第29話「決斗」

 学内の競技場は、学生どころか、王都の人間がつめかけ、座席の予約券まで売り出す者が出る始末。

 生徒同士の決闘は黙認されているが、完全にタガが外れていた。

 話が大きくなりすぎて、中止に追い込まれるのを危惧したが、どうやらこの様子では心配ないらしい。


 セコンドに上がることも考えたが、剣のことはアレクに任せた。自分は自分にできる戦いをすべきだ。

 口上が終わり、双方が剣を抜く。

 ヤコブは、意外な事に同じようにセコンドに入らず、最高潮の剣技でマリウスを圧倒するシルヴィアを苛立たし気に見つめていた。


「やあ、少しお話しませんか?」

「……貴様、私をからかいに来たのか?」


 静かに威圧してくるヤコブだったが、ハルは無言で横の席に座る。

 どうせ他の2人が座っていたのだろうが、別にずっと占有するつもりはないので、使わせてもらう。


「セコンドに入らなかったんですね」

「殿下のご指示だ。勝つために剣に詳しい者を付けて欲しいとな」


 ハルは「なるほど」と曖昧に流して、試合を見つめる。

 シルヴィアの剣がマリウスの防壁を叩き割ったところだった。

 ヤコブが舌打ちを漏らす。


「あなたは、何故殿下に執着されるのです? 完全に国益や派閥の利益から逸脱した行動をされているようですが」

「貴様に応える必要があるか?」

「この決闘が終わっても、別に命を取られるわけではありませんが、負けた方が名誉を大きく失います。お互いちょっと話を大きくし過ぎましたね」


 悪びれないハルの言葉に、「大きくしたのは、貴様だろう」と憮然とするヤコブ。

 ハルとて、別に仲直りをしようとしている訳では無い。


「僕は、ただ知りたいだけです。あなた達が何故そこまで妄信できるのか。僕とあなたは同じなのか、違うのか。それをね」


 ヤコブは、真一文字に口を閉ざし、終始劣勢のマリウスを眺めていたが、ぽつりと言葉を吐き出した。


「殿下は、私を選んでくれたのだ。竜ばかりが持てはやされ、馬が扱えても何の自慢にもならないこの国で、これから騎馬や農耕馬が必要と、私を側近にしてくれたのだ」

「なるほど、それは僕と同じですね」

「同じものか。私は努力した。側近としてくれた殿下が恥をかくような人間ではいけないと」

「それも、同じです」


 「貴様に何が分かる」と、ヤコブは初めてハルに視線を向ける。

 そこにあったのは、「孤独感」であるように感じた。


「あの女が居なければ、殿下は理想の君主になれたのだ」

「それは、シルヴィア様のことですか?」

「あの女の実家はパウダーの素材やアーティファクトの貿易で大きくなった。弱者・・にも慈しみの心で接して下さる殿下が、馬を否定する金の亡者を妃とするなど、認められるわけがない。殿下には、マニー嬢のようなお方こそふさわしいのだ」


 口調こそ感情を抑えていたが、彼の言葉にはたくさんの怨念がこもっていた。

 事前に調べたところによると、実家では役立たずと罵られて育ったそうだ。

 そこで王太子に声をかけられたから、舞い上がって依存してしまったのだろう。

 親の愛情を受けていても、蛮族の血のせいでのけものにされていた自分と少しだけかぶって見えた。

 だけど……。


「僕とあなたは似ているようで、一点だけ違いますね。僕もあなたも恩人を敬愛し、役に立とうと必死になった。だけど、あなたは恩人の幸福より、自分の理想を相手に押し付ける事を選択した。あなたは殿下を慕いながら、殿下のことなどなど何も見ていない」

「そんな事はない! 私は……!」

「殿下が、シルヴィア様を愛しておられてもですか?」

「それはっ、マニー嬢ともっと触れ合えばきっと……!」


 ハルは、大げさにため息を吐いて見せる。

 ヤコブのこめかみに青筋が立つが、それでも言葉を止めない。


「マニー嬢なら、昨日シルヴィア様に謝罪に来ましたよ。学校も自主退学すると言っていましたが、それはシルヴィア様が止めました。もう殿下とは行動を共にされないそうです」

「……なっ!」

「僕はね、あなたと逆で、シルヴィア様の幸せを第一に考えれば、自分も幸せになれると思っていた。でも、もうそう言うのは止めにする事にしました。シルヴィア様が幸せで、自分も幸せじゃないと、どうやら僕は満足できないらしい」


 ヤコブは唇をかみしめる。何か言い返そうとはしているのだろうが、言葉にならないらしい。

 会場に甲高い金属音が鳴り響き、歓声が沸き上がる。

 シルヴィアの剣が、王太子の長剣を跳ね飛ばしたのだ。


「勝負ありましたね。今日は話せてよかったです。今後のことはまた話し合いましょう」


 席を立つハルの耳に「まてっ!」と悲鳴のような金切り声が飛び込んできた。


「お前がいけないんだ! お前がしゃしゃり出てこなければ、すべて上手くいったのに!」

「ここで剣を抜くんですか? あっという間に取り押さえられますよ?」

「そんな必要は無いね」


 ヤコブは懐から卵状の金属を取り出す。

 その狂気のこもった瞳から、あれは危ないと本能が警告する。


「これは逃走用に一度だけ近距離を移動できるアーティファクトだが、お前にこれを使って海の上に転移させてやるよ。知ってるか? 溺死ってこの上なく苦しいらしいぜ?」


 どうやら、騎士然とした口調も化けの皮でしかなかったらしい。

 ヤコブは哄笑しながらパウダーの薬莢をアーティファクトに押し込み、起動させる。

 だが、転移は起こらなかった。


 起こったのは、獣のようなヤコブの悲鳴である。

 アーティファクトから、彼を嘲笑するようなメッセージが再生される。


『やあ、ヤコブ君。これを聞いていると言うことは、無事起動したようだね。君は、パウダーを装填しなければ安全だと考えていたようだが、これは内部のマギバッテリーに魔力が蓄えられて、手動でパウダーを点火しなくても時限式で発動する様になっているのさ。もう失われた技術だがね」

「貴様……俺を騙し……」

『騙す? 人聞きが悪いことを言わないでくれたまえ。対価は散々渡しただろう? そろそろ我々の欲しいものを頂戴するよ。君の命は根こそぎ”彼”を呼び出すための生贄にさせてもらう。”召喚”のスピードは、生贄の負の情念が大きいほど早くなる。君は名役者だよ。道化役だがね。じゃあ、今まで楽しかったよ。おばかさん』

「ああああああああ!!」


 彼を嘲笑するメッセージと共に、ヤコブの身体は絶望と共に骨と皮だけにしぼんでゆく。

 そして、砂のように崩れ去った。

 惨状に気付いた女生徒が悲鳴を上げ、恐怖が伝播してゆく。


 そして、空が割れた。

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