第13話 林間学校一日目夜(一日目総括)

 最後の晩餐は何がいいか、という究極の問いがある。


 それに対する俺の答えは決まっている。この林間学校の夜に食べたハンバーグだ。


 高級な食材を使ったわけではない。一流のシェフが作ったわけでもない。


 でも、美味しかった。どんな料理もあの魔法がかかった味には敵わない。


 だからこそ、俺はもう二度と食べられないこのときのハンバーグを最後の晩餐に選ぶ。


 特に必要ないかもしれないが、料理コンテストの結果を述べておく。三位だった。全クラスの全部の班が集まった中で三番目。俺たち一組の中では唯一の入賞だった。料理を食べ終えた後、学年のみんなの前で表彰された。


 敵に塩(と胡椒)を送る形となった隣の班の奴らには、未翔が「みんなのおかげだよ」とあとでお礼を言いに行っていた。その効果はてきめんで、言われた班の人たちはものすごく嬉しそうにしていた。男子だけでなく同性である女子の心も摑んでいたのが印象的だった。


 天性のバランス感覚、とでも言おうか。目立つ存在だった未翔はその分だけたくさんの反感を買ってもおかしくなかったが、少なくとも俺が見ている範囲ではほとんど敵を作ることなく学校生活を送っていた。


 料理コンテストの後は交代制で順番にお風呂に入ったりしながら、外出禁止時刻の夜十時まで互いのバンガローを行き来したりして、各々上がりきったテンションで初日の感想や明日への期待などを口にしていた。


 夜の十時を過ぎてからは、同部屋の会澤、紺野、染谷とくだらない話で盛り上がった。


 林間の夜にふさわしい話題がいったいなんなのかはわからないが、当時の俺たちにしてみればそのときのその会話こそが至高だと感じていた。


 でも不思議なもので、その夜のトークを詳しく思い出そうとしてみたら、実はあまり内容は覚えていないのだ。


 残っているのは楽しかったという感情だけ。


 もしかしたらその忘れてしまった話にこそ、重大な秘密が隠されていたのかもしれない。


 けれど、もう取り戻せない記憶だ。


 生きている間に、俺たちはそういうすれ違いをいくつもしている。今だって思い出せないものは欠けたままの世界で、思い出せるほんの少しの本物を頼りに世界を再構築しているに過ぎない。


 だから多分、未翔のことも見落としている部分がきっとたくさんある。見えていないことにすら気づかないで、ただ単純に見えていることにだけ焦点を合わせ、都合の良い解釈をしているだけなのだろう。


 見えないものは認識できない。それが普通である。


 だけど、それでは何も解決しない。


 しおりを捲って、二日目の行動スケジュールのページを開く。


 林間学校二日目は朝から夜まで未翔を含む行動班のメンバーと一緒だった。今からすべての出来事を思い出すなんて到底不可能なことだ。でも、今まで見えていなかった何かがその日にたくさんあったことだけは間違いない。


 あれからもう随分と時が経ってしまった。あの日の出来事は遥か遠くのほうに流れて行ってしまったように感じる。かつて近くにいた彼女は今やどこにいるのかさえわからない。


 だがそれでも、見ようとしなければならないのだ。


 確かにそこにいたはずの彼女を。そこにあった本物の世界を。


 ――新島未翔は未来人である。


 そんなふうに思わせる彼女と俺たちの、長い一日を振り返る。

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