第47話 ヒトはみな変態である

 千鶴さんが去った時には、学校に行く時間になっていた。

 急いで支度をしていると、


 ピ~ンポ~ン


「はいはい」


「おはよー。けんたろー!」


 扉を開けるとそこには、笑顔の幼馴染がいた。すっごく笑顔だった。見たことないくらいに笑顔だった。

 …例のごとく怖い笑顔だった。


「さっき、千鶴さんがけんたろーの家から出てきたのをみたんだけど、モテモテだねえ〜。けんたろーは」


 首をかしげながら笑顔を向けてくる幼馴染は、更に言葉を続ける。


「そっかぁ。私の告白なんてけんたろーにとっては、日常なのかな?かな?千鶴さんにも告白されたりしたの?よかったねー、よかったねー」


 大事なことなので二回言いましたと言わんばかりの『よかったねー』は普通に怖い。

 っていうか、我が幼馴染ながら、あの晩の出来事があったにも関わらず、変わらなさすぎでは?変わらない方が嬉しいけども…


「そ、そういう凛は朝からどうしたんだ?」


 凛の笑顔によって、古傷が疼きながらも頑張って聞いてみる。


「えっと、あのね、私、そのね、えっとね、あれからいっぱい考えたんだけど、やっぱり、けんたろーと一緒にいたい。けんたろーがいいって言ってくれるならだけど…」

言葉足らずになりながらも凛は懸命に言葉を紡いでくれた。


「だが…いや、なんでもない。ありがとう」


 お前の気持ちには答えられないと改めていうのは野暮だと思った。俺の幼馴染は、それを夏休みの間に必死になって考えてきてくれたんだ。それを否定することはしたくないなって思った。


 幼馴染には幼馴染の考えがあるのだ。それでいいのだ。

「それで、千里さんに振られたってホントなの?」


 凛が思わぬことを聞いてくる。


「あの、凛さん、それ、どこで聞いたの?」


 俺は尋ねてみた。いくらなんでも察しがよすぎませんか?

 幼馴染がヤンデレ属性だったことを考えると、盗聴器とかストーキングとかしていてもおかしくない気がする。


「えっと、それはその?」


 そう言って、俺の胸ポケットにあった--凛がお父さんの誕生日プレゼントに買ったけれど、気が変わって家庭教師のお礼に俺にくれた--万年筆を見つめる。


 …まさか。


「凛、まさか盗聴器を仕掛けたりしていないよな?」


 プイッとポニーテールを揺らしながら、俺から目線を逸らして、


「と、盗聴器は全部部屋から抜いたよ。ホントだよ」


 聞き捨てならないことを言った気がする。

 が、それは過去のことだ。水に流そ…って流せるか!


 えっ?じゃあ、もしかして、千里さんのこと好きだなぁとか呟いたり、男の子の男の子の部分を満足させたりしているところも撮られています?


 やばいよ、やばいよ。どうするの?やっぱ、凛と仲違いする?いや、しかし凛には過去のことは水に流すと言ってしまったし、これでやっぱりなしっていうのは格好悪いし有り得ないよね?

 それに、俺が凛と一緒に居たいのもほんとだし。


 だが、知り合いに自分がエッチな本を読んだり、エッチな動画を見たりしているのは死にたくなるよね。


 あの、あれだよね。許せないとか、気持ち悪いとかよりも、真っ先に来る気持ちは、恥ずかしすぎて死にたい、だよね。


『ぎゃあーーーー。』


 と心の中で言いながら頭を掻きむしっていると、


「あ、言っておくけど、けんたろーがエッチなことをしているのは、見ていないから大丈夫だよ」


 俺の行動で全てを察してくれたらしい凛から声を掛けられる。だが、優しい幼馴染の気遣いの言葉に、俺は絶望を覚えた。


 だって、ちょっとは見たってことじゃないか。


「あ、その~、私のエッチなとこもみる?かわりになるか分からないけど、それでお相子にして欲しいなぁ」


 幼馴染が豊満な胸を片手で触りながら更に察しのいい発言をしてくる。

 俺の息子が元気出てきちゃいそう。

 というか、本来ならこういう風に気遣いのこもった言葉を言ってくれる気立てもいい察しのいい女の子をあんな風にさせちゃう俺って…


「いや、大丈夫。問題ない」


 だって、ここで胸を見せろっていうの下衆の極みすぎない?

 惚れている弱みにつけ込んで、振った相手(しかも、その後も仲良くしようとしてくれている)に性的な欲望を解消させるって…


「そっかぁ。残念」


 あの~、凛さん?残念、って言葉おかしくない?ヤンデレに加えて露出狂とか目もあてられないよ?聞かなかったことにしていい?


「それよりも、万年筆に盗聴器、隠しカメラを仕込んでいるな」

 俺は、これからの幼馴染との円満な関係のために色々な問題を置き去りにして当座のことを片付ける。


「えっと、はい、そうです」


 凛が俯いた。だから、あんなに色々なことが分かったのね。千里さんと同衾したのもそれで知ってしまって、俺を刺しにきたのね。納得。


「はあ。もうやるなよ」

 俺は今度こそ水に流してみる。


「うんっ!」

 俺の言葉に、幼馴染はまぶしいばかりの笑顔を浮かべてくれるのだった。


「それで千里さんに振られたってホント?」


 でも、いい感じに終わらせてはくれなかった。世界一の幼馴染は結構、えぐいことを突っ込んでくるのだった。


「ああ、そうだよ」


 まあ、どうせ盗聴器で知っているっぽいし、どのみち千鶴さん経由で凜にはばれる気がするから素直に白状してみる。


「そっかぁ。あのね、」


 言いにくそうに形のいい口を開いては閉じ開いては閉じる。

 パッチリとした目が時節こちらをチラチラとみてくる。


「どうした?」


「あのね、反省していないって思われるかもしれないけどね、」

 凛はそれでも、言いづらそうにしてくる。…流石に盗聴器とかはもう勘弁なんだけど。そのことじゃないよね?盗聴器仕掛けていいかの打診とかじゃないよね?凛ちゃんと仲良くやっていく自信なくなるよ?俺。


「あのね、そのね、けんたろーが千里さんのことを好きなのは分かったけど、それでも、異性としてけんたろーをみていてもいい?」


 凛は俺の期待を裏切るほどに澄んだ瞳で俺を見つめてきた。

 俺は思わず見とれてしまった。

 

 だって、俺の思いをしっかり受け取って咀嚼して、それでも、報われない恋を続けたいって言っているんだ。確かに普通に考えたらダメなことかもしれない。一歩間違えれば、ストーカーかもしれない。


 それでも、断られることにおびえながらも、正直に自分の想いを口に出す姿は、格好よくて、可愛くって、それでいて千里さんに告白した俺自身を想起させた。

 だから、俺は何も言えなかった。


 俺が何も言わないことに焦ったのか、凛は早口になって、


「も、もちろんけんたろーが千里さんと付き合ったり誰かとお付き合いしたらやめるよ。その、その…だから」


 凛は勇気を振り絞って言葉を続けようとしてくれる。


「ああ。分かった、分かったよ」


 俺は最大限の誠意をもって凛の言葉に答えるのだった。凛の思いを否定もせず、自分の思いを、千里さんが好きだという気持ちを、貫き通すという固い決意を心の中で胸に誓い学校に行くのだった。


 ちなみに凛と千鶴さんと話過ぎたせいで、ホームルームには間に合わず、禿げの担任には、


「家が近いのに何やってんだ!お前らもしかして、不純交友とかしていないよな?羨ましいなぁ…じゃない。…けしからんぞ!」

 とか言われた。

 それに対して、凛が「そんなわけないでしょ?」とか言いながら担任の数少ない髪を触っていた。


「そ、そうだよな。二村なんかと、学年一モテる三好が釣り合うわけないよ…」

 ブチっ

「けんたろーの悪口は言っちゃだめですよ」

 とか言って、禿げの担任の髪の毛を抜いていた。アーメン。数少ない髪様が。


 というか、担任にそんなことして内申書とか大丈夫なのかな?って思ったけど、美少女に触られたせいか、ただのどMなのか、我が担任は終始、嬉しそうな顔をしていた。


 俺の周りには変態しかいないらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る