第16話 その4

 料理を仕事にする人は、整髪料とかつけないとか巷では言われているらしいけど、カウンターで接客するマスターこと、はっちゃんパパは、少々つけて短めの髪を整えている。


 白シャツに黒ズボンのウェイター姿に、エンジの蝶ネクタイ。どこにでも居そうな喫茶店のマスターに見える。

真っ赤な顔に張りついた笑顔。唇の端がピクピクしてこめかみに青筋が浮いている顔さえ見なければ。


「先輩さんは、舞とはどんな知り合いで」


爆発寸前という感情を抑えながら言うはっちゃんパパの質問に、究は応えない。コーヒーカップの中を覗いてぶつぶつ言ったままだ。


「ちょ、ちょっと、究、究ってば」


 自分の質問に応えない究に、はっちゃんパパはさらにおどろおどろしたオーラを発現させる。このままではまずい。


「究っ!!」


 あたしはテーブルの下から蹴り飛ばす。おかげでやっと気がついた。

 きょろきょろと周りを確認すると、やっとはっちゃんパパの存在に気がついたらしい。


「美味しいです」


「あ!?」


あ、コイツ聞こえてなかったな、質問と答えが噛み合ってない。


「まさか舞に手をだしたのかっ!!」


 鬼の形相になったはっちゃんパパに、あたしはたじろいだ。究のバカヤロウめ。


「こんなに美味しいコーヒーは初めてです。廿日さんのピラフも美味しかったので、お父さんの料理も期待していたのですが、予想以上でした。素晴らしいです」


「お、おおう わかってるじゃないか……じゃなくて、舞に手をだしたのかを訊いているんだ」


「教えて下さい、どうやって淹れているんですか」


「手をだしたかどうか訊いているんだ」


「淹れ方を教えて下さい」


「だから!!」


 この後は、手をだしたかと淹れ方教えて下さいの応酬で、噛み合わない不毛な会話(?)が続いた。


 はっちゃんを手招きして、小声で話しかける。


「お父さんて、いつもこんな感じなの」


「父はぁ、男の友達を連れてくるとぉ、みんなにぃ 威嚇するんですぅ。だからぁ、あたしにはぁ、男の子のぉ友達がぁいないんですぅ」


 なるほど、はっちゃんが引っ込み思案気味なのは、このせいなのかとひとり合点した。


「あげは先輩ぃ、青草先輩もぉあんな感じぃなんですかぁ」


「究は空気読めない事は無いんだけど、興味のある事に出くわすと読めなくなるわね。周りが見えないし聞こえなくなるわ」


「なんかぁ、父にぃ似てますぅ」


 そう言われて飽きもせずに応酬している2人をみたが、確かに人の話を聞かないところは似ているかなと思う。


とはいえ、このままでは埒が明かない。


 はっちゃんと目配せして、あたしは究を、はっちゃんははっちゃんパパに声をかけて、この不毛な会話(?)に終止符を打った。

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