第一章 第十九話~ウンロンVS真王~

「すげぇもんだな」


 今の攻撃で意識を失わなかったのはどうやらおれだけだったらしく、後ろにいた連中はみんな地面に突っ伏していた。表情は安らか。息も整っている。外傷もないところを見ると、ただ深い眠りについただけか。


「――――――」

「あー……今耳を閉じてるんでお前の声は聴こえないから一方的に話させてもらうが、お前の能力はおれには効かない。会話をしたければ能力をやめろ」


 真王とかいう爺さんはおれの言葉に首を傾げる。だがすぐに小さく頷くと、爺さんの体から出ていた光が次第に収まり、数秒後には完全に消え去った。用心のため、塞いだ耳を少しだけ開き、音を確認する。――うむ。能力を使っている気配は無し。おれは能力を切って塞いでいた耳を完全に開いた。


「すげぇ能力だな。これ程のモンストロは中々お目にかかれねぇ」

「モンストロ? それはなんだ?」

「能力使ってただろ? おれの世界じゃお前みたいなのをモンストロっていうんだ」

「ほほう……君の世界ではモンストロと呼んでいるのか。儂の世界ではTREと呼んでいるんだがね」


 TRE……まぁ名称は何でもいい。能力を使うって事を否定しなかったって事は、こいつは睡眠系のモンストロって事だな。


「んで? おれに攻撃を仕掛けてきたって事は敵とみなしていいんだな?」

「ふふふ……本当は友好的に、平和的に行きたいのだがね」

「けっ! そんな言葉は善良な王が言うことだぜ」

「ほう? 儂のどこが善良ではないというのかね?」

「異世界から来た素性も知らないおれに話しかけ、何をしでかすかわからないというのに、先住民である後ろの連中を無防備な状態で寝かせ、保護もしなければ衛生兵も警備兵も呼ばない。そして何より……」


 爺の作られた笑顔に乾いた目を覗いて、おれは自分の思った事をありのまま告げる。


「爺さんの目は欲にまみれた嫌な目をしてるからな」

「……ふっ! ふはははははは! そうかそうか。バレてしまっていたか」


 爺さんは腹を抱え、涙目になりながら爆笑する。何がそんなにツボなのかは不明だが、これも否定しないとは大した王だぜ。


「くっくっく。久しく笑ったわ。さてと。それでは続けようか」


 爺さんの体が再び光始めた。カメレオンが擬態するように目まぐるしく色を変えてやがるが、この世界のモンストロはみんなこんななのか? まぁいい。


「さっきの能力か? 悪いがおれには効かないぜ?」

「さっきの能力ではない。今度はこんな能力はどうかな?」

「ん? おお?」


 四方八方おれを囲むように上空に無数の何かが形成し始めた。黒い? 石か? ……いやこれは……


「おいおい……銃かよ」


 銃口から形成され、銃身、引き金、弾倉、撃鉄……最終的に形成されたのは大小さ様々な銃だった。これはおれの世界の銃と一緒だな。M4にMP5、ガバメントにM60、SVDにM37……こりゃまるで銃の見本市だな。


「これはどれもこれも儂の世界の物ではない。社尽王の異次元の穴から君のようにこの世界に迷い込んできた乗り物に積んでいたものだ。全てがこの世界に既存している兵器よりも強力で優秀なものでな? 使わせてもらっているのだよ」


 この世界の物じゃない……ふ~ん。どうやらこの世界はおれのいた世界よりも文明が遅れているのか。それか戦いというものに無縁の世界だったのか。まぁそれはどうでもいい事。


「はぁ……よりによって銃かよ……」


「ふふふ。その表情を見ると、君の世界にもこの兵器があるのだな。ならばこの武器の威力は説明する必要はあるまい」


 爺さんがそっと手を上げるとおれを囲んでいた銃のスライド、コッキングが動いて薬室に弾が装填される。


「さて。異世界からの転移者よ。この攻撃をどう捌く?」


 引き金がゆっくりと引かれ、カキキという乾いた音が聴こえた。そして――


「む! なんじゃ?」


 上空に浮いていた銃の銃口が暴発した。金属が砕ける音と、ねずみ花火のような炸裂音と共に、ガラクタとなって地面に落下していった。


「無数の銃による一斉射撃か。今一番会いたくねぇ奴と同じ能力とはな」


 肩に降りかかったゴミを掃い、立ち込める強烈な硝煙に嫌気がさしたので、鼻を閉じながらまだ体の発光をやめずにおれを見つめている爺さんを睨みつける。この爺さん……複数の能力を持っているとは驚きだ。しかも二つともおれじゃなかったら死んでる程に強力なものだ。これ程のモンストロはランスにもモンテガルデにもいなかった。龍神に並ぶかもしれねぇな。


「さてと。爺さんよ。あんたの能力はおれには通用しない事がまた実証したな? どうするよ? まだやるかい? それとも……」

「成程。『穴を塞ぐ』能力か。社尽が苦しんだのは気道を塞ぎ、儂の声を聞いて眠らなかったのは耳の穴を塞ぎ、銃が暴発したのは銃口を塞いだからか。納得したよ」

「!?」


 爺さんの口から出たその言葉におれは耳を疑い、少し取り乱してしまった。ば、バカな。おれの能力を解明しただと? おれとの戦いでそれに気が付いたものは誰もいなかった。おれの能力を知るのは女帝を含め数人……。今の戦いで考察したのか? それにしては的確に当ててきやがる……


「驚くことはない。儂の持つ『能力鑑定』の能力を使ったまでだ」

「三つ目の能力だと?」


 この爺さん一体いくつ能力を持ってやがるんだ?


「……らしい……」

「あ?」


 蚊の飛翔音のようなとても小さなささやき声。体を震わせながら少し下を見て呟いている真王だったが先程とは雰囲気が違う。


「穴を塞ぐ能力……素晴らしいぞ。それほどの能力を得るために何を失った? いや。それはどうでもいい事だ。儂はお前の能力に惚れたぞ」


 暗殺者なんて職業をやっているおれは、対峙した人間を見ただけでその者の『強さ』『知性』『危険度』を計れる訓練を積んでいる。先程までの爺さんは強さも知性も危険度もいいとこ中の上だった。だが今は違う。あの佇まい。声質。放っているオーラ。どれもこれも――


「欲しいぞウンロン! よこせ! その能力を!」

「っ!!」


 超ド級の危険度だ! この爺さんは今ここで葬らなきゃなんねぇ! おれの勘がそう言っている!


「閉じろ!」

「!!」


 おれは能力を使って爺さんの人体にあるあらゆる穴を塞いだ。爺さんの顔は眉毛と髭、鼻を残してつるつるののっぺらぼうみたいな顔に変わった。

 目、鼻の孔、耳、口、気道、毛穴、肛門、尿道、血管……人体にある穴というものを全て塞ぎ殺す。音もなく、道具も薬も使わずに窒息死する。おれはこの暗殺方法で何人もの要人を殺して来た。それは目の前の爺さんも例外ではない。どんな能力を持ってしてもこの攻撃には抵抗できない。ヴァルグの野郎みたいな『能力無効化』でもない限り、この爺さんの命はあと数分だ。


「………………」

「爺さん。お前はここでおれが……」


 爺さんは観念したのか抵抗するそぶりを見せない。だが逆にそれがおれの警戒心を強めた。パニックも起こさない。抵抗もしない。だが体の発光はやめていない。爺さんはまだ何かをしでかす気で――


「ん!?」


 次の瞬間。爺さんが手品みたいに消えちまった。四つ目の能力か!? まさか高速移動……いや瞬間移動か?


「父上が能力を使ったぞ!」

「この前手に入れたやつか……確か『子供の国』の丸ふみの能力だったか」

「ああ。我々もそろそろ飛ばされる」

「わかってる。社尽王! 飛ぶぞ!」

「承知した! ……せめてこいつらだけでも……」


 そう言うと目の前にいたみすぼらしい男がおれの足元で寝ている二人を掴み、それと同時に消え去った。次に玉座にいた憲兵っぽい男。そして最後に残ったのはおれと同い年くらいの男。こちらを見つめて……観察しているのか?


「おい。おめぇ……」

「あ? なんだ?」

「次会う時まで覚えてろよ」

「覚えるにたる男だったら覚えておいてやるよ」

「へっ! あばよ――」


 そう言い残して男は消えた。それと同時に緊張の糸が途切れ、思わずため息をついちまった。


「ふぅ……こんな緊張したのは久々だったな」


 腰に手を当てて背筋を反らせながら体をストレッチさせ、気持ちを落ち着かせる。そして後ろの方で呑気に寝ている連中に近寄って顔を叩いて起こしてみる。とりあえずはこいつらから情報を聞き出さないとな。


「おい。起きろ」

「う……」


 とりあえずこの中で一番鍛えており、回復の速そうなこいつから起こすか。妙な仮面を被っているが、夜魔大国やまたいこくの忍者達も仮面を被っているからこいつもその系統の男かもしれん。


「はっ!」


 案の定覚醒が早く、すぐさま体を起こして周囲を見渡した。咄嗟に構えを取るあたり、相当訓練されてるな。


「お、お前は確か……」

「ウンロンだ。お前は……」

「俺の名前は武動音破。元武術家で……」

「武術家か。成程。納得したぜ」

「いや、それはいい。それよりも真王は?」

「消えたよ。文字通り煙みたいにパッとな。他の連中も同様だ」

「そ、そうか……」


 武動とかいう奴は構えを解いて仮面を外した。ふむ……すぐに仮面を取って顔を見せるのは暗殺者ではないが、この状態でも隙が無く『二十四時間戦闘態勢』って感じは武術家って感じだな。


「あんた……強いんだな」

「ああ。そう言うお前もな。武術家だったとはな。お前もモンストロか?」

「モンストロ?」

「ああ……この世界ではTREって言うんだっけか」

「あ、ああ。俺はTREだ。といってもここにいるほぼ全員が……」


 武動が振り返り、まだ倒れている連中を見た瞬間、目を見開き、再び気を張り詰めて絶句した。


「んな!? あの二人がいねぇ!!」

「あの二人? ああ。そう言えば異次元の穴を広げる奴が一緒に連れ帰ったな。あいつらの仲間じゃなかったのか」

「ああ! 俺の仲間だ!」


 武動は慌てた様子でバカ広い部屋の中を走り回ってその二人を探し始めた。あの慌てようを見るに相当な関係を持った仲間だったと見えるな。ひとしきり部屋を探し回った後、二人を見つけられなかった武動はその場にへたり込み地面を叩いた。


「畜生! やられた! おいウンロン! あいつらどこに行ったか言ってなかったか!?」

「いや。おれが聞いたのは『子供の国』とか『丸ふみの能力』だとか……『飛ぶ』とかも言ってたな」

「飛ぶ……転移か」

「だろうな。その直後消えたからな」

「こうしちゃいられねぇ……!」

「場所もわからねぇってのに探すのか? 手掛かりなしで当てもねぇ。おまけに一方的に負けるような連中がいるってのによ」

「だからと言って黙っているのは性に合わねぇ。俺はいくぜ」


 こっちの制止も聞かずに武動は仮面を付けなおして体を赤く光らせた。はぁ……頑固者か。良く言えば仲間想いだが、悪く言えば無鉄砲の無計画。ま、この世界の事はこいつに聞かなくてもまだ寝ている連中に聞けばいいか。

 おれは武動を止めようとせず見送ることにした。


「待つんだ」

「「!?」」


 だがそいつはいきなり現れた。つい先程一瞬にして消えた爺のように、何もない空間にいきなり出現したのだ。


「だ、誰だお前は!?」

「真王の手先か……?」


 おれと武動は同時に構えを取りその男を見据える。

 背丈は一九〇はあるか。体格は細身で着ている服は見たことも無い格好だ。布製だが妙に凝った刺繍が施されており、生き物か人間かよくわからないものが描かれている。半獣? 神? 悪魔? 全くわからん。顔は大層な美形で、彫刻のように整った顔立ちに、耳はエルフのように尖がっている。おれや武動とはまるで違う……異星人か?


「真王の味方と言われるのは心外だ。ぼくは奴を倒そうとしている側の者さ」

「って事は味方と見ていいんですね?」

「ああ。そう思ってくれて構わない」


 妙だな。おれは初対面の人間をまず信用しない。それに会った者全て敵のスパイであると疑うように心がけている。だが、この男、こうして対峙して敵意を向けようとしたり、疑いの念を抱いたりしようとすると、スッと消えちまう。今も試しにこいつの事をぶっ殺してやろうか……と考えた矢先には、その殺意がどっかに消え失せる。こいつの人柄か? なんにせよただものじゃねぇな。


「とりあえずこの王宮から出よう。いくよ」

「は、はぁ……はぁ!?」


 瞬きしてる間におれらのいる場所は屋外に変わった。全く頭が追い付かねぇ……おまけに空は紫色の雲に覆われてるし、アンダーグラウンド並みの街並みだな。


「な、何をしたんですか?」

「王宮の外にテレポートした。ここはノンビーヌラの外さ」

「て、テレポートぉ!?」

「そいつはまた大層な能力だな」

「お褒めの言葉ありがとう。ええと……」

「ウンロンだ。おれの名前はウンロン」

「ウンロン君か……初めまして。さてと。時間が無い」


 目の前の男は左の方角を見て表情を曇らせる。時間が無い? そりゃ一体……


「音破君」

「は、はい? なんでしょう?」

「ラージオ君達の事は頼んだよ? それと今は隠れ家にもいかない方が良い。真王の部下達が隠れ家や周辺に大勢いる。ぼくが帰るまでここを動かないように。それじゃ――」

「あ、あの!」

「……消えた」


 男は名乗ることもせず一方的に話すとその場から消え失せた。まったく……この世界はおれのいた世界並みに刺激的な場所だぜ……


「ん? 隠れ家に憲兵だって?」

「どうした?」

「……。っ!! まずい!!」

「おい!」


 何を急に思い出したのか、血相を変えながら武動は爆音を響かせながら高速で飛翔し、街の方へと消え去った。


「……はぁ……やれやれ。便所でも行くか……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る