第5話 拷問室 不気味な拷問室で、罪人に尋問を。

 王城の拷問室は薄暗かった。


 部屋には窓もなく、一条の陽光さえも射さない。それでも各所にある燭台が室内をほの暗く照らし出していた。


 窯もあり、そのなかでは炎が赤々と燃え上がる。その炎が拷問室に、さらに不気味な光をもたらしていた。


 その炎の勢いはジマによって煽られている。ジマがふいごを使うたびに炎は踊り、窯上の鍋に溜まる湯を煮立てていく。


 ごぼごぼと湯が泡立つ音も、薄気味悪い拷問具が数多く置かれた広い拷問室のなかで響き渡る。


 がちゃがちゃと鈍い金属音も生じている。ルートヴィヒが細かい拷問器具を準備しているのだ。


 そうした音を聞きながら、師のベルモンはいらいらと拷問室のなかをうろつきまわっていた。




「くそっ、拷問する相手がたった一人しかいないというのは何事だ」




 師は毒づいた。部屋のなかをいったりきたりする足は止めようともしない。


 拷問する相手の数のすくなさに、師のいらつきの原因があった。


 本日の処刑後に拷問する者の人数は、本来は二人のはずだった。国の役人側から、事前にそう聞かされていたのだ。


 それが王城に来てみると、一人ということになっていた。なんでも役人から聞いた話では、いま一人の拷問する予定になっていた囚人が牢獄で自殺したという。


 どうやら拷問されることを嫌ったようだ。おぞましい肉刑で責め苛まれるまえに、差し入れで入手してあった毒をあおって命を絶ったということだった。


 牢番や役人の不手際でその自殺を許してしまったわけだが、師としては迷惑な話だった。


 拷問室で囚人を存分にいたぶれると期待していたというのに。それが一人減ってしまうとは。


 二人もいたぶれば、さぞや胸がすっきりとするだろうと考えていたのに。いたぶれる相手がいなくなったわけではないが、その数が減ったことで純粋にがっかりせざるを得ん。




「こうなったら、その残った一人で存分に愉しんでやる」 




 師ベルモンは左の手のひらを右拳で叩いて派手に音を出した。


 このとき拷問室の扉が、不気味な音を立てて開きだす。囚人を連れてゴーマが入ってきていた。


 ゴーマは扉を閉めると、師に向かってこう告げる。




「師のお云いつけ通りに、囚人を牢獄より連れて参りました」




「よし。その寝台に仰向けに寝かせろ。鉄枷で手足を拘束もしろ。そいつが動けないようにするためにな」




 師は自身の手前の寝台を指し示した。


 広い拷問室には寝台がいくつもあるが、自らにもっとも近い位置のものを使おうとあらかじめ決めていた。自らが移動する手間を省くためだ。


 その寝台のすぐ横には、ちいさな台が置かれている。そのうえには細かい拷問器具もすでにずらりと並んでいる。




 はい。うなずくと、ゴーマは囚人を師の指し示した寝台へと連れていこうとする。きりきり歩け。そう叫んだ。


 囚人は、とぼとぼと無言で歩いた。今日ここで自身への拷問がおこなわれる。そのことを以前から囚人は牢番に聞かされて知っていた。


 それからというもの囚人はひどく怯えきっていたが、今日もそんな様子だった。その顔はひきつっている。身も細かく震わせている。恐ろしさのあまり声すら出ない。抵抗しても無駄とあきらめ、死刑執行人に逆らう気力もなかった。




 寝台につくと、師の指示どおりに囚人は仰向けに寝かされた。囚人の頭側の壁からは二本の鎖が出ていて、それぞれのさきには鉄の枷がついている。その鉄枷の一つをゴーマは手にし、囚人の右手首にはめ込んだ。


 手の空いていたルートヴィヒもその手伝いをする。囚人の左側に立ち、いま一つの鉄の枷を囚人の左手首にはめ込む。


 それが済むと、今度はルートヴィヒとゴーマの二人は囚人の足側へと移動する。


 寝台の足側には鉄の柵があった。その柵には二本の鎖が垂れ下がっている。それぞれの先端には鉄枷もついていた。二人の死刑執行人はその鉄枷を手に取ると、それぞれ囚人の左右の足にはめ込んでいく。




「終わりました」




 ゴーマが告げると、師はさらに命令を下す。




「よし。ならばゴーマはジマのところへ行って、その手伝いをしろ。熱湯はあとで使う気なんで、ジマにいま用意させている途中なんでな。ルートヴィヒはここに残って俺の助手をしろ」




 ゴーマはうなずき、ジマの方へ向かって行く。ルートヴィヒはそのまま寝台のそばに残った。そのそばへ、師は数歩だけ歩んでやって来る。




「さて、はじめるか」




 囚人の右手側に立ち、師はそうつぶやいた。目の前で横たわる囚人を見下ろす。




「拷問をされる相手は王都のごろつき、サキ・エジーだったな」




 師は囚人の名を確認した。上役の役人から囚人についての情報を、死刑執行人たちはすでに得ていた。師の言葉に間違いはなかったので、はい、とルートヴィヒはうなずいた。




「おい、おまえ。自分がどうして拷問を受けるか、わかっているだろうな?」




 師は囚人に尋ねた。




「俺が、かかわりのある身だと思われているからだろう? 世間で騒がれている有名な賊、朧に。それで朧に関する情報を聞き出したいってんだろう? この俺の口から拷問してでもよ」




 囚人は、けっと気勢を飛ばす。




「ほう。元気なことだな。これから痛めつけられるというのに。しかし一体どうしたんだ? その態度の変化は。おまえはおそらく拷問にかけられて痛めつけられるのが嫌で、さきほどまではひどく怯えていたように見えたんだがな」




「開きなおったんだよ。結局のところ、どうせ痛めつけられるんだ。怯えたって損なだけだろ」




 囚人はそう云い放った。それでも躰は正直らしい。師は見逃さなかった。恐怖で囚人の躰が震えているのを。囚人も自分がまだ怯えているのを知っていた。それでも開き直ったと云うだけあって、気丈にも虚勢を張って毒づいた。




「けっ。国の重臣もよくつけたもんだぜ。その賊に朧って名を。まあ、その賊は長年のあいだ王都近隣を荒らしてるってことになってるがよ。その賊については、一切が不明だ。


 そもそも実在しているのか、いないのかすらわからん。だからその賊に朧と名付けたらしいがな。存在が朧げで把握できない相手なだけに。その名こそが、ふさわしいということで。いまではその名は巷にも広まり、定着しているわけだが」




 大きくため息をつくと、囚人は訝し気にやや首を捻って付け足す。




「しかし朧ってのは、もし本当にいたらの話だがよ。そいつらは、とんでもない賊だぞ。王都近辺では知らぬ者はまずいないと云っていい。それほど高名だ。賊としては大物なんだぞ。噂じゃときに盗みも働くが、おもに人を殺し回っているらしいじゃねえか。いるかどうかも、わからねえからよ。それが本当の話かどうかも、またわからねえが。


 けど、まったく光栄なこったぜ。まさか俺が思われちまうとは。そんな大物の賊とかかわりがあると。それほど大した奴だってのか、この俺が。笑えるぜ。所詮、俺はごろつきって云ったってよ。殺しなんてもってのほか。けちな小物にすぎねえってのによ。ときにくだらん盗みを働いて、喧嘩っぱやいってだけの。なにをどう勘違いすりゃ、そんな大物の賊とかかわりがあるってことになるんだよ。小物にすぎないこの俺が接点なんてあるはずねえだろ。さきに云っておくが、俺からは朧に関する情報なんざろくに得られないぞ。いくら聞き出そうとしたところでな」




 囚人は師をにらみつける。




「俺が知っているのは、せいぜい世間で流れている朧についての話だけだ。それでも興味本位で聞きかじった程度のことしか知らんが」




「おまえごときでも、一応は朧に興味を持っているってわけか?」 




 囚人を見下すように師が尋ねる。囚人としては、見下されことが癇に障った。が、こんな拘束された状態ではなにもできない。逆らったところで意味もない。


 気にせず、囚人は答えることにした。




「朧は世間を騒がす賊だけに、どこでも話題にのぼることがよくあるんだ。俺にだって朧について考えたり、話しあったりする機会くらいは世間の奴ら同様に多少はあるんだよ」




「それで? なにを知っている? おまえから朧に関する情報を聞き出すことはこちらの役目でもあるんでな。役目を果たすためにも是非、聞かせてもらおう。それとも多少痛い目にあった方が、口も滑らかになるか?」




 師は口元を歪めて脅す。囚人は渋面をつくるが、なるべくなら痛い思いはしたくない。脅しに屈した。




「わかったよ。朧について知ってることを話す。痛めつけられるくらいなら、その方がずっとましだしな」


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