第37話 マチのお見合い

 友達の結婚式の2次会用に奮発して買ったワンピース、いつもは履かない余所行きのヒール、ふんわりとした感じのメイク、髪は昨日カットして来た。

 マチは鏡の前で自分をチェックした。

 今日はお見合いだ。親も親類も、結婚、結婚とうるさい。

「最近は独身の人も多いのよ」

「仕事が忙しくて」

 そういう言い訳をしてはいるが、マチ自身、結婚したいと思っていないわけではない。友人の半分は結婚し、子供のいる友人もいる。

 年賀状の家族写真を見る度に溜め息が出、初詣では真剣に、

「今年こそいい人と出会えますように」

と神頼みする。

 しかし、28の今、合コンに誘われる事もめっきり少なくなり、親も本人も、焦りを感じている今日この頃だ。

 今日は久々の見合いで、相手はエリート銀行員。キリッとした感じのハンサムで、魔術士でも気にしないと言う。

 同じ班の3人のうち、組んでいるブチさんは既婚者だ。

 ヒロムは明るくて楽しい。しかし、もし結婚したとしたら、疲れる気がする。

 あまねは大人しくて目立たない。最初のうちは、目の前にいるのに目に入らなくて探した事が何度もあったという、不思議な人だ。もしかして幽霊なんじゃないかと、その頃は少し怖かった。もし結婚したら……想像できない。

 別の班の人とは、何だかんだとすれ違ったり、じっくりと話をする機会がなかったりするし、伝票を溜めまくってたり、自分よりも年も階級も下で相手が気を使うか、既に相手がいるかが多い。

 そういうわけで、職場で相手を見付けるのは絶望的だ。

 今日の見合いには、力が入っていた。

「よし!」

 マチはOKを出すと、自分に気合を入れて、自宅を出た。


 見合いの場所は、都内のホテルだ。

 伯母といる時は、「まあ、伯母さんの顔を立ててお見合いはするけど、わからないわよ」という顔をしているが、内心ではドキドキしていた。

 顔が、好みだった。

「館林さんは東大を出てアメリカに行って、WHO?BMW?何だったかしら。何かそういう感じの資格をアメリカで取ったエリート行員なのよ。なのにぜんぜん気取ったところが無くて、優しいんですって」

 横文字に弱い伯母がそう説明する。

「ふうん」

「魔術士でも気にしないらしいわ」

「そうなの」

 澄ました顔で答えた時、相手がやって来た。

「まあまあまあ!」

 伯母がにこやかに青年――館林洋一郎――を迎える。

 そしてマチと館林は向かい合って、当たり障りなくまずは挨拶と自己紹介をしたのだが、早くもマチは、この見合いはだめだな、と感じ始めていた。

 なぜなら、館林の目は、顔に向くよりも胸に向く方が長いからだった。


 表面上は和やかに会話をし、お茶を楽しむ。

 マチは色々と話しかけ、身振り手振りを交えたりしてみたが、さじを投げた。だめだ。なので、おばと館林の会話をBGMに、ホテル自慢のパンケーキを楽しんでいた。

 それを食べ終え、来た甲斐はあったと自分を慰めた時、その声が響き渡った。

「盗撮魔よ!捕まえてー!」

 見ると、走る礼服の男が、ワンピースの女性2人に追いかけられていた。

 周囲の人はそちらに目をやるが、見た次の瞬間には男がそばを走り抜けているので、見送るばかりだ。そのうちには、追いかける女性がヒールのせいか、距離がだんだん開いていく。

 マチはすっくと立ちあがった。

「麻智ちゃん?」

「待ちなさい!」

 マチは走り寄ると、男に魔銃杖を向けて風をぶつけ、男を引き倒した。台風程度の強風で、立ち上がる事も出来ず、男はもがきながらアップアップしていた。

 それに悠々と近付き、仁王立ちになって言う。

「警察です」

 駆けつけて来たガードマンに男を任せ、席に戻ったマチを、伯母と館林がオロオロとしたように迎えた。

「大丈夫ですか。いやあ、お見事でした」

「もう、今日はお見合いだっていうのに」

 マチはニッコリと笑った。

「私は警察官ですから。

 それに、個人的に見過ごせませんよね。盗撮は犯罪ですし、胸とかをジロジロと見られるのも女は不愉快ですもの。私は私であって、おっぱいではありません」

 館林はきまり悪そうな顔になってよそを向き、伯母は

「ああ……」

と言いながら俯いた。


 翌日、そっとブチさんが訊いた。

「昨日はどうだったんだ?」

 お見合いだと気合を入れていたのを、ブチさんは知っていたのだ。

「美味しかったですよ!流石は最近話題になっているパンケーキだけはありました!ふわふわで、クリームがたっぷりで、フルーツがこれでもかと添えてあって。もう、天国のパンケーキです!」

 ブチさんは察した。

「そうか。それは、良かった……のか?」

「はい!あれ?」

 マチは首を傾け、昨日の主目的がお見合いだった事を既に忘れている事に気付き、愕然としたような表情を浮かべた。

「気にするな。相性ってものがあるし、焦る必要はないからな。マチの良さをわかる奴が現れるから」

「……はい」

「……聞き込みに行こうか」

 今日も一日が始まる。


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