僕らのゴール。

 ギターの情熱的なイントロとともに、エンドロールが流れ始めた。

 しかし映画の『提供者』は、エンドロールを最後まで見ないタイプだったらしい。

 ぶつ切りに終わってしまったエンディング曲に、「なんだよう」とクルックスが残念そうに声をあげた。


 ニルもリモコンを操作しながら、不満を口にする。

「これ、同じバージョンの中ではよく覚えてるほうなんだけどね。記憶提供者が覚えてないと、映画ってこういうところが荒いんだよなぁ。やっぱ現地で見るのが一番だよ」

「第五の万年常駐職員のおいらには現地で見るのはハードル高いよ~! 」

「クルックスは、適応値が安定しにくいんだっけ」


 クルックスは大きく何度も頷いた。

「そう! そうなの! おいらさ~、故郷にいたころは体が丈夫なのが一番のセールスポイントだったのにさー! 」

「使ってるのは『ワクチン』だっけ? 」

「そう、おいらは『ワクチン』のほう。やっぱ『本』のドナーはさー。なかなか見つかんなくてさー。いい人がいたらいいんだけど! 」

「そういうのは縁だもの。ねえ、晴光」

 エリカに水を向けられて、晴光は「まーなぁ」とあいまいに頷く。

「二人はいいよね~『ドナー』がいるし、エリカにとってはバートナー契約もしてるし? あっ、そうだ! 」

 クルックスの次の言葉に、「えっ」と晴光は思わず声を上げて振り返った。


「ねえファンちゃん、じゃあこれを縁にさ、おいらともドナー契約してよ~」

 いつのまにかクルックスはキッチンに向かい、片付けをはじめているファンの手を握って、あの大きな緑色の目をウルウルさせている。


 『ドナー』のいない管理局職員は、自然な流れで『ワクチン』こと『セイズウイルス』から精製される薬剤に頼る。

 どちらも効果は変わらないが、『本』のほうが持続する期間が安定しているとして推奨されているのだ。


 『ドナー』には、街を行くどの『本』の全員が候補というわけではなく、『本』側から志望者をつのったリストが管理局にあり、互いに面談を繰り返して相手を探すしかないが、リストになくても親しい間柄の『本』を口説き落とすことは、そう珍しいことでもない。


(え、ええ~!? こ、ここで止めに入るのは……なんか違うし……そもそも『ドナー』とかは『本』側の意志が尊重されるものだし……いや、そう! 止めるもんでもないしおれに止める権限は無いわけでそもそもなぜ止めようと思ったのかドナー契約ならファンに危険はないし……)

 頭を抱えた晴光の後ろ首を、白い指がつつく。振り返ってみると、(あんた、ばかね)と、呆れた顔をしたエリカの口が動いた。


「ごめんね、クルックスくん」

 ファンがそっとクルックスの手を解く。

「ひとりの『本』が何人もかけもちすることは、たまにあることだって知ってる。でもわたし、その、体重がそんなにないから……二人ともを助けられないことがあるかもしれない。そうなったら……」

 頭巾の下でピンと立っていた耳が、へにょりと垂れた。

「……あ、ああ~! そ、そうだよねぇ……。ごめんね。そうだよねぇ。血を提供するんだから、そうだ。うん。こっちこそ強引にごめんねぇ」

「う、ううん。いいの。いい人が見つかるといいね」


 なんとなく晴光は、そっとトイレに立った。ため息交じりに「ばかねぇ」とこぼすエリカの声が、背後でしたような気がした。


 そろそろお開きの時間も迫っている。

「ファンちゃん。帰る前に、借りたいっていってた本、シリーズのどれだかわかんなくて。取りに来てくれない? 」

 総出でキッチンに集まって片付けをはじめているところから、ニルはファンを手招いて呼び出した。


 ニルの部屋は二階にある。せいぜい15段の階段は、上に行くほど置き去りにされた書籍の数が増えていった。

 二階にある三部屋は、そのうち二つがニルのスペースになっていた。そこから溢れた本の束が、廊下を侵食し、階段まで伸びているのだ。

 ニルは、家主二人が『図書館』と読んでいる書斎にファンを通す。

 端的に謂って、図書館というより古本屋のような様相を成しているその部屋は、密談にも向いている。


「ニルくん、あ、ありがとう。じ、自分じゃ、うまく話すタイミングが取れなくって」

「気にしないで。慎重に動いてくれて、こちらとしても助かる。それに僕こそファンちゃんに謝らなくちゃ……晴光はたしかに信頼できる協力者になった。きみの言うとおりだ。ファンちゃんがまだ『四周目』だってこと、晴光には……」

「い、言わないで。たぶん晴光くん、知らないふりはできないもの……でもきっと、それがいいの」

「うん。きみが言うなら。さあ、座って」

 書斎であるからには机と椅子がある。

 一つしかないそれをファンにすすめ、ニルは本棚に寄りかかった。


「『あの人』との接触は、セイズに感染している以上、きみにしか頼めないんだ」

「う、うん。自分の役目はわかってる、よ。セイズは、わ、わたしが覚えてるって、思ってないから気にしてない。

『あの人』も、ちょっとしか話せなかったけど、まだ大丈夫みたいって言ってた。ば、バレてないって。『預言』のことも」


 ニルは顎をなぞって頷いた。

「ああ。僕の記憶だけじゃ、『今回』何が起こるか全部予想するのは無理だ。あの人の預言をる『』がないと」

「で、でも、『セイズ』側も、その預言の力を使ってるんでしょう? 」

「セイズが見られるのは、『感染』してからの行動だけだ。その前の記憶だとかは、思い出して反復しない限りは見られない。『あの人』いわくそうらしい。

 大丈夫、うまく出し抜いていこう」


 力強く言うニルに対し、ファンは不安げに膝の上の手を擦り合わせていた。

「ね、ねえニルくん。わたし、今回はすごくうまくいってると思う。

 でも、回を重ねるごとに『セイズ』が有利になっていくってわかるの。だって『セイズ』は忘れないし、セイズに感染した人は増えるばっかり。

 わたしは、もしかしたらあと一回しか覚えてられない。晴光くんだって、もう二周目か三周目で……そうしてまた失敗したら、ニルくんはまた一人ぼっちになっちゃう……。

 だ、大丈夫、なんだよね? も、もう、この前みたいなことにはならない、よね? 」


 ニルは、思案するように、まぶたを伏せた。

「大丈夫。今回は、今までになく順調に協力者を集められてる。決めるのはあと三回以内だ」

 黄色い瞳が、まっすぐにファンの緋色の瞳を見つめる。



「必ず、あと三回で終わらせる。みんなで『先』に行こう。それが僕らの勝利ゴールだ」


 握りしめた両手を胸に引き寄せて、ファンも「あと三回……」と反復して強く頷いた。

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