第25話 ノアの代理人(6)狂った理想

 テーブルの真ん中の腕時計に、自然と視線が集まった。

「これは……」

「半径5メートル程度は吹き飛ばせる爆弾です。

 動くと今死にますよ」

 腰を浮かしかけた首脳達は、再び腰を落ち着けて、唾を飲み込んだり溜め息をついたりした。

「金はどうだ?それとも別の何かがいいか?」

「死ぬわけには行かない。何でも用意しよう」

「勿論、あなたの事は言わないわ。約束します」

「あなた達、何を言ってるんですか!?」

「あなたもです。合わせなさい。そうすれば、ノアの代理人をここまで引き入れた事は我々皆で上手くカバーしよう。メンツが立つだろう?」

 首脳同士、言い合っていた。それを紺野は冷めた目で見ながら、小さい声で、

「そういう態度だから、ダメだって言ってるのに」

と言って、苦笑を浮かべた。

 その彼らが冷や水を浴びせられたのは、その時だった。

 分厚い防弾ガラスが割れ、男が男を小脇に抱えて飛び込んで来た。窓から。

「え……誰?」

「というより、どうやって?ここ、17階だぞ?」

 まさに全員が、闖入者に唖然とし、釘付けになった。

「おお!早えな!」

「三半規管がおかしくなる」

 ヒロムとあまねだ。

「ノアの代理人が――あ、いたぞ、あまね」

 ヒロムが言って、それに紺野がはっとした時には、既にヒロムは紺野のそばに立ち、拳銃を片手で掴んで取り上げていた。

「それも爆弾だ!」

 首相が腕時計を指さす。

「ああ。時限式ではないですね。たぶん信号を送るタイプ」

 言ってあまねがヒロムに目をやると、ヒロムは、

「りょうかーい。あったぜ」

と、紺野がイヤリングに偽装していたスイッチに手をやるのを阻止し、両手を拘束した。

「流石相棒」

 そして、ニカッと笑う。

 そこに、氷の坂道をヒイヒイ言いながら登って来た笙野がやっとたどり着いた。

「あんた達、何を、え?」

 皆が笙野に注目し、笙野はキョトンとした後、それらが誰かわかって青くなった。

「いえ、あの、ご苦労様です」

 笙野のキャリアも終わったかな、とあまねは遠い目で考えた。

 これで助かったとわかった彼らは、安心して大きな態度に出た。

「はあ!やれやれだ」

「テロリストをここまで引き込んで我々を危険に晒した責任は重いですよ」

「どう責任を取るおつもりかな」

 ここぞとばかりに、アジアの2国は協調して来る。

「皆騙されただろう?それがノアの怖さだ」

 そう言って、貸しを作ろうとする国もある。

 紺野は唇を歪めた。

「そういうところがダメなのよ。

 さっきからの発言が録音されているのをお忘れ?」

 議事録のための録音を思い出して彼らは口をつぐみ、お互いの顔色を窺い合う。

「何?何の話をしてたんです?」

 あまねやヒロムがキョトンとするのに、紺野が、そばの椅子の上の録音機材を顎で指す。

 そして、一部始終がその場で再現された。

「うわあ……」

 ヒロムが何とも言えない目で首脳陣を眺めた。

「わかったでしょう。こんな奴らがトップなんて、人類に未来はないわ。人類はもっと崇高な存在によって、まとめられ、導かれて行くべきなのよ!

 ねえ。同志にならない?」

 それに、あまねとヒロムは溜め息を漏らし、笙野は紺野の頬を張り飛ばした。

「何よ!」

「あんた本当に紺野?紺野の皮を被った別人じゃないでしょうね!

 紺野は、目的のために手段を選ばないなんて事しなかったわよ!愚直に、バカみたいに真っすぐに突き進むイノシシ女だったわよ!」

 そう言って泣きそうな顔で唇を噛み、大きく息を吐き出すと、真面目な顔になり、

「紺野理子。署までご同行願います」

と言った。

 紺野は泣きそうな顔で唇を噛んでいたが、大人しく笙野の手に渡ると、笑った。

「それじゃあ世界は動かない。人類は変われないのよ」

と言うや、割れた窓に走った。

「あ!?」

 腕時計爆弾の無力化に気も手も取られていたあまねとヒロムは、出遅れた。

「ノアの祝福を!!」

 紺野は歪んだ笑顔を貼り付けて、窓から外に、氷の道の外側に飛び降りた。

「紺野ーっ!?」

 窓の下を覗いた笙野は、力なく窓枠にしがみつき、肩を震わせた後、毅然として振り返った。

「嶋乃、悠月。まだほかに揚力者がいるかも知れない。首脳達を安全な所に避難させてから、周囲の警戒に戻って」

「はい!」

 騒ぎは、まだ収まりそうになかった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る