第10話 初めてのパーティ

 次の日、いつも通りフレッシュハーブウォーターを作り終え、所定の場所に来た。

 だがそこにトライゾンの姿はない。

 ちっ。思わず舌打ちが出た。

 昨日のことをからかおうと思ってたのに残念だ。本当に残念である。

 まぁまだ昼飯を食べてないからな。今来て、昼飯をへつられても困るから、ある意味都合はいいか……。

 特に今日は絶対残すなって言われてるからなぁ。

 俺がおっちゃんの飯を残すわけないじゃあないか。あんなにおいしいのに。


 そんなことを思いながら、包みを取り出し開ける。中に入ってたのはおむすびが二つ。

 昨日と同じで、今日もちょっとした変わり種のおむすびみたいだ。

 ひとつはみんな大好きソーセージおむすびだ。

 丸く形を整えたお米の上に、ドンと分厚いソーセージがのっている。それをくるりと海苔で巻いたおむすびだ。

 さすがおっちゃん。俺の好みをわかってくれてる。好きなんだよな、これ。


 がぶりとかぶりつく。

 む、このソーセージ。かなり香辛料がきいてるな。ピリッとくる。

 そうしてかみしめたソーセージが、ごはん、そして間に挟まったマヨネーズと絡み合って口に飛び込んできた。

 こいつ、サイズはそんなに大っきくないくせに、ガツンとくる味だ。さすが男子大好きおむすびの代表選手である。


「さて次は……」


 視線を包みに向ける。するともう一個のおむすびが目に飛び込んできた。今日の問題作だ。

 何が問題化って、まずその見た目だ。

 いかにもおむすびを作り慣れてない人間が握ったかのような、いびつな丸い形のおむすび。しかも結構大きい。

 周りには海苔がペタペタと貼り付けられており、その間からのぞくオリーブっぽいサムシング。

 さすがにおむすびにオリーブは合わないのじゃないかと思うんだが……。

 それにこの、いびつなおむすびの形。作ったのはおっちゃんではなく、おそらくソレイユさんでもない。多分ユエちゃんではなかろうか。だからはじめにおっちゃんは残すなって言ったんだろう。

 だったら、オリーブを混ぜるなんて所業。止めて欲しかったものだ。

 とはいえ、せっかくのユエちゃんの作品。食べないわけにはいくまい。


 ――意を決しておむすびを口に含む。


 …………おや? 以外といけてないか、これ。

 なんかオリーブの風味、そして少しの塩気が丁度おむすびに合う。粗く刻まれたオリーブも、その歯ごたえを楽しめていい感じだ。

 ご飯がちょっとボロボロだけど、そんなの気にならないおいしさだ。うまい。

 前言撤回だ。

 こんな組み合わせを考えつくとは……。ユエちゃん、さすがおっちゃんの娘。将来が末恐ろしい子だ。


 ――あっという間に食べ終わってしまった。おむすび二つでおなかいっぱい、ごちそうさまである。

 さあ、ここからはマーモット退治だ。今までの経験値の入り具合からして、後1、2時間もあれば念願のレベルアップだ。

 がんばるか。



 ◆




 これで、終わり!!

 こちらに背を向けるマーモットに、オリゴナイフを突き刺す。


「Du、ii……」


 マーモットの姿が消えるのを確認。経験点メーターがMAXへ。そして瞬時にゼロへと巻き戻る。

 レベルアップだ。

 あいにくファンファーレが鳴り響くことはなかった。が、俺の心には響いてきたね。ヴァルホルサーガの、あの勝利のファンファーレが。

 思わず拳を振り上げる。


「なぜにコロンビアのポーズ……。やっぱおもしれえな、コダマは」


 突然の声に振り向くと、トライゾンが笑っていた。

 なっ、いつの間にここに来た……。

 にしてもなんでこいつはこう、俺が調子に乗っているときに現れるんだ?

 いや、今はそんなことはいいか。それよりもなぜ俺が喜んでいたか教えてあげないと。喜びは分かち合わないとな。


「レベルが上がったからに決まっているだろう」


 ぐっとサムズアップして言ってやった。


「はぁ……」


 だというのにトライゾンの返答が芳しくない。いったいどういうことだ?


「レベルが上がったって……。いやまあ、うれしいのはわかるが。まだ序盤だしジャカポコレベル上がってるだろ? わざわざコロンビアするほどか?」


 どうにもトライゾンの表情はいぶかしげだ。

 ああそうか。こいつには話してなかったな、今の俺の現状を……。


「いや、レベルアップは初めてだぞ。しかもここ四日。マーモットを倒すこと100匹強でのレベルアップ。嬉しいに決まってるさ」

「はぁ!? そんだけマーモットを倒して、何で初のレベルアップなんだよ。素材がいくらでもドロップしただろ? だったら納品クエか何かで適当にレベル上げすりゃいいじゃねえか。」


 聞かれたのは当然の疑問だった。


「まあ、確かにドロップ品なら結構な量を持ってるんだけどな。ただ俺、クエスト受けられないんだよね。何せクラスは補助クラスで埋まっているからな」


 ニヤリと笑う。

 が、トライゾンは唖然としている。


「いや、何やってんの? それならちゃちゃっと転職すればいいじゃんよ。それこそ獣魔士とかにさ。どうせ使いようがないクラス取ってるんだろ?」

「それはなんか負けた気がするから嫌だ」

「……おまえ馬鹿だろ。ならあれだ。パーティ組んでクエスト受ければいいんじゃねえの。それこそおまえに説教してた子。あれ知り合いなんだろ?」


 その言葉にも首を横に振って答える。


「それもダメだ。初日に迷惑かけるから世話にならないって宣言しちゃったからな。まだ行き詰まったわけでもないし、すぐに泣きつくわけにもいかんだろ」


 俺が理由を話してるうちに、トライゾンの表情が驚きからあきれへと徐々に変化していった。


「いや、変わり者だ変わり者だと思ってはいたし、なんか縛りプレイでもしてるかと思ってたけど……。まさかこれほどとはね。いやおもしれえな、コダマ。やっぱおまえ、ドMだわ」


 くっくと笑うトライゾンに、俺は反論する。


「うっさい、おまえだってたいがいな変わり者だろうがよ。俺の様子を毎日ふらふら見に来てるの、おまえくらいだぞ。大体今日も……」


 そこまで言って今日はトライゾンが来るのが遅かったことを思い出した。


「……今日はいつもより遅かったな。何かあったのか?」

「え? 何? 心配してくれてんの? ……残念。今日は寝てただけでした」


 トライゾンはおちゃらけて言った。


「なんだ、ただの寝坊か……。お目付役はどうしたんだ? 起こしてくれなかったのか?」


 返す俺の言葉に、トライゾンはまなじりをあげる。


「お目付役だ~~。もしかしてペルーのこと言ってんじゃないだろうな。あいつがお目付役な訳ないだろ。むしろ世話してんのは俺の方だっつーの」


 なおもトライゾンは言いつのる。


「大体今日寝てたのも、別に寝坊じゃねえよ。ここんところ睡眠時間足りなかったからシステムに無理矢理寝かされてただけだっての」


 いや、それを寝坊というのではないだろうか。あえて口にはしないけど……。


「あぁん? 何かいいたそうじゃねえか」


 そう言った所で、トライゾンは何かを思いついたのかニヤリと笑った。


「あ~あ。せっかくレベルアップのためのいい提案をしてやろうって思ったのによ。そんな態度じゃあなぁ」


 なん……、だと……?

 く、ならば仕方あるまい。


「そういうことなら仕方ない。業腹だが口にしないでおくからさっさと教えろ」

「な、おま……。ちったあ殊勝な態度をとれよな」


 当てが外れたのかトライゾンは憮然としている。

 いや、これで十分だ。それに、トライゾンの意表を突ける機会なんて少ないし、何よりちょっと楽しい。


 なおも態度を変えない俺に根負けしたのか、トライゾンは肩をすくめた。


「…………仕方ねぇな。いや何、簡単なことだ。俺がパーティ組んでやろうかと思ってな。そうすりゃコダマはクエストが受けられる。俺は〔エイルの冥助〕のおかげで多少なりとも経験値のおこぼれに預かれる。どうだ? Win-Winの関係じゃね」


 なるほど……。


「よし、のった!」


 そう宣言すると、トライゾンは驚いた顔をした。


「かっる、軽くね? なんかこうもうちょっと『迷惑はかけられない』みたいなためらい? そういうのないのかよ」

「いや、他のやつなら考えるけど、相手はトライゾンだしなぁ。それにWin-Winの関係なんだろ?」

「……いやまぁ確かにそうなんだけどよう。なーんか釈然としねぇんだよなぁ」


 首をかしげつつも、トライゾンからパーティ申請が来た。


「この申請をオッケーすればいいのか?」

「そそ」


 申請を受理し、ついでに疑問に思ったことを訪ねる。


「トライゾンの持ってる冥助の効果って、パーティメンバーの経験点のおこぼれがもらえるやつなのか?」

「ん? ああ。メンバーの取得した経験点のうち数パーセントが反映されるのがメリットだな。気になるか?」


「いや、他の戦乙女の冥所の効果ってはじめて知ったから、そういう意味では気になる。あと何でパーティを組んでないのかも」


 俺の〔エルルーンの冥助〕を考えると、それなりにデメリットもあるだろうに、パーティを組んでない。つまりメリットを享受してないわけだ。気にはなる。

 するとトライゾンは、はんと鼻で笑った。


「初日にパーティを組んでた奴らが、寄生寄生うっさかったから、パーティなんて組んでねぇ」

「……あっははは」


 思わず声を上げて笑ってしまった。

 だってそうだろ? 俺のことを縛りプレイだなんだと言っておいて、自分自身もそうだったんだから。


「何がおかしいんだよ」


 トライゾンは憮然としている。


「ごめんごめん。いや、トライゾンも俺と一緒だなって思ってさ」


 俺はトライゾンの肩をたたく。


「うぜえな。俺はコダマみたいなドMとは違うっての。ペルーみたいなこと言ってんじゃねーよ」


 うっとうしげに俺の手を振り払うトライゾン。だがその横顔は、少しはれやかだった。



 ◆



 たどり着いた開拓使庁舎。初めて来た時の混みようとはうって変わって人まばらだ。


「この時間って人少ないんだな」


 トライゾンに疑問をぶつけた。


「まーなー。この時間は冒険に出てるやつも多いしな。それにここって24時間営業な上に宿舎も併設だろ? だからみんな適当な時間に来るんだよ。初日みたいに混むことは、あんまりねーよ」


 トライゾンの答えに、なるほどと頷く。

 確かに場合によっては昼夜逆転で冒険している人もいるだろうし、24時間営業もむべなるかな。大変だろうけどなぁ

 そんな俺の肩をトライゾンがたたく。


「そんなことよりコダマが持ってるのって、マーモットの肉と毛皮に、後脂もあるよな」

「そうだよ。でも肉は使う予定があるから、余ってるのは毛皮と脂だけだな。脂の方は数少ないぞ」

「おっけおっけ。それなら常設依頼だから、ちゃちゃっと受付ですませるとするか」


 そう言って向かった受付にいたのは、いつぞやの眼鏡の受付さん。


「お久しぶりですコダマ様。今日はどのようなご用件でしょう」

「何? 知り合いなの。おまえも隅に置けないねー」


 トライゾンが俺の脇に肘を入れてくる。


「そんなんじゃないよ。この人は開拓者登録の際に受付してくれた人だよ。その時、クエストとかギルドについて、いわゆる現実・・ってやつを教えてもらった」

「なるほどねー、なら話がはえーや。俺今こいつとパーティ組んでるんだ。これでクエストも受けられるだろ。マーモットの毛皮と脂ならあるからさ。クエストの受注と達成の方、ちゃちゃっとお願いできない?」


 片手を立てて、なれなれしく話しかけるトライゾン。だがそれに、受付さんはピクリとも反応せず、その首を横に振った。


「無理です。受注できません」

「はぁ? なんでよ。マーモット系の依頼って常設だっただろ? 取り下げられたなんて話聞いてねーぞ」


 くってかかるトライゾンに押されることなく受付さんは静かに答える。


「確かに常設依頼で存在します。……ですが、コダマ様とトライゾン様はレベル差が開きすぎています。この場合多くのクエストの受注はできなくなります。いわゆる寄生レベリング対策ですね。そのようなことをされた方が開拓の役に立つとは思えませんので禁止されております。お二人共がクエスト条件を満たしているのであれば、無論受注できるのですが。今回はそういうわけではありませんので……」


 受付さんはチラリと俺を見て目を伏せる。

 うん、それなら仕方ない。むしろこちらこそすまないって感じだ。


「マジかよ……」


 トライゾンは肩を落としうなだれている。

 だけど俺は受付さんの発言に気になるところがあったから聞いてみることにした。


「多くのクエストって言うことは、中には受注できるものもあるって事?」

「確かにございますが……」


 受付さんは、お勧めする物ではないですよと前置きをした上で、一枚の紙を取り出した。


「例えばこのような物ですね」


 ―――――――――――――――――――――

 依頼:首無し騎士エレオーレスの討伐

 依頼者:ガンツァレル・グレイド


 内容

 テスキヨ湿原にいるデュラハンを討伐してほしい。

 ―――――――――――――――――――――


「このような、開拓使発注のクエストではなく、かつ期限が設けられている物に関しては、先ほど言ったような制限はありません」


 受付さんが差し出した依頼紙を、トライゾンは食い入るように見る。


「テスキヨ湿原って言ったら、まぁたずいぶん先のマップだな。書庫の地図で見た感じ、この大陸の中央近くまで言ったところじゃなかったか?」

「そうなのか? トライゾン」

「ああ。まだまだ俺たちの手の出ない場所だな。何せいわゆる攻略組も、まだ次のマップを解放できてない状態だ。おまけに相手がデュラハン。どうせアンデッドなんだろ?」

「はい、そうなりますね」


 トライゾンの問いに、受付さんは首を縦に振る。


「ならなおさら無理だ。アンデッドってのはめんどくさくてな。この町の地下遺跡にいるような雑魚でも弱点部位以外のダメージが軽減される。ましてやデュラハンなら、どうせ高位のアンデッドだろ。となると聖属性以外の攻撃が効きづらくなるはずだ。おまけに感知方法も大抵視認以外って話でな。テスキヨ湿原は全体的に暗いらしいし。もしそこまでいく手段があったとしても、圧倒的に不利だわな」

「確かにそうなのですが……。ずいぶんお詳しいのですね」


 受付さんが、眼鏡の奥の瞳を小さく見開いて、トライゾンを見ている。


「まあな。書庫で借りた本に書いてあったんだよ」


 トライゾンはフンと顎をあげ俺の方を向き――。


「ただ暇つぶししてたわけじゃないんだぜ」


 軽く笑った。


 く、悔しいが認めざるを得ない。

 たとえその知識が今すぐ役立つ物ではないとしても、ただ暇つぶしに本を読んでいただけではないことがわかった。

 トライゾンはそんな俺を見て、くっくと得意げに笑っている。

 ちくしょう。なんとかその鼻を明かせないだろうか。

 悩む俺に助け船が出された。


「お二人とも。じゃれあっているということは、私の話を理解したと判断してよろしいのですね」


 ……あ、いや。助け船ではないな。

 受付さんの言葉が氷よりも冷たい。

 証拠に、トライゾンも「あ、ああ」と気圧され頷くばかりだ。


「コダマ様も理解されましたね?」


 なぜか俺だけ個別に念押しされる。解せぬ……。

 が、受付さんの言葉には頷くしかない。

 いや、決して受け付けさんの、その眼鏡の奥の瞳が怖かったからではない。

 単純に理解したからだ。受付さんの言う制限なしのクエストが、今の俺には手のでないものだって事が。だから……、


「ありがとう、また来るよ」


 そう言って受付を離れた。

 受付さんが軽く腰を折りこちらを見送ってくれる。


「さーてこいつは困ったね。俺的には完璧な案だったんだけどなぁ。まさかレベル差なんて落とし穴があるとは……」


 トライゾンは天井を見上げた。

 完璧? その言葉には異を唱えたいが、確かに思惑が違ったのは確かか……。

 でも俺にとっては単に振り出しに戻っただけだ。いや、レベルが上がってる分だけ、一歩先に進んでるとも言える。

 ふむ。そうであるなら心機一転頑張るしかないな。

 そう思いを新たにし、トライゾンに声をかけようとしたところ、先手をとられた。


「何か困り事かな、少年」


 話しかけてきたのはトライゾンではない。禿頭の爺さんだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――


エルのひとりごと


パーティ内でレベル差がありすぎると、当然討伐経験値にもペナルティがあるよ。

まあ、パーティだけ組んでいて、なんのサポートもしてないときは、その限りじゃないけどね。

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