第28話 父子

 ~ シーナ騎馬大将クロック・アシモフ ~


 パントダールに帰還した俺を出迎えてくれたのはラトだった。


「いかがでしたか」

「お前の指摘した通りだった。魔道の連中は加護持ちを保有している」

「国外に?」

「みたいだな。見世物小屋の襲撃にも魔道が絡んでいるだろう」

「それでは……」

「私怨だ。ジャバナの狙いは国落としではなく、エンヴィー個人」

「元帥はご存知なのですか?」

「知る必要もない。相手はたった三名、シーナが一丸となるほどの敵でもない」

「しかしうち二名は加護持ち、一名は匠の精霊の加護持ち」

「関係ない。エンヴィーが蒔いた種、アイツに刈り取らせるさ。ムグラの森の怪異に進展は?」

「かんばしくありませんね。襲撃者は姿を現さず、傷は深い。最も多いのは切り傷ですが、棍棒のような物で殴られた者もいます。どのような武器を使用しているのかも何体の群れなのかも不明」

「武器?」

「衛生班の報告では、あきらかに爪や牙による傷ではないと。治癒しにくい箇所を狙ってきているという行動からも魔物の類の行動とは一線を隔しています」

「ではなにが……」


 騎馬と重装の護衛を姿も現さずに攻撃する。いったい誰がそんなことを……。


「盗賊、それも特殊な能力を有した」

「加護持ちか……」

「否定できるほどの材料がありません」

「調べろ。師を殺害した加護持ちかもしれん」

「すぐに。ラクト=フォーゲルへの派兵はいかがしますか?」

「必要ない。あれは魔道の問題だ」


 棘のレナンは結界を張ることしか出来ない。治癒などの特殊な結界も張れると報告を受けているが、今回の被害者の状態とは違う。力のアデュバルが下手人にしては傷が浅すぎる。


 未知の加護持ちが現れた? 平和を脅かす加護持ちと殺戮兵器が活動する現在のシーナで……。


「待て」

「はい?」

「同時進行でエンヴィーの動きを探ってくれ」

「まだなにかを隠していると?」

「現在のシーナで、最も加護持ちに精通しているのは奴だ。まだ国内に時限爆弾があるかもしれない。勘の鋭いものを数名、ラクト=フォーゲルに派兵してもいいかもしれん」

「しかしこのタイミングで?」

「このタイミングだからだ。なにかを隠蔽するには最適だとは思わんか?」

「混乱に乗じる……」

「奴ならやりかねん」


 ジャバナとアデュバルの娘には関わるべきではない。状況から察するに、奴らの狙いはエンヴィー個人。あのふたりが暴走しているなら国の危機だと言えるかもしれないが、現状そこまでのリスクはないだろう。


 騎馬はパントダールを護りつつ様子を見る。警戒すべきは殺戮兵器、マキナ・シーカリウスのみ。


 新たな報告を待つ間、俺は訓練場で体を動かしたり軍瞰遊戯の盤と睨み合いながら時間が経過するのを見送っていた。


 師、ホワイトフェザーは言った。


 ――来たるべき時が来るまでは、じっと刃を研ぎ澄ましていればいい。


 動きは一瞬。


 判断を誤れば騎馬は窮地に立たされ、部下が死ぬ。立場のある者として俺は、常に鋭利に磨かれてなくてはならないのだ。



 ドンッ!



 弾けるような爆発音がして、大地が揺れたのは、師の残した盤面を眺めている時だった。


 気味の悪い、背筋が凍りつきそうなくらい冷たい、師の作品だ。こちらが詰めているはずなのに、追い込まれていくような感覚に落ちいる奇妙な盤面。


「アシモフ様!」

「なにがあった」

「投石です! 山の方から巨大な石が」

「山に投石器が?」

「いえ、それが……」

「投石機がないのか」

「えぇ」


 投石機もなく巨石を投擲するなど人間業ではない。となると。


「アデュバル……」

「すぐに部隊を編成します」

「いや、いい」



 ドン!



 また破裂音が。


「なぜです!? このままでは外壁が崩壊する!」


 隊員が削られれば退けなくなる。攻撃を受けて沈黙しているほど、我ら騎馬はおとなしくない。


「俺が行く」

「え?」

「ひとりで行く」

「危険です! もし本当にアデュバルの仕業なら!」

「今回のアデュバルはなんのスキルもないシスターだそうだな」

「だとしても加護持ちです! アデュバルはレベルⅢの精霊なのですよ? ホワイトフェザー様に続きあなたまで失えば我々は……」

「なくなるものか」

「え?」

「師を失った悲しみを誰よりも知っているのは、この俺だ。お前たちに同じ思いをさせるものか」

「しかし……」


 また、破裂音がした。


 パントダールほどの防衛力を持っていたとしても、アデュバルの攻撃を受け続ければいつか崩れる。急がなくてはなるまい。


 俺は最後に一度、眼下の盤面を見下ろし、立ち上がった。


「信じろ、俺は大将だ」


 しっかりと敵を見定めなくては。


 どこを取るべきか、なにをなすべきかを。


「我々はなにを?」

「俺が戻ってくるまでパントダールを死守せよ」

「はっ!」


 気味の盤面、気味の悪い手。とても師のものとは思えない、鋭く冷たい盤面。


 次の一手、誤るわけにはいかない。




「ジャバナ……」

「お久しぶりです。クロックさん」


 ジャバナは、俺の記憶よりもずっとたくましく成長していた。父親を連想さる黒髪と動じない態度、シェナ=グラシアのような冷静さとスカイブルーの瞳。


「派手に暴れているな。父の部隊を襲うとは」

「先に攻撃をしてきたのはそちらなので。まさかひとりで乗り込んでくるとは思ってませんでした」

「お前たちに危害を加えたのは魔道だ」

シーナの・・・魔道でしょ?」

「これ以上パントダールを攻めるようなシーナの・・・騎馬も敵に回すことになるぞ」


 夜空の星のようにキラキラと輝く結界のむこうに、ジャバナの鋭い瞳がある。かつて少年だった彼の瞳は、すっかり大人び、狩人のように抜け目なかった。


「取引しませんか?」

「悪人とは取引しない」

「そうですか」


 ジャバナが目線でなにかを合図した。


 すると背後から……。


「父からあなたの話は聞いていましたが、想像以上でした。さすがですね」

「この娘がアデュバルか……」


 咄嗟に飛びかかってきた娘を取り押さえたのだが、すぐに振りほどかれてしまった。あり得ない力だ。


「あなたを拉致できれば早かったのですが、難しそうですね。腕や足を壊してつかまえることも出来ますが、本意ではない」

「なにが目的だ」

「その質問はどのクロックさんのセリフですか? 父の友人だったあなた? それともシーナの軍人としてのあなた?」

「どの俺が質問するかによって答えが変わるのか?」

「えぇ」

「では軍人の俺が尋ねる、なにが目的だ」

「復讐です。我々加護持ちを差別し続けたシーナを潰すために動いています」

「これからもパントダールは攻めるか?」

「もちろん。シーナ最高戦力である騎馬とパントダールは国の理不尽の象徴ですからね」

「大規模な山狩りが始まるぞ」

「どうぞどうぞ。しかし騎馬は山狩りには向いていませんねぇ。魔道か重装、弓ならば山岳でも戦えますが、弓はよした方がいい。僕らと相性が悪いから」


 ふふふ。


「なにがおかしいのです?」

「いや、アイザック殿が生きていた頃を思いだしてな。ラクト=フォーゲルの向こうの魔物は強いぞ?」

「なんの話をしているのでしょう」

「世間話さ。【蛇腹の洞穴】か【鋼の針山】も難所として有名だ。もし行くならしっかり装備した方がいい」

「肝に銘じておきましょう」

「精霊の加護持ちは強いな、騎馬では歯が立たん。魔道と重装に救援を求めるとしようか」

「それは困りました。投石をする余裕がなくなりそうだ」


 まったく、よく育ったものだ。


 英雄の子ジャバナ・ホワイトフェザーか。


「もし【蛇腹の洞穴】もしくは【鋼の針山】への旅行を計画しているなら抑えるべき場所があるぞ」

「森ですか?」

「知っていたのか?」


 ムグラの森の怪異は……。


「今後、森の騎馬隊は傷つかないかもしれませんね」

「なぜそう思う」

「予感、ですかね」


 冷たい盤面、怖ろしく鋭い駒の配置……。


「なぁジャバナ、もしかしてお前……」

「なんです?」

「いや、なにも」

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