第7話

突如、俺は父に呼ばれた。

俺がいつものように裏山にフケようと思った矢先のことだった。


父のところに到着したら。

「あばばっばばっばばっばば」

父はテンパっていた。

動揺している彼から聞き出す限りでは、どうやら俺に婚約話が舞い降りてきたらしい。


なぜ、父がここまで動揺しているのか俺には理解できなかった。

あんたが、この許婚の話を根回ししてたんちゃうんかいと。

家と家の約束事を、さすがに家長が知らないというのはないだろう。

……ないよね?


動揺している父を眺めているうちに、父も俺もすみやかに礼服に着せ替えられた。


準備が整ったので、使者のいる応接間に向かった。

今回、使者に応対するのは、当家からは二人だ。

家長たる父と、当事者たる俺だけが応接間に向かっている。

……バイ子がいなくてよかった……。


父は、廊下を歩く間も動揺を隠せないでいる。

汗をしきりにハンカチで拭い、うつむきがちに歩いている。

一方、俺はいたって冷静だ。

まぁ、俺も一応貴族の生まれなわけだし、親が勝手に決めた婚約話ぐらい想定の範囲内だ。


相手がブサイクじゃないといいなぁ。

許婚ガチャでの失敗は避けたいから、そんなことばっかり考えてしまう。


応接間につくと、使用人にドアを開けさせ、父と俺が入室する。

応接セットのソファには、使者として我が家を訪れたロマンスグレーのおっさんがいた。

こちらが名乗ると、相手も自分の身分を明かした。


なんでも、メソケイ公爵家の方らしい。

メソケイ家は、王国内でも有数の大貴族だ。

大派閥の長にして、俺でも知ってるレベル。


やっと、父が恐縮していた理由が分かった。

成り上がりの伯爵ぐらいでは、口を利くことすら憚られる存在だわ……。


なぜ、それほどの有力貴族が、俺ごときに縁談を持ってきたのか。

横に座っている俺が疑問を抱いているのなど気にせず、父と使者の話はとんとん拍子で進んでいく。

話が始まったら、父もペースを取り戻したようだ。


使者の方が、釣書みたいなものを出してきた。

そこに年齢であったり、出自であったり、細かく書いている。

相手は、公爵家の三女で、俺と同い年らしい。

……よかった。三十歳上の危険球とかじゃなくて……。

年齢だけで、ストライクゾーンですわ。


そして、俺の婚約相手の肖像画を取り出してきた。

その肖像画を一目見て、俺は心を奪われてしまった。

稲穂のごとき黄金色の髪に、澄んだ蒼の瞳。白磁のような白い肌。

前世でも見たことのないような美少女がそこには描かれていた。

フォトショップで加工されていなければ、間違いなく、将来とてつもない美人になる。


俺が肖像画に見入っている間も、二人の話はどんどん進んだ。

話も終盤になったころに、父が「謹んでお受けいたします」と頭を下げた。

こうして、俺の婚約話は無事にまとまったのだった。


だが、どうしても解せなかった俺は、不躾ながら使者の方に質問をしてしまった。


「今回のお話は、父とともに話をまとめられた方がおられるかと思いますが、どなただったのでしょうか」

父が、ギョッと目をむいて俺を見てきた。

それに気づかなかった風に、使者の方が口を開く。


「貴方のお母さまですよ。メソケイ公爵夫人とは、昔からのご友人ですので」

父が、動揺のあまりに手が震えている。

ははっ、逃がした魚(俺の実母)は大きかったな!ざまぁ!

俺のママンは、バイ子より優秀なんだよ!


使者の人の話をかなり大雑把に要約すると。

貴族界におけるママ友会みたいなのがあり、そこで久しぶりに二人が再会。

二人は意気投合し、俺と公爵三女の縁談をまとめたとのことだった。


うーん……。両家の家長が置いてかれてるような気がするが……。

まぁいいか。

もうどうにでもなれー。


「ご説明ありがとうございました。私としても、今回のお話には異論ございません。このたびは遠路はるばる起こしいただき、心より御礼申し上げます」

俺は、適当な締めの言葉を放ち、応接間からのフェイドアウトを試みる。


だが、そこでうまくは逃がしてもらえなかった。

結局、使者の人とは、二時間ぐらい話をすることになった。




長話が終わったので応接間を無事退去し、自室に戻ろうとしたときだった。


廊下の先に人影が見えた。

あまりにも邪悪な殺意を感じた俺は、その人影に目を向けた。

廊下の片隅には、幽鬼のように俺を睨みつけるバイ子が立っていた。


俺は、今日の出来事が、義母バイ子を本気にさせてしまったことを理解した。

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