のチェックポイントまでは結構距離が離れてしまっており、なおかつ途中から林道に入っていたため、落ちたカードが木の陰や茂みに隠れていたら見つけられない可能性が高かったのだ。


 だから「このときになくなった」という場面がはっきりとわかれば、それに越したことはなかった。


 そんなふうに思ったとき、ふとジャージ姿の会澤に目が止まった。


「そういや、いつの間にジャージ着たんだっけ?」


「へっ?」


 虚を突かれたように、会澤は間の抜けた声を上げた。


「確か、さっき言ってた昼の滑り台のときは体操服着てたよな。それでそのあと午後になって歩き始めてからもしばらく……」


 記憶を辿っていると、氷川が横から正確な答えをくれた。


「第六チェックポイントを過ぎて、林の中に入った辺りだったと思う」


 そう言って、彼女は深くため息をついた。何か結論に辿り着いたような顔だった。


「まさかな……」


 俺もおそらく彼女と同じ考えに至ったが、一応確認するまではそれが解だとは決めつけなかった。


「会澤、ちょっとジャージ脱いでみてくれ」


 そう言われて、会澤もようやく何かに気がついたように恐る恐るジャージを脱いだ。


「あっ!」


 未翔が目を丸くした。


 視線の先、白い体操着姿になった会澤の胸の前にはチェックカードがしっかりとぶら下がっていた。


 真相はこうだった。


 日の当たりにくい林間に入ったせいで少し肌寒くなった会澤は、半袖の体操服の上からジャージを着た。その際に首からぶら下がったチェックカードをそのままにしたため、体操着姿のときに胸の前にぶら下げていたカードホルダーがジャージを着たせいで見えなくなっていた。


 早とちりでおっちょこちょいなミスだ。額のところに眼鏡をずらして眼鏡はどこだと探していたようなものだった。


 ただ、落ち込んでいる会澤を見たら、どうしても責めることはできなかった。


 その後、俺たちは引き返すこともなく最後のチェックポイントを通過し、無事にゴールのグラウンドまで戻ることができた。


 けれども、会澤は意気消沈したまま、最後まで抜け殻のような状態でついてくるだけだった。


 スタンプは全部集まり、到着時刻に遅れることもなく、無事に全員で戻ってきた。


 表面上何一つ問題のないウォークラリーだったが、俺たちにだけわかる深い傷跡のようなものが残ってしまった。

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