第53話 悪魔は突然やってくる

 文化祭当日


 うちの高校の文化祭は、学校全体を使ったプロジェクションマッピングなどがあるものの極めて普通の文化祭だ。

 バナナをテレポートさせようとする化学部や、宇宙の真理を解こうとする物理学部などもあるものの残念ながらすべて茶番で終わってしまう。


 それでも、生徒会主催の脱出ゲームはそう言った問題の作成をする専門家のOBが携わっていたりする。


 その中でも今年の目玉は3年のクラスがやることになった本格的なお化け屋敷である。

「ということで童貞君は千里と一緒にお化け屋敷に行きなさい。」


 まだ、外部からのお客さんを入れる段階でもないにも関わらず当然のような顔をして千鶴さんが教室の中に不法侵入をしてきた。

 幸いなことに凛を含めた女の子たちは別の教室で着替えていたりするのでいない。

 けれど、男子はほぼ全員が教室内にいる。

 その好奇の視線が痛い。


「あの~どなた様でしょうか?只今、開演前なので恐れ入りますがそれまで学校の外でお待ちください。」


 とりあえず、ここは他人のふりをする一手だ。

 何か言ってきても他人のふりを貫いてやる!

 俺はそう思って俺の方を見ていた千鶴さんの方を見上げる。

 すると、千鶴さんはクォーター特有のきめ細かい真っ白な肌をほんのり赤らめ、目を潤ませて


「一緒に私の家で寝泊まりしたことを忘れてしまったのですね?健太郎さんは、私に裸まで見せてきて色々な手解きをしてあげたのに他人のふりなんて、ひどいですわ」


 …


「いやいやいやいやいや。流石に童貞君とか叫んだ後でそのキャラは無理でしょ!」

 俺は、『他人のふりをする』決心を一瞬で鈍らせてしまう。


「あら、そう?残念。じゃあ、もうちゃっちゃとしなさいよ。面倒くさ~い童貞さぁ~ん」


 もう、やだ。クラス中の視線が痛すぎる。何が悲しくて教室のど真ん中で『童貞』って連呼されなきゃいけないの?

 っていうか、この人も初対面の人たちが集まる教室で童貞、童貞連呼して恥ずかしくないの?


「いやぁ、普段ならこんな言葉を発するのは、躊躇するんだけど、健太郎君の困った顔を見ていると興奮しちゃって。」


 俺の顔をみて千鶴さんはそんな言葉を発してくる。


「Sっ娘か。あんた、真性のSっ娘か」

「まあね。」


 千鶴さんは、片眼をつぶってウィンクをしながら人差し指を顎にあてて上を向いた。


 そして、ポツリと

「でも、自分の身を犠牲にして童貞という『悪』を苦しませる私って勇者の素質があるね」


「童貞は悪じゃなぁぁぁぁぁい!!!ピュアボーイなだけなんですよ!!あんたは、勇者よりも悪魔の方が似合うよ!」


 はあはあはあ。俺は渾身の叫びをぶつけた。

 千鶴さんは、流石に驚いたように、ブルーの綺麗な瞳を丸めて口を閉じた。

 そして、俺のつんざくような叫びの余韻が室内に広がり、しんとした空気を残した。

 その状況に俺は改めて自分の言ったことを反芻していた。


(全力で童貞を擁護したけど、こんなのでムキになって叫び返すとかそれこそ陰キャ童貞臭いことしちまった!!しかもワンチャン教室の外にまで声が届いてしまっているかも!!やっちまったぁぁぁ!)


 俺が頭を抱えて今後の学校生活の闇に、自分の作った静けさの中で、怯えていると、千鶴さんが肩を叩いて、


「息切れしながら、この静けさ。まるで事後のようだね。ヤッたこともないのに事後の余韻だけは作れるとは流石『童貞君(笑)』だね」


 と言ってきた。


「もう、ビッチは黙っていろよぉぉぉ!!」


 俺は涙目になりながら額を教室の木目に合わせていた。

 悪魔レベルが上がってやがるよ。この人。

 教室の中でこういうからかいするとか、人でなしすぎるだろ!

 この人と教室に居たら身が持たないよぉぉぉぉ。


 *


 あれから、着替えた後、速攻で空き教室に千鶴さんを連れだしていった。

 俺が、その時に彼女の手を握ったために『あいつ、意外とプレイボーイなのか?』『でも、童貞君なんて言われてからかわれていたぜ』『羨ましいよなぁ』『お前、Mかよっ。キモッ』『とはいえ、あんな美女の手を躊躇なく握るなんてあいつスゲーな』『もしかして、健太郎のお気に入りの風俗の嬢なんじゃねーの?』とかいうあらぬ声が耳に入った。だが、そんなもんは無視だ無視。

 これ以上、この人とこの教室にいたら身が持たなすぎる。


「よっ。プレイボーイ!」


 空き教室にあった微積のプリントをわざわざ丸めて口元にやり、いつも通りに千鶴さんは俺を煽ってきた。


「なんでございますかねぇ。ビッチ風俗嬢さんやい」

「ハハハ。ごめんねぇ。校長先生が先に特別に入らせてくれたから、面白くてきちゃった」


 てへぺろとでも言いたげに舌を出してくる。


「で、早く本題に入りましょう。」

 俺は劇の前なのにぐったりとした声を出していた。

「あっ。そうそう。お化け屋敷に千里と一緒に入りなさい」

「どうしてそうなるんですか?説明してください」



 この人の頭の中どうなっているの?論理に整合性がなさすぎない?


「それはね、千里が童貞君以上にヘタレ女だからだよ」


 千鶴さんは語気を強めて荒々しい口調で叫んだ。

 なんか、怒っている?

 相変わらずの整合性のない言葉にも怒気が含まれていることがわかる。


「どうしたんですか?落ち着いてくださいよ。それとも、千里さんと喧嘩でもしたんですか?」

「してないよ!ただ、童貞君への返事もメールで済ませてしまうヘタレ女は逃げ場をなくしていって追い詰めるしかないんだよ!分かっているでしょ?」


 逃げ場をなくして女の子追い詰めるって、ただのストーカーでは?


「いや、そんな猛獣みたいな猛々しいことを言われましても…」

「いいから、やるの!返事はイエスだけ!」


 千鶴さんは暴君のようなことを言い始めていた。

 千里さんから、俺の告白のことを具体的に改めて聞いたのかな?

 それでも俺をけしかけるってことはもしかして実際はそこまで、嫌われてはいないのかな?

 いやぁ。でも、この悪魔ビッチは、俺を痛めつけることに命かけている節があるからなぁ。

 とりあえず、俺がわかることは、ここでの返事をイエス以外で答えようものなら千鶴さんからの純度100%の八つ当たりを受けることになることだけだった。

 …コミュ力多少上がったのに、全然得になっていない気がするんだけど。これは、どう考えても周りの奴らが悪いよね?

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