第5話 強がり

 推理が当たったことに、満足するようにして探偵は私の元へとやってきた。表情こそ変わらないが口角がほんの少し上がっているように感じる。


「どうかね?名探偵(笑)とやらと同じことをやられたのは。」


「あ、あれはホームズ大先生の能力の一端に過ぎないし、大体あなたは職業までは言い当てていないじゃない。やっぱりバカにしたのは許せない。」


「ふむ、別に事実を言っただけであって、探偵をバカにしたわけではないがね。少なくとも私は彼らよりも名探偵を名乗るにふさわしい人を知っているのでね。」


 遠くを見つめ何かを思い出すようにしながら話す。金髪に、緑色の瞳はこの田舎のバスではやはり異質だった。


「で、トリックは何なの?」

「無粋なやつめ。」


 考え事をしていた時に探偵に私が話しかけたからか、トリックを聞くこと自体が無粋と思ったのか小さな声でそんなことを言ってきた。

 探偵は教えてくれなかった。そのまま、青い柄のバスの座席に沈み、目をつむった。


 三〇分ほどバスに揺られた頃だろうか?探偵はスッと目を開いて私の方を見つめてきた。


「どうしたんですか?やっと、種を教えてくれる気になったんですか?」


 なので、私は当然の疑問を口にした。

 しかし、探偵は私の質問には答えなかった。ただ、じっとエメラルドの瞳が私の中身までをも射抜かんばかりに見つめる。


「だから、どうしたんですか?あ、分かりました!あんなこと言ったのに私の美貌に気付いちゃって私に惚れちゃって困惑しているんですね。でも、残念。あなたは、私にとって最低の探偵になっていますよ。あ、しかも私もあなたの秘密を握ったことになりますね。あなた、女でしょ?だったら、レズってことになりますもんね。」


「ふん。」

 探偵は静かに笑った。


「これから待ち受けることも知らずに、それほど愉快なことを言えるとは、バカはやはり強いな。」


 そこで探偵は言葉を切った。そして、私を何も知らない子どもを慈しむように見つめ、何かに思いを馳せるように暗い深緑の瞳を閉じた。


 その時の探偵の纏う空気があまりにも優しかった。だからこそ、そのらしくない意味不明な言葉に不安を感じた。


 いつの間にかあたりも暗くなってきていた。バスの窓を覗けば太陽が山と山の間にゆっくり揺らめきながら沈んでいくところだった。人は闇から逃げ出して光を生み出した生き物だと聞いたことがある。太陽の沈む姿を見ていると、少しずつ少しずつ、閉め忘れた蛇口から出る水のように私の心に不安がもれていった。


 その不安から逃げ出したくなって、黙ったままの探偵に声をかけた。そもそも、突然言われたこんな意味不明な言葉で不安を感じることが非論理的なのだ。問い詰めなければならない。そう思った。


今思えば、理性的な考えではなく死を避けようとする本能がそうさせたように思う。


「こ、これから何が起きるっていうんですか?それともあなたは、ミステリーツアーの演出のために雇われた女優か何かで演出のために私を脅しているんですか?だとしても悪趣味がすぎますよ。」


 不安を隠すように、あるいは取り除くために、できる限り強く言葉を発した。


「ふん。これから起こることに恐怖を抱くのか。やはり君は本能で生きるタイプのようだ。勘だけはいいのだね。だが、推理は明後日の方向だ。ま、とにかく次に逢うことがあったら教えてやる。しかし、ヒントだけは教えてやろう。『あるものだけでなく、ないものもみなさい。』以上だ。幸運を祈っているよ。」


 意味不明の言葉を残して、今度は一人で反対側の席へ行ってしまった。

 そして、探偵はそのまま死んだように深い眠りへと入っていく。


 探偵が去り際にもう一つ、独り言のように呟いた言葉を私は聞いていた。それが、空耳であることをこの時は祈っていた。

 彼女は私に聞こえるか聞こえないかの声でこういったのだ。


「君が死なないことを心から祈っているよ」


 と。

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