第33話 幻聴

 国の在り方や、都市の風景というのは、その国の考え方や脅威、仮想敵などの影響が如実に現れる。


 例えば現在、僕たちを取り巻く環境。


 ラクト=フォーゲルという大きな橋があり、その向こうには長らく睨み合ってきた敵国。


 もしもシーナとグレスラーとの間で緊張が高まり、戦争状態に発展してしまったら、まずはラクト=フォーゲル防衛が第一任務になるだろう。そこで肝要になるのが攻めと防衛のバランス。


 橋を取る取らないの攻防は、なにも橋の上で繰り広げられるわけではない。橋の手前と奥で、幾度となく争いが勃発し、勝負の趨勢がゆっくりと動いていく。女神が最後に微笑むのがどちら側か、などはやってみないとわからない。


 さて、橋をめぐる攻防のなかで大切なのはなにか。


 機動力である。


 速やかに前線に派兵、物資を送り、ミクロな視点で得た情報を細い糸で布を作るみたいに織りこんでいき、正確かつマクロな視点で戦場を俯瞰する。好機と見れば一気呵成の攻め、危うしと判断すれば撤退。


 シーナ最強の矛、騎馬は複雑かつ難解な仕事を一手に引き受ける。


 だからラクト=フォーゲルの傍に、パントダール要塞都市のようなものが存在しているのだ。


 もしパントダール要塞都市まで敵が侵攻してきても、ムグラの森で止まる。魔獣が多数生息している、深く、厳しい自然のカーテンは、土地勘がなければ攻略するのが難しいからである。


「ジャバさん、随分と集まってるようですが」

「いい流れです。マキナはあとどれくらいで合流できるでしょうか」

「午後には」

「無事に帰ってくればいいのですが」

「祈りましょう」


 いままでグレスラーに奪われていないから、ラクト=フォーゲルも、パントダールもムグラの森も、シーナの領地なのだ。防衛のための条件がそろっていないはずがない。


 だが、今回はそれがあだになる。


「ジャバさん、ひとつよろしいですか?」

「なんです?」

「これからの攻防、あなたはどれくらいの結界を張られるつもりなのですか?」

「正直に言ってわかりません。結界の特長についてのお話はしましたかね?」

「いいえ、まだだと思います」


 もうじき、シーナの苛烈な攻撃が始まるだろうというのは、なんとなく予測できるが、観察している感じからすると、すぐにどうこうとかいう雰囲気ではない。


 今後の連携のためにも、結界について説明しておくのも悪くないだろう。いい機会だ。


「まず第一のルール、術者は結界の内部にいなくてはならない」

「そういえばあなたはいつも結界のなかにいますね」

「だから誰かを結界で閉じ込めよう、みたいな作戦を立てた時は、僕自身も結界のなかにいなくてはなりません」

「なるほどなるほど、理解しました」


 ハマれば強いが、絶妙に使い所が難しく、痒いところに手が届かない。それが棘の精霊の加護。


「第二のルール、形状が複雑、もしくは特殊な結界、あるいは巨大な結界。こういうのは、膨大な魔力を食い、命を縮め、なおかつ脆い」

「いいところがないように聞こえますね」

「実際ないんです。性能の高さや利便性は魅力的なのですが、デメリットが最低。もろ刃の剣、といったところでしょうか」

「特殊な結界ってどんなのですか?」

「僕が普段使ってる【ブリンク】みたいに結界の張り方が特殊なものもあるし、結界自体が特殊な能力を持ってるケースもあります」

「どんなのですか?」

「教えられません」


 目をまんまるにひん剥いて僕の顔をみつめるデジーさん。


「なぜ?」

「あなたが暴走した時の保険です」

「と、いいますと?」

「ほぼ確実に僕の方が先に暴走するとは思いますが、万一あなたが先に暴走してしまったら、僕はあなたを捕獲し、周囲の生物を傷つけさせないようにしようと考えています。理由はわかりますね?」

「私が望まないから」

「まったく、その通り。暴走中のデジーさんに理性があるかどうかはわかりませんが、もしあなたの知識や経験が反映されるとしたら、特殊な結界の弱点や能力を知られていない方が、より安全にあなたを捕らえることが出来る」

「あなたはやはり頭の良い人ですね、そんなことまで考えているなんて」

「精霊の暴走については、歴史の長いシーナより深く考えている自負があります」


 話が逸れた。


「第三のルールは僕自身が結界とリンクしているという点」

「リンク?」

「結界が感じたことを僕も感じているということです。結界の内部はもちろん、結界に触れている外部の状況も把握することが出来る。極端な話、世界を覆うような巨大な結界を張れば、世界中の動きが把握できる、ということですね」

「世界中を!? そんなすごいことが出来るんですか!?」

「出来ませんよ。世界中を覆うような結界を張ったら、一発で暴走するし、なによりそんな多くの情報を僕の頭が処理しきれない。あなたが留守の間、敵の情報を収集するために巨大な結界を張ったのですが、体だけでなく、多すぎる情報によって頭も疲弊しました。これ以上、範囲を広げたら頭が破裂する」

「結界にそんな力が秘められていたとは……」

「使い勝手はすこぶる悪いですがね。だから結界魔法の使い手は少ないんです。見たことないでしょ? 僕以外に結界を張ってる人」

「たしかに」


 デジーさんと話していると、パントダールの方から音が聞こえてきた。


 太鼓を叩くような音、男たちの勇ましい声、笛の音。


 いまから攻め入るぞ、覚悟をしておけ。これから起こるのは一方的な殺戮だ。そういう物騒で剣呑なメッセージが込められた音だった。


 戦争の音、開戦の音、血と死意外では治らない難治性の病の音。


「違いますね、いままでと雰囲気が」

「僕が撃退したのは、偵察の意味合いが強い少数編成。今回は違います。僕らを葬り去るために集められた大国のパワーです」

「私たちなら大丈夫。乗り越えらえます」

「そのセリフが僕を安心させるためなのであれば、僕はこう答えます。ありがとう、僕もそう思う。でも状況を楽観視して言っているのであれば、僕の答えは変わる。あれを甘く見ない方がいい」

「わかってます」


 騎馬はどれくらい参戦しているのだろうか。ラクト=フォーゲルは本当に手薄になっているのだろうか。マキナはちゃんと帰ってこれるだろうか。僕らは、明日生きているだろうか。


 不安を数えればきりがない。


「結界の特徴の話を最後までしていいですか?」

「はい、もちろん」

「【魔道殺しアンチ・マジック】という単語をご存知ですか?」

「すみません、勉強不足で」

「謝ることではありません。魔法を使う者にとっては有名な話ですが、デジーさんのような一般の人は知らなくて当然だから」

「それで、なんなんですか? アンチ・マジックって」

「魔法を抑え込む技術を総称して【魔道殺し】と呼びます。例えば水を得意とする魔法使いが洪水を起こすとする。対する土の使い手は、土地の形を変え、水を安全な場所に流す。水の魔法使い目的を果たせず、ただ魔力を消費しただけですね? こういう敵の魔法に対する魔法による打開、もしくはカウンターが【魔道殺し】なんです」

「なるほど、それで?」

「結界は【魔道殺し】に極端に弱い」

「なぜです?」

「結界を割られた術者は必ず気絶するから。意識と結界の繋がりが強引に断たれ、魔力の流れが狂うからです」

「相手もアンチ・マジックを?」

「エンヴィーが使います。十中八九」

「なぜそう思うのですか?」

「風の使い手だから。結界を最も簡単に破壊できるのが風なんです」

「でも前回は壊してきませんでしたよ?」

「僕が張るレベルの結界を割るには、それなりの溜め・・が必要になってくる。あの時はデジーさんも後ろに控えていたし、距離も近かった。でも今回は違う」

「なるほど」


 エンヴィーと僕の相性は最悪だ。出会った時からずっと。


「それを踏まえたうえで作戦があります」


 総力で負けているなら、細工でかつしかない。


 ――殺そう、憎きシーナを。


 ん?


「ジャバさん? なにか?」

「いや、なにも……」

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