第二章 プロローグ~とある盗賊団の出来事~

『あぁ~~……暇だなぁ』

『退屈だぜ……』


 洞窟内に設営された隠れ家から亡霊のささやきように聞こえてくるのは部下のそんな愚痴の数々。退屈か……それはあるな。もう一月近く『仕事』をしていないもんだから、体は鈍っているし、人の殺し方も忘れちまっている。


『お頭。このままじゃだめだ。街に行こうぜぇ』

『ノンビーヌラ……は取るもんねぇからなぁ。ビギーニング行こうぜ』

「バーカ。忘れたのか? あの街はノンビーヌラ同様何もない上に、グラントライフの爺からアレを盗んだ時、大勢やられただろうが。二度と行かねぇからな」

『へーい』


 まぁだがそう言う気持ちになるのはわかる。強盗こそ生きがいであり、それを仕事としているのに、その仕事が無いなんて退屈にもなるし、以前痛い目を見た所へ行きたくなる気持ちもわかる。とはいえ、確かに退屈……


『お頭! お頭!』


 そんな悶々とした時間を過ごしていると、わただしい声と共に部下が洞窟内に駆け込んできた。アイツは……偵察に出ていた部下だ。大量の汗をかき、息を切らしているが、満面の笑みを浮かべている。ということは……


「旅人だ! 女がいるぜ!!」

『何! 女!?』

『本当かよ!! うひょお!!』


 遂に来た。一か月ぶりの得物が現れたのだ。しかも今の報告によれば、女もいるらしく、洞窟内のいたるところで歓喜の声がこだまして大合唱となっていた。


『ボス! 速く行こうぜ!』

『待ちきれねぇ! フヒヒ!』


 俺は今にも飛び出しそうな部下達を手を上げて黙らせる。そして息をゆっくりと、そしてたっぷり息を吸い込んで、勿体つけるような間を作った後、言い放った。


「野郎ども! 金目の物をはぎ取ったら、男はいたぶって楽しめ! 女は犯して楽しめ! 飽きたら奴隷として金持ちに売り払う! 久々の「仕事」だ! 抜かるんじゃねぇぞ!」

『「「おおおおおおおおおおおおおおお!!!」」』


 部下達は剣やナイフ、銃を携え、全身黒の服や迷彩色に身を包む。そして俺達は暗闇の森に紛れて移動を開始した。


「ようし野郎ども! 派手に行くぞ!!」




 準備を整え、作戦を練り、俺達は暗闇に紛れて進んでいく。上空の分厚く紫色の雲のおかげで森に紛れやすい。そんなこんなで、音もなく、素早く進んでいると、この暗闇の中でポツンと光る何かを見つけた。暗闇の森では不自然な揺らめくオレンジ色の光源。それはすなわち「獲物」がそこにいるということだ。

 俺は部下達に合図を出し、音を立てないよう慎重に移動させる。敵の戦力も人数も不明な状態で突っ込むのは危険だ。こういう場合は慎重すぎるくらいでちょうどいい。

 そして「獲物」との距離が100mを切ったところで、「獲物」達の会話が聞こえてきた。


『「「じゃんけんポン!」」』

『だぁああああ!! 負けたぁああああ!』

『はいまた音破の負けぇ!』

『…………』

『お前はいつもグーしか出さないからな』

『そうだよ。たまにはパーとかチョキを出しなよ』

『嫌だ! パーとチョキは負けた時に、手に力が入らないから嫌いだ!』

『そんな理由でグーしか出してなかったの!?』

『おら、さっさと水汲んでこいよ』

『…………!』

『わかったって! 覚えてろよ!』


 こんな森の中であんなバカでかい声を……微塵も敵襲を警戒していない証だ。こりゃ楽勝な仕事だな。しかも4人の中で一番体格のいい男が、1人孤立して水汲みに出かけたのでさらに成功確率が上がった。

 俺は部下にハンドシグナルで指示を出す。水汲みに行った男の元に部下4人を向かわせ、20人で『獲物』を囲むように散開させる。


「合図で攻撃だ。発砲後すぐに突撃して男は半殺し、女は奪え」

『へへへ……了解……』

『楽しみだぜ……』

『ありゃ中々の上玉だな……』

『ヒヒヒ……俺が最初な……』

「残りはここで待機だ。万が一に備えてアレの動力を起動しておけ。引き飛ばすぞ」

『「「了解……」」』


 と、ここで森の奥から鳥の鳴き声が聞こえてきた。これは部下の口笛。どうやら配置完了し、準備が整ったな。よし……それじゃあ――


「撃てぇえええええええ!!」


 俺の合図と同時に発砲が開始される。マスケット銃から発射された弾丸は、女を覗く男2人に雨のように襲いかかり、辺りは耳をつんざく銃声と、懐かしくも香ばしい硝煙の香りが立ち込めた。これこれ! この匂いがたまんねぇ! 


『はっはぁ!』

『オラオラオラァ!』


 全弾打ち尽くすとすぐさま装填し、再び撃ち始める部下達。こいつら……男共を生かす気0だな? まぁそれは仕方ないことかもしれない。こいつらは人の死に際に上げる悲鳴が大好物だし、俺同様に久々の「仕事」で興奮しているのだろう。そんな大好きな悲鳴を聞こうと、耳を澄ませてみる――


『「「…………………は?」」』


 だが森に鳴り響いたのは「獲物」の悲鳴ではなく、銃が暴発し砕け散る音と、俺を含めた部下達の間の抜けた声だった。


『なんだこりゃ!?』

『一体どうなってるんだ!?』

『畜生……!』

 

 すぐさま壊れた銃を捨て去り、予備の銃を取り出す。だが、その銃口を見てみると……


『んな!? なんだこりゃぁ!?』

『銃口が塞がってる!?』


 全員の銃口が塞がっていた。何かが詰まったなんてもんじゃない。銃口が加工前の一本の棒のようになっちまってる!? 何が起きているんだ!?


『一体どうなって……ムグ!?』

『おい! どうし……がはっ!?』


 突如部下が何人も喉を抑えながら地面に膝をつき倒れこむ。なんだ!? この苦しみ方は……まさか呼吸が出来ていない!? 俺は部下に近づき介抱しながら「獲物」の方に目線をやる。


「ん? な、なに!? 銃弾が宙に浮いている!?」


 「獲物」を見てみると、俺達の放った銃弾が「獲物」に当たる5m前で空中に制止しているではないか。こ、こいつらまさか……!


『ほらな? おれの言った通りだろ?』

『うん。流石現役の暗殺者だね。数も位置も武器も合ってるね』

『おれから言わせれば素人だな。もう少し気配を消す訓練でもしろっての。しっかし奏虎よ。お前の能力は相変わらずすげぇな』

『いやいや。ウンロン君の方がヤバいでしょ。僕、ウンロン君と闘いたくないもん』

 

 遠目では気が付かんかったが、よく見ると「獲物」の体が黒く発光している。間違いねぇ! あいつらTREだ! ちっ! 楽な仕事かと思ったがこれはまずいな! こうなったら……奥の手だ!


「突っ込め!」

『「「了解!!」」』


 俺の指示で後方に待機していた部下達が例のアレで「獲物」に突っ込む。奥の手とはグラントライフかの爺から奪った乗り物だ。推定重量1t。最高時速は100キロ。流石にこの距離では最高速は出ないが、それでも人間が走る速度に匹敵……いや、それ以上は出る! これ程の質量と速さがあるものが10台も突っ込めばいかにTREと言えど無事ではすまないはず……!


『なんだありゃ? 見たことがないぞ?』

『え!? あれってまさか自動車!?』

『………………』


「獲物」の女の体が発光し始めた。あの女もTREだったのか! すると前方から向かい風のように風が吹き始め、その風はどんどんと勢いを増し――なんて観察している頃には巨大竜巻と変貌し、奥の手が9台竜巻に飲み込まれ大破。見るも無残に吹き飛び、横転し、鉄くずになってしまった。だが竜巻や木々を避けた1台がまだ残っている! 標的まではあと10m! そのまま巧みに躱し、標的に激突――


『危ない旋笑!』

『「ぎゃあああああ!!」』


 しかしそんな願いは儚く潰えてしまった。黒いオーラを纏ったガキが奥の手に手を伸ばすと――時速100キロは出ていたはずの奥の手が、壁に激突したかのように急停車。激しく鞭打ちした部下は奥の手の骨組みに頭部を強打。部下を振り落とすと、かみっぺらのようにぺしゃんこにされ、ゴミのように遠くへ吹っ飛ばされた。


『大丈夫旋笑?』

『………………』


 女の体から発しているエメラルドグリーン色がさらに明るく光り始めた。そして先程とは比べ物にならない程大きな竜巻が発生し、俺達に猛威を振るい始める。俺と部下達は完全に心が折れ、武器をその場に投げ捨てながら悲鳴を上げて逃げ出したが――背後から耳を覆いたくなるような、まるで落雷のような轟音と振動が森に鳴り響く。だが今の俺達にはどうでもいい。今はとにかくこの場から逃げ――


『「「んな!?」」』

「へへへ!」


 直後――俺達の目の前に先程水汲みに行った男が、妙な仮面を付けて上空から隕石のように俺達の前に着地し、拳を数回ぶつけあい構えをとる。そして……


「悪党は……成敗だぁあああああああ!!!」


 男が真っ赤に発行したかと思った矢先、俺達に拳を突き出す。すると拳を伸ばし切った大気に1m程のヒビが入り、轟音と共に衝撃波が生まれた。そして木々を巻き込みながらこちらに飛んできて、俺らを巻き込んだ。

 そして俺はそこで意識が途切れてしまった。

 もう悪さはやめよう……。真っ当に生きて行こう……。





「ふぃ! スッキリしたぜ!」

「あ、おかえり音破」


 暗闇の森から姿を現した音破。手にしたバケツを焚火のそばに置きながら座り込み、ため息を付きながら仮面を外した。


「んで? 何か分かったか?」

「おう! ちょいとばかし話を聞かせてもらって、街の方向は大体わかった! 距離的にいうと明日には着く感じだぜ!」


 鍋の料理をかき混ぜながら質問するウンロン君に音破はそう答える。良かった。これでどうにかなりそうだ。


「旋笑を先導させたのが原因だね……」

「ああ! 全く見当違いの方向に進んでたみたいだったぜ!」

「元の世界に戻る前に遭難するところだったぜ」

「――――!!」


 というのも一日交替で先頭を変えて街まで目指していたのだが、ノンビーヌラを出て3日目の今日が旋笑の番で、この深い森に入り、道に迷い、遭難しかけていた。山賊が現れなかったら今頃どうなっていたのやら……災い転じて福となすとはこのことか。


「道案内もダメで料理もダメとは……」


 ウンロン君が目を落としながら呟く。その先には真っ黒になった物体、正確にはシチューだったものがあった。というのも今日の料理担当も旋笑だったのだが、開始2秒でシチューが焦げてしまい、ウンロン君が代わりに料理を作っている。


「おまけにぺちゃぱいと来たらお前の取り柄なんて能力位しかないじゃないか」

「…………!!」

「え!? う、う~んと……」


 僕の袖を引っ張りながら何か弁解しろと言った様子の旋笑。でもぺったんこなのは事実だからなぁ……どうしたものかと辺りを見渡してみると、音破が料理を皿に移しており、僕らに配って来てくれた。


「まぁまぁ! 結果オーライだ! 何はともあれ明日には目的地に着くんだからいいじゃねぇか!」

「ふん!」

「…………!!」

「あ、あははは……」


 料理を受けとり、僕らは食事を開始する。あたたかな食事を頬張り、腹が満たされてくると、旋笑とウンロン君の機嫌も良くなり、今後の会話が始まった。


「ええっと、次の街の名前は……」

「『ビギーニング』って街らしいぜ!」

「そこにおれの目的である「異次元の穴」を研究している発明家じじいがいるんだな?」

「うん。メタスターシさんの話ではね」


 どんな人かは全くわからないけど、僕らは前に進むだけだ。両親の仇……真王を倒して、『奴』という存在を倒すために。


「1つ気がかりなのは街にいる王だな!」

「だね。社尽レベルのTREだとかだったら厄介だね」

「話し合いは無理だろうから戦うしかねぇな!」


 音破は笑みを浮かべながら右拳を突き出した。基本的に王達は真王側の人間だ。王との戦いは避けて通れないだろう。ただ問題なのは音破も言っていた通り、王の戦闘力だ。前回とは違い、僕も戦力になるとはいえ、社尽王のようには行かないだろう。苦戦は免れそうにないか……


「その発明家がこっち側だと良いんだけどな!」

「うん。反真王側だったら嬉しいけど……」

「関係ない。おれを戻してくれさえすれば敵だろうと、味方だろうとどっちでもいい」

「いやいや! ウンロンはそれでいいかもしれないが、俺らは困るんだって!」

「…………!!」

「はっはっは! 敵なら戦うまでだ!」


 僕らはそんな話をして盛り上がる。さて……一体どうなる事やら。あ、そういえば……


「さっきの山賊が乗っていたのって、自動車だよな……」


 骨組みが多く、エンジンも乗客もほぼ丸出しで、僕の世界でいうところのオフロードやラリーなんかで使われるバギーみたいな見た目をしていた。

 異次元の穴から出てきたものを使っていたのかな? でもそれにしてはオリジナリティあふれるものだったし、貴族や王が使っているならまだしも、山賊が乗っていたのが解せない。もしかしてこの世界の住人が作ったのか? 電気もろくに通っていないこの世界で?


「天才発明家か……」


 もしも独自で、なんのヒントもなしで作り上げたというのなら、凄い事だ。そんな事を思いながら、僕は星空も月明かりも無い真っ暗で少し紫がかった空を見上げた。

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