第6話 裏六甲ピクニック(一)

 山の紅葉終わる頃、キャンプシーズン到来。

 焚火がしたくなって、キャンプに行こうかなと思っていたのだが、お仕事のお呼び。

 築の勤務先では1月から年度が変わるため、12月は決算をはじめ年次の締めやら各種異動がありバタバタする

 年度替わりの処理や組織変更の対応やらのため、打ち合わせに呼ばれ数回出社した。

 忘年会にも誘われたが、クロマルのこともあるのでそれはお断りし、その日はこれでと帰ろうとしたとき、ちょいちょいと手まねき。

 その主はシステム部の中堅である乙部さん、自分とは仕事上の絡みも多く趣味もかぶるので親しい仲、齢は一回り上だが。

 乙部は「おとべ」と読むのだが、多くの人は「乙(おつ)さん」と、早口に「おっさん」と呼ぶと、「誰がおっさんや」と返ってくるのまでがお約束。

「もう帰るのか、ちょっと付き合え」と、強引に近くの焼鳥屋に連れ出される。

 北海道に移住することはすでに告げてあったが、根掘り葉掘り細かいことを聞かれる。

「くそー、いいのう、うらやましい」

 何気にキャンプに行くつもりだったことをもらすと、

「オレも行く」と即座に。

 一応、妻子もある身だし、このクソ忙しい時期に大丈夫かとは思うが、じゃあ次の週末にあの場所でと解散。

 家に戻ってドアを開けると、お怒りのクロマルに頭突きされた。


 土曜の朝、天気は快晴、昼飯食ってから出発。

 途中で有野のいかりスーパーに寄って買い出しし、目的地の裏六甲のスポットへ。

 日本海側を指す裏日本とか、山陰地方とか、差別的な響きがあるとかで言葉狩り的に使われなくなってきているが、裏六甲ドライブウェイとかあるくらいなので、こっちはまだセーフらしい。

 自宅があるのも六甲山系の西端を削って造成された住宅地なのだが、ここはずっと東の西宮市北部。

 キャンプ場などではなく自然の渓谷、乗用車がすれ違うのも無理な細い道を上がっていくと、広場に出る。

 知る人ぞ知るというほどでもなく、山の清水の水汲みに来る人、キャンパー、バベキュアー(造語:バーベキューを目的とする人々)や、サバゲーマーがやって来る、マイナーなコースではあるが登山口にもなっているのでハイカーも、しかしもう初冬。

 無人とまでは行かないが閑散としている、キャンプ支度のグループもいないので日暮れ頃には帰っていくだろう。

 水場でポリタンを満タンにし、どんどん奥へ上がる。

 道は鋪装などされておらず、石がゴロゴロで乗用車ではかなり厳しい、ここはクロカン車の面目躍如。

 どんつきの堰堤下まで上がる、クルマが入れるのはここまで、完全な貸し切り。

 上流から水が流れ込みプールができているがクロマルは興味示さず、ラブって水見たら飛び込むんじゃなかったっけ。

 すでにある焚火跡を整備し、脇にテントを張る。

 米軍放出品で2枚の帆布シートを連結するパップテントと呼ばれているやつ。

 ここでのパップはたぶん小さいということ、子犬のパピーと同じ意味なのだろう。

 長辺が2メートル弱で短辺も1メートル弱と小さい、一人と一匹ならなんとかだが米兵二人が入れるのかは謎。

 フロアはないので別にシートを敷いて折りたたみのテントマットを広げる、その上にさらにサーマレストを展開し空気を吹き込んでおく。

 地面に直敷きするならパンクの心配のないリッジレストだが、この場合では巻きグセもなく寝心地のいいサーマレストの勝ち。

 寝袋を2つ、スタッフバッグに入ったままの自分のマーモットのエリート、クロマル用の安物の封筒型を半分に畳んで置いておく。

 焚き木を集め火を熾しかけた頃、乙さんの到着。

 クルマは下に駐めザックを背負い徒歩にて、高校時代は登山部だったらしいので、10分やそこらは歩いたうちに入らないのだろう。

「ご苦労ご苦労」ほいと、クーラーバッグに入った酒類。

 過去に何度も一緒にキャンプしているが、いつの頃からか自分が食事担当、乙さんが酒とアテ担当となっている。

 クロマルはオヤツ係の登場に尻尾ブンブンで大歓迎、まずはビールで乾杯。

「しかし何だそのテントは、ブッシュクラフト(笑)か?」

 少し流行りのブッシュクラフトは日本では独自の進化を遂げブッシュクラフト道に、そこには様式美を楽しむ各種の縛りがあり、パップテントはお約束アイテムの一つ。

「焚き火で穴あいて泣かないように、それに綿なんでたまに張って干さないとカビが生えるんで」

 乙さんはバカでかいグレゴリーのザックからテントを出し、火の粉を警戒してか少し離れた位置に設営。

 テントはモスのスタードームⅡ、人のことは言えない、自分だって虫干し代わりに古いテントを持ってきている

 見ていると、フライシートを広げるというより剥がす感じで展開している、防水コーティングが劣化しネトついているのだろう。

 こちらは、まもなくの日没に備えランタンの準備。

 道具箱代わりの古いコールマンのクーラーボックスに常備しているやはりコールマンの200B、赤ランタンと呼ばれる200Aの復刻版で燃料はホワイトガゾリン。

 液体燃料だとオプティマスの灯油タイプも持っているが、灯油が安くて入手が簡単という以外にメリットを感じないのでもっぱらこっちがメイン。

 ランタンでもコンロでもだが、灯油は煤が出るしプレヒートが不充分だと生で噴出したり炎上したりで扱いがナーバス、灯油自体は引火点が高くガゾリンより安全でも炎上するのでは意味がない。

 じゃじゃ馬を使いこなす喜びもあるが、毎日使うものでもないのでランニングコストより楽な点火を優先。

 ホワイトガソリンは手についてもすぐに揮発するが、灯油はいつまでもベタベタして臭い。

 ブッシュクラフト道では灯油が燃料でも芯に火を灯すタイプが人気、大きさの割に暗いし雰囲気だけ、様式美(笑)。


 クロマルは乙さんからジャーキーをもらって、矛先をこちらへ。

 こんな所まで来ても散歩の時間ですか、そうですか。

 焚火の番を任せて、車で登ってきた道をプラプラ降りる。

 広場には乙さんのゴルフⅣのみですでに無人。

 来た道をそのまま戻るのに不満そうなクロマルをだましだまし野営地に、ビール2本目。

 もう薄暗い、ランタンに点火して各自はヘッドランプ装着、テントポールにLEDランタンをぶら下げる。

 コッヘル大小に水とドライフードを入れてやり、クロマルは先に夕食。

 火ばさみとスコップで熾火を脇によせ、折りたたみの五徳を置いて、ダッチオーブンの準備。

 中にキャベツを半玉ざく切りにしたものを入れ隙間にベーコンを押し込む、脇に人参とじゃがいも上に塩コショウした鶏もも肉、粉末のコンソメをふりかけ水を少々、蓋をして熾火に。

 ダッチオーブンはGSIのアルミ製10インチ、鋳鉄のダッチオーブンも持っているが重いし錆びるしで使わなくなった。

 袋からバケットを出し食べやすいサイズに切って袋へ戻す、目ざとい黒犬はヘタの部分をゲット。

 クロマルはとにかくパンが大好物、動物質でもないのに犬はたいていパン好き「パンが嫌いな犬なんていません」ってか?

 ダッチオーブンが煮立ってきたので少し火から遠ざけ、スペースで乙さんの持ってきたソーセージを焼く、これは犬ダメな。

 クロマル用には砂ずりを串にさして炙る。

 ビール3本目、乙さんすでにシェラカップで赤ワイン。

 焼けたソーセージを囓りながら、自分も赤ワインにチェンジ。

 ダッチオーブンのポトフをロッキーカップ2つに盛り、パンを熾火の上に網を敷いてのせる。

 すぐに焦げ目がつくので裏返し、焼けたやつに発酵バターを分厚く塗ってかじる。

 クロマルはパンのかけらを求め、二人の間をウロウロ。

 砂ずりを串から外してシエラカップに、少し冷ましておく。

 三者、しばらく無言でパクつく、腹もくちた頃ワインも空いてバーボンへ。

「でさあ、なんで北海道なんよ、そりゃ旅行に行くならいいけど、遠くて気軽に行けないし信州くらいじゃダメなのか」

「信州エリアも探したんだけど、分譲別荘地みたいなのか、マジの山林で傾斜地上等とかばかりで」

「それと東北の地震があったばかりで放射能とか大丈夫って時期で東の方は行きにくくて、そんなら飛び越えちゃえで北海道で探して」

「そうしたら、丁度いい物件があったので決めちゃったという次第で」

「決めたのはいいけど、遊びに行く方のことも考えろよ、札幌とかならともかく遠すぎるわ、千歳からどれくらいだっけ?」

「だいたい300キロ、大阪から広島行く感じですか」

「東の方って飛行機直通無いのよな(当時)、夏場はあるみたいだけど、そういうことも考慮に入れとけよ」

 遊びに来る気満々の乙さんのピッチは早く、すでにワイルドターキーは半分を切っている。

 そのうち仕事に関する愚痴になって、

「システム部なんて、掃き溜め」

「使い物にならんジジイばっか、40過ぎても一番下っ端」

 果ては家庭内のことまで、この人こんなに酒癖悪かったっけ、色々溜まっているみたい。

 うざくなってきたし、クロマルが眠そうにしているので、

「先に寝ますよ」と声をかけてテントへ。

 残された乙さん、しばらく一人で飲み続けていたようだがやがて……

 こっちのテントに潜り込んできてクロマル用の寝袋にくるまる。

「狭いわ、おっさんのテントあっち!」

「誰がおっさんや、ういーっ」

「この酔っぱらいが!」

 クロマルは男二人に挟まれて、ぬくぬくと眠ったのでした。

 こっちは体半分押し出され、窮屈で寒かった。

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