第10話 ふれる心

 道中で何度か魔物や獣に遭遇したが、デジーさんの一撃で沈んでいった。


 「にしても多いですね。さすがに少し疲れました」

 「マキナ・シーカリウスのせいでシーナの兵士が山に入れず有害魔獣を処理できていないのが原因かもしれません。もう一度川を経由して体臭を消した後、洞窟を探しましょうか。そろそろ休まないと」

 「わかりました」


 太陽の位置、川や傾斜の感じからおおよその現在地を予測してあるいてはいるものの、現在進んでいる道が正しいかどうかの確証がないし、獣が多いせいでなかなか進まないのも辛い。


 そろそろ身を隠せる場所で本格的に休養しなくては、デジーさんの寿命も縮んでしまう。


 急いで適当な場所を探し出して結界を張り、眠る準備をした。


 「ごめんね、デジーさん。僕がもっとマシな精霊の加護を受けていたらあなたの負担も少しは減っただろうに」

 「そんなこと言わないでください。あなたの結界のお蔭でシーナの将軍を倒せたじゃないですか」

 「ありがとう。その言葉で救われる」


 最終的に魔道軍将エンヴィーを葬り去ったのはアデュバルの投擲だったのは間違いないが、その環境を作りだしたのは結界だった。僕もそれなりに役に立ってる。


 苦しい状況、プラスに考えていかないと心が押し潰されていく。


 僕は世界で一番幸福になる男だ。ネガティブな発想は捨てる。


 「ところで先程ジャバさんが言ってたことはなんだったんですか?」

 「一本の道の話ですね?」

 「そうです」

 

 あくまでも予測にすぎないが。


 「物語の初めはハーデ・匠の精霊の曝露事故の体験者であるシーナの技師がマキナ・シーカリウスを作りだしたことです。シーナが制御できない殺戮兵器を生み出してしまったことは果たして偶然だったのでしょうか。僕たちは加護持ちとして艱難辛苦を味わってきましたね?」

 「えぇ、私もあなたも苦しんできました」

 「技師は幸せだったのでしょうか。国に保護されているとはいえ、加護持ちに向けられる目の厳しさは僕らが誰よりもよく知っている。強い孤独を感じていたことでしょう。暴走すれば甚大な被害をもたらす精霊の加護、使えば使うほど寿命を縮めるという事実を技師は知らなかったのでしょうか」

 「わかりません。知っていたとしたら、国を恨んだかもしれませんね」


 そう言うと、僕は服を脱いだ。


 「急にそんな……」

 「別に変な意味はありません。これを見てください」

 「これは……」


 僕の体は、すでに一部が結界に変化している。いまはまだヘソの周囲だけだが、これからもっと広がっていくだろう。


 「レナンの棘に体を貫かせた時、僕は三日三晩、大規模な結界を張り続けました。ちょっと特殊な結界も張った。その結果がこれです。技師も気が付いたはずだ。使えば生物から離れた存在になっていくことを」

 「しかし国は能力の使用を要求してくる」

 「そうです。マスターみたいに僕らの健康に配慮して講演時間を決定したりという配慮があったかはわかりません。技師の最後の作品から察するに、ひどい扱いを受けていたのでしょう。どんな道具を作っても決してリスペクトされず、畏怖の対象であり続ける。寿命を縮めると知りながら能力を行使し続ける。さぞ苦しかったことでしょうね」

 「苦しみ続けた技師さんが最後に作ったのが」

 「マキナ・シーカリウス。最初から国を滅ぼすために作ったのか、それとも技師の心を反映してマキナがそうなったかはいまとなっては判断のしようがないですね。とにかく技師は殺戮兵器を作ったのです。それもシーナが制御できない代物を」

 「悲しい、人だったのですね」

 「技師だけじゃないよ。加護持ちはみんな似たような苦しみのなかで死んでいく」


 差別され、疎まれ、怖がられて。


 「それから?」

 「マスターは自分と国のありかたを照らし合わせたのではないかと思うのです。加護持ちを利用し搾取していた国と、加護持ちを調べるために能力を使わせる自分。しだいに罪悪感に苛まれていき、僕に告白した。僕を選んだ理由は最も暴走に近かったからだと思う。この通り、体の一部が結界になっているからね」

 「確かに最近のマスターは沈んだ顔をしていました……」

 「彼はおそらく国と掛け合ったんじゃないだろうか。精霊の第一人者として、今後の加護持ちの処遇について」

 「それで、決裂した」

 「山賊と司法的な取引をしたかなにかして、僕らを襲わせた。あいつらは物を奪おうというより、僕らの命を狙っていたように思う。僕は寝ている時も薄い結界を張っているから助かって、デジーさんは檻に救われた」

 「そんな……」

 「いままでの加護持ちの扱いを思い返せば、奴らはそれくらいのことを平気でやってのけるでしょう。エンヴィーの発言のなかにも山賊の凶行が国の指示によるものだと匂わせる言葉がありました」


 厄介な者は潰してしまえ、そういう魂胆だったのだろう。


 「エンヴィーさん達がいたのも?」

 「討ち漏らしを警戒した、と考えるのが自然ですね。僕らは化け物だから、簡単には死なない」


 考えたくはないが、父の死や僕の街が戦火に包まれたのもあるいは。


 わずかに沈黙した後、デジーさんが呟くように言った。


 「加護持ちと普通の人間が、普通に暮らすのは不可能なのでしょうか……」

 「どうでしょう。シーナにいる間は無理な気がしますね。僕らは有害魔獣と同様、駆除の対象だから。確かウラム教は加護持ちとの共生を許していませんでしたね?」

 「はい。精霊と共に生きることが教えの中心なのですが、加護持ちは禁忌に触れた者として扱われます」

 「精霊の領域を犯したと考えられる、でしたっけ?」

 「よくご存知ですね」

 「母がウラム教徒でしたから」


 古代語を読めた女性が母親だったから、僕は知っている。ウラム教は幾度となく加護持ちを抱え、暴走によって何度も窮地に立たされた。だから曝露事故経験者を禁忌としているのだ。


 都合のいい解釈。


 精霊は認めるが、精霊の影響は認めない。


 「お母様はもしかして?」

 「僕を教団に差し出すか信仰を捨てるかの選択を迫られ、彼女は信じた神に背を向けました」

 「いい……、お母様ですね」

 「そうですね。いい母でした。そろそろ眠りましょう。旅はまだ始まったばかりだ。休息が必要です」

 「はい、わかりました」


 デジーさんが寝惚けて僕の体を潰したらいけないということで、洞窟の入り口で僕が結界を張って眠り、その奥で彼女が休むことになった。


 「いつか、ジャバさんと一緒に眠ってみたいです」

 「僕もそう思います」


 夫婦の数だけ愛の形が存在している。


 そんなことは理解しているのだが、互いの体温も感じられないのはやっぱり寂しい。


 「私、ジャバさんの奥さんになれてよかった」


 ノリと勢いのプロポーズだったけど……。


 「僕もあなたと一緒になれてよかった」


 触れることすらできないけど……。


 「ありがとう、ジャバさん」

 「こちらこそ」


 後悔はしない。


 幸せだと感じていたいから強がっているのではなく、心の底からそう思う。


 僕とデジーさんは、一緒の時代に生まれて、おなじ苦しみを味わってきた。まだ知り合って間もないけど心の底から大切だと思うし、愛おしいとも感じている。


 ちょっとアホでかなり怪力だけど、そんなことは小さな問題だ。


 「そうだ、デジーさん」

 「はい」

 「夫婦のルールを決めましょう」

 「いいですよ」

 「僕らは触れ合うことも難しいし、近くで寝ることも叶いません。だからせめて、思ったことや感じたことを口にしましょう。心だけは、常に触れ合っていられるように」

 「いいですね、賛成です」


 ありがとうデジーさん。あなたと出会ってよかった。


 「おやすみデジーさん。大好きです」

 「ありがとうジャバさん。私もあなたのことが大好きです」

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