贈りもの



「二人とも、元気にしている?


風邪とか引いてない? ちゃんとご飯食べてる?


あ、お母さんは相変わらず元気だよ!

病院の人とも仲良くしています。

今日はいい天気だね」


病院の一室、晴れた日差しの中に母が映る。

ビデオレターだ。

相変わらずハイテンションの元気な母が、そこに映し出された。


お母さん……。


その元気さが、まるでまだこの世に母がいるみたいで、亡くなった事が嘘のようだった。



テレビの中の母は一瞬だけ言葉を詰まらせたように、悲しそうな顔を浮かべて、また元気よく話し出した。



「どう? 高校は楽しんでる?

今どんな風になってるのか、お母さんすごく気になるな。

来なくていいって言ったけど、まさか全然来てくれなくなっちゃうんだもん。

ちょっと寂しかったかも。 

まぁ、あなたが楽しそうに日常を送ってくれているなら、それだけで私は幸せだわ。その為に、アナタには来ないよう伝えたんだもの。


お父さん、会社はどう?

辛くて大変な事があったら、今度は前みたいに抱えちゃダメ。

ちゃんと自分の娘に相談する事。 いいわね。


もう、私たちの娘は立派な大人なんだから。信用しない方が失礼なんだからね。

じゃないとまた、あなた、一人でいっぱいいっぱいになっちゃうから。


もうあんな風に、また家族がバラバラになっちゃうのは私は嫌だな。

だから、アナタも、こんな大変なお父さんなんだけど、支えてあげてほしいの。

お願いします。



さて、遅くなっちゃったけど、このビデオを撮っているのは、あなた達に伝えないといけない事があるからです。

なので、それを伝えます。


まず、このビデオを見てくれてるって事はきっと、私はこの世界にはいないです。

居なくなっちゃってるよね。

三人での約束、守れなくてごめんなさい。


お母さん頑張ったんだよ。

結構大変だったんだからね~、こう見えて。

でも、負けちゃった。 てへっ。


母はお道化て見せていた。


貴方が中学生の頃。 いっぱい迷惑かけたわよね。

あの時も、お母さん寝たきりになっちゃって。

本当にどうしようかと思ったの。

病院に行った時に、すぐに入院してくださいって、言われちゃうんだもん。

そんなことできません。ってすぐに断っちゃったわ。


だって、入院したら娘のごはんや支度ができなくなっちゃうじゃない。

何考えてるのこのお医者さん、って思ったわ。

でも、結局あなたに全部家事をさせる事になっちゃってて、本末転倒じゃないって自分を叱ったわ。


今となっては笑い話みたいになっちゃうけど。 でもね、それでも病院へ入る訳にはいかなかった。

貴方の進学にいるお金にまで手を出して、治してもらうつもりなんてなかったから。

だって、あなた本当に頑張っているのを知っているから。


だけど、貯金ももう限界になっちゃって。

お父さんに相談して助けてもらう事にしたの。

やっぱり私一人では何もできなかった。

あの時は本当にありがとう。あなた。


お父さんのおかげで私の体調は回復できた。


でもその後、私の前から二人して去って行っちゃうんだもん。

あれは流石に苦しかったわ。 どうしようもないくらい心が痛んだ。

病に倒れて、苦しみに堪えた日々よりも、苦しかったわ。

それこそ死にそうだったもの。

だってやっと、家族の元へ戻れたのに、あなた達は去って行ってしまうんだもの」




お母さんの本当の気持ち。

それが流された時、私は胸を痛めた。

私がどれだけ勘違いをして、母に酷い思いを向けていたのか。

なのに母は、一度たりとも自分の事は考えず、私の事ばかりを考えていてくれていたんだと知った。 一番苦しんでいたのはお母さんなのに。


中学生の頃の私が憎かった。



「でね、二度目に倒れて病院に運ばれた時、私はもう助かりません。 って言われちゃったの。

びっくりだよね。 二人にはもう迷惑はかけない様にと頑張ってたんだけどね。

また迷惑をかける事になっちゃって。

悩んで悩んで、考えて、お父さんにだけは、この事を先に話すことにしたの。

ごめんね。


だからこれは、あなたには初めて聞かせることになると思う。

でも、勘違いしないでほしい。

あなたを信じていなかったからじゃない。

悲しんでほしくなかったから。

あなたの大事な青春の時間を無駄にしてほしくなかったの。

だから、お父さんと相談して決めたの。


ねぇ。 お父さん。」



父は涙を流しながら、静かにこくこくと頷いていた。


「でもね、それからよ。 私も驚いたわ。

二人が一緒に来てくれたり、アナタなんか、学校帰りにいつも来てくれていたじゃない。

最初は私の事、あの子に話したでしょ。

って散々お父さん攻めちゃって。

ごめんねお父さん。 あなたはちゃんと約束を守ってくれていたわね。


だから、私もアナタに心配かけない様にって、最大限のフルパワーであなた達と接することに決めたわ。

だって、残りの人生、あなた達と楽しい思い出でいっぱいにしたいじゃない。


なのにお父さんったら酷いんだよ。 聞いて。 

私の元気が大げさすぎて、逆に怪しまれるって言うのよ。 そんなことないわよね。



でも、それから時が進むにつれ、私の体もだんだんと力を失っていったの。

お父さんには、そんな姿を見せる事になっちゃって、また助けてもらっちゃった。


もうじき、みんなとも会えなくなると実感させられたわ。


だから、もう私にはいっぱい、い~っぱい、あなた達から楽しい時間をもらったから、あなた達の時間を今度は大切にしてほしいと思った。

もう、いなくなる私に、あなた達の大切な時間を割いて欲しくなかった」



だからあの時、私に友達と遊べ。 来なくていいなんて言ったんだ。

それに、お母さんの元気な振る舞いが、私たちを悲しませない様にするためだったなんて、

酷いのはお母さんの方だよと私は思った。

一番しんどいのは自分なのに、私たちの為に元気でいるなんて、どれだけ辛い事か。しんどいと言う事を、本当の気持ちすら言えないで、一人で戦っていたんだ。

そんなことを考えると胸が痛くなる。



「あなた達が自分の時間を大切にしてくれて安心した。 もし、まだ病院に通い詰めたらどうしようって思っちゃって。

いっぱい考えたの。 貴方たちがこれ以上心配しない様にするにはどうしたらいいか。

それは元気じゃん! って思ってもらう事が一番いいのかなって。


私はもう長くないから。




はい、じゃあ。

ここからは愚痴ね。


私が、今本当に思ってて。 貴方たちにはやっぱり、知ってもらいたい気持ち。

だから言う事にしました。

だけど約束して。

この話しは、聞いたらすぐ忘れる事。 これは今のあなた達には全く残す必要のない事だから。

ただの私のわがままでしかないから。

でも、私という人間をやっぱり知っていて欲しい。 せめて、この世界から忘れられてたとしてもあなた達だけには。

だから、聞いてください。

じゃあ、行きます。


もっと、あなた達と一緒に居たかった。

どうして私だけ先に行かなければならないの?

卒業式私も出たかった。 これから先どれだけ私の大切なアナタは、綺麗になっていくんだろう。

アナタの結婚相手、生まれてくる子供、アナタの成長する姿を見て居たかった。

お父さんを支えてあげたい。

こんなに迷惑をかけ続けた私を、それでも救いに来てくれる人はあなただけだった。

お父さんには、返しきれない恩があるのに、返しきれないまま行くのがつらいよ。


三人で暮らすと言う話。 叶えばいいなと思っていた。

きっと私はこのまま行っちゃうから無理かもしれないけど、三人で暮らそうって約束してもらえた時すごく嬉しかった。

もしかしたら治って、もう一度一緒に居られるかもってそう思ってた。


貴方たちと一緒に居れないのがとても寂しい。


私はあなた達の事が心の底から大好きです。


…………………………」



TVに映るお母さんは泣いていた。

お母さんが叫んだ本当の気持ち。 

辛くて、今まで言いたくて、ずっと我慢していた、母の気持ち。

こんなの見せられて、泣かない家族はいないよ。


――――――――――――――――――――。

映像にはしばらく、言葉を発せない母がいた。

泣きじゃくる母がいた。 初めて見た姿。


その姿に私たちまでもらい泣きする。

いや、もう、映像に移った時点で泣いてるんだけどね。私。


「あははは、

言っちゃった。 これで全部私が秘めてたことも、今まで話さなかったことも全部ここに出しました。



これからは二人とも幸せでいてね。


幸せじゃなかったら許さないんだから」



ここ一番のお茶らけた笑顔を母は見せていた。





「それじゃぁ、またね」




お母さん、お母さん、お母さん!


おまえ、おまえ、おまえ!


わたしもお父さんも、ただお母さんの名前を連呼した。

鼻水と滴る涙が口に入って、私たちの言葉は邪魔されるようね濁音にまみれてお母さんを呼びつづけた。


この映像が終わってほしくなかった。

終わったらもう一生会えない気がしたから。

二度と終わらないまま、流れ続ける事を願っていた。


お願い。

お願いだから、切れないで。


止まらない涙はさらに加速した。








「あっ、それから、」



良かったまだ終わってない!

なんかこういうところもお母さんらしくて、本当にお母さんは。



「私からのあなたたちへの最後の贈り物です」


お、贈り物?


「はい、すぐメモる!

はやくはやく、 ビデオが切れちゃうよぉ~

大丈夫? メモの準備はいい? 」



私たちは大慌てでメモを探して、座った。

もう涙でいっぱいでそれどころでもないのに。視界が霞んで前も見えない。

私たちはまた急な言葉でお母さんに振り回されていた。

この時がまた来るなんて、本当に懐かしくて、嬉しくて。


「うん、大丈夫かな~。

じゃあいくよ。


〇〇区○○○○町○○番地○○

メモってくれたかな? 」


メモはした。

でも、ここって、病院?




「ここに私たちの大切な家族がいます。


そう、気づきましたか?

お父さんと私たちの大切な二番目の子供、四人目の家族です。

アナタの妹になる子よ。

いい、アナタお姉ちゃんになるんだからね」



「大切に守ってあげてね。


これが、私からの、あなた達への最後の贈り物です。


これで本当に、本当に、私からは全部です。


あ、そうだ成長したら、ぜった三人で私のお墓参りにはきてよね。

あ、でもその時は違うお母さんがいて、4人以上になってるかも。





じゃあね、ばーいばーい」



ここで映像は止まった。


私たちは顔を見合わせた。


私たちに、また一人、家族ができたなんて。

お母さんは最後に、新たな生命を私たちに送って、去っていった。


こんなに素敵な贈り物。

送るだけ送って、自分だけ先に逝っちゃうなんて。

私たちのお母さんは、お母さんしかいないんだよ?


最後の最後にこんな報告なんて、せっかくお母さんで浸っていた時間が、一気に失われるじゃない。

私、もっと浸っていたいのに。



謝らなければいけない事をしていたのは、私。

お母さんは何も悪い事はしていない。

お母さん。 ほんとうにごめんなさい。

お母さんの気持ちをわかってなくて、お母さんに辛い思いばかりさせていたのは私たちの方だった。

今更わかったところで遅い。

もう謝ることも、この気持ちを伝える事も出来ない。

なのに、お母さんはテレビの中でも、最後まで私たちが悲しまない様にって、してくれていたんでしょ。


私には解るよ。


だから、最後の、最後に、全部出し尽くしてから、私たちの妹の事を言ったんでしょ?



お父さんも妹が生まれていたことは知らなかったみたいだ。

目を大きく見開いて、驚いていた。



ありがとうお母さん。 お母さんがいてくれたから私たちはここまで成長してこれました。

ゆっくり休んでね。


お母さんの事はこの世界の何よりも、一番大好き。

妹は必ず守るから安心してね。


本当に素敵な贈り物をありがとう。



最愛のお母さんから受け継ぐ、命の贈り物を受け取りに、


私とお父さんは、メモした病院へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る