第40話 似たもの同士

 千里さんの家の前に着いた。千里さんの家は案外普通の家だった。千里さんはなんだかんだ上品な人だから、千里さんの家もそういった家を想像していた。


 例えば、玄関が白い門になっていて大きめの木が庭にあるような家とかが、ピッタリだと思っていた。木の下で本を読んでいるとことか、容易に想像できる。本から顔を上げて、ニッコリ優しく微笑んでこちらを見てくれる姿とかいいよね?


 妄想に浸っていると、


「いらっしゃい、健太郎君。凛ちゃんはどうしたの?」


 黒色のどこにでもありそうな扉から、千里さんが出てきた。白のブラウスに水色のスカート、それでいて赤い花が鮮やかに描かれているエプロンを着た、どこかミスマッチな恰好をした千里さんが俺の前にいた。


「いらっしゃい。けんたろー君。って、あれ、凛ちゃんは?」


「凛は父親の誕生日らしくて今日は遠慮しておくって言ってました。」


「あ、そうなんだ。とりあえず、上がって。」


 天使は、妄想の笑みよりも、更に極上の笑みをもって、ニッコリ笑いかけてくれる。


 案内に従って、玄関に入る。左にはTOILETの文字がある扉があり、右の方には居間と仏壇があった。それを見て千里さんのおじいちゃんのことを思い出した。


 思わず、声をかける。


「あの、仏壇にお参りさせてもらってもいいですか?」


「へ?ああ、おじいちゃんのことか。ありがと。うん。こっちからお願いしたいくらいだよ。私は夕食の準備があるからそれすましてくるね。あと、今日は遅くなるかもしれないって親御さんに連絡しといたからそこは心配しなくてもいいからね。」


 そう言ってくれたので、俺はおじいちゃんの写真の前で手を合わせる。そして、心の中で千里さんのおじいちゃんに語りかける。


 “孫の千里さんにはお世話になっております。千里さんは、俺、じゃなくて僕が言うのはなんですがとっても可愛くて優しい最高の教師です。そうなったのもあなたや、あなたの担当医師といった人と人が繋がってできたものです。この縁が千里さんにとっていいものであるように僕も頑張っていくので暖かく見守っていてください。よろしくお願いいたします。”


 お参りした後は、珍しく心の中でシリアスモードになったのが、恥ずかしくなった。


 なので、恥ずかしさを紛らすように、足早に仏壇のある和室から立ち去った。その時、ふと仏壇の前の写真を見ると、こちらに優しく微笑みかけてくれる千里さんと目元の似た優しいおじいさんがいた。




 *




 千里さんが作ってくれた煮込みハンバーグを二人で食べた後、千里さんの部屋で復習会をすることになった。凄く緊張している。


 年上の美女ってどんな部屋なのかな?白いレースのカーテンにクマのぬいぐるみがあるところとかを想像する。ヤバい我ながら、妄想が、気持ち悪っ。




 そこでふと今更になって、気づく。そう言えば家に誰もいなくないか?


「えっと、お家の人とかはいないんですか?」


「うーん。二人とも共働きだから帰ってくるのは二一時とかかな。あとは、高二の妹がいるんだけど、部活やっているし、部活終わりにファミレスとかよく行くから遅いんだよね。」


 人差し指を顎に当て。上の方を向いて考えるようにしながら千里さんはこたえる。


「寂しくないんですか?」


 思わず、聞いてしまう。


「なーに?寂しいって言ったら一緒に居てくれるの?」


 千里さんが優しく微笑みかけてくれる。


「もちろん。そうですよ。」


 千里さんが珍しく俺のことを、からかってきているのだろう、とは思ったけれど、それでもそう言いたかった。寂しいって言葉に嘘はなさそうだったし。


「まあ、とりあえずは復習しよっか。」


 でも、千里さんは一瞬の空白の後に、俺の言葉をスルーして別のことを提案してきた。 もちろん、目的は模試の復習なので素直に従う。模試の終わりに配られた解答を出して、一緒に答え合わせをする。


「これは、ここが注意点でここの式に注意しなければならないんだよ。」


 そう言って目の前の解答を指し示しながら千里さんが近づいてくる。


 いつかの千鶴さんと同じラベンダーの匂いがしてくる。距離が近づいたために、慎ましいながらも、柔らかい、女性的な感触も肩にあらわれる。


 なにがとは言わないが別の場所にやる気が集中しそうになってしまう。


 いかん。いかん。千里さんは誰にでも優しいからこういう風に家庭教師の時間じゃなくても教えてくれているんだ。好きな人の信頼は裏切るな。


 何とか集中を数式に戻そうとしてみる。


 すると、


「って、聞いてないでしょ。けんたろー君。」


 千里さんは唇をまげてちょっぴり怒っていた。


「ごめんなさい。なんか、千鶴さんと同じ匂いがすると思ってつい色々考えていました。」


 必死になって言い訳を紡ぐ。


「ああ、なるほどね。これは千鶴ちゃんに誕プレでもらった香水だよ。」



 千里視点


(ああ!集中していないと思ったら千鶴ちゃんと同じ匂いがしたからか⁉いつもなら集中しているもんね! けんたろー君って、千鶴ちゃんのこと悪く言っていたけどなんだかんだ仲いいんだよね。今日だって千鶴ちゃんよりも早く送った私のラインは既読スルーしてきたのに千鶴ちゃんには返信していたし!やっぱりけんたろー君、千鶴ちゃんみたいな綺麗な子が好きなんだろうなぁ。なんか、そう思うと怒れてきたかも⁉私だってこんなに頑張っているのに!そうだ。もっとけんたろー君に近付いて私が女の子って意識させてやる。最近、私のことからかってくるし、たまにはちゃんと年上の女性って意識させてやる。)




 健太郎視点


 なんだか、さっきから千里さんが近い気がする。たまに、スカートの薄い布が肘にあたったりもする。女性を守る大事な薄い布が、普段は使わない敏感な肘に当たるのはわりとドキドキする。


 千里さんの胸とかに当たっているわけではないのだけれどなんか、こっちの方が色々な想像をかきたてられる。そして、耳もとで優しく後ろから話しかけられるのもドキドキする。近頃流行りのバイノーラル録音に似ている。


 違うのはたまに千里さんの体温や、湿った吐息が敏感な耳のところにかかってくることくらいだろうか?バイノーラル録音ですら緊張で背筋がゾッとするのにこの生感覚はヤバい。


 集中しないとまたしかられるのに。


 その時、ノックもなしにガタンと言って千里さんの部屋の扉が開かれた。


 そこには、千里さんにどことなく雰囲気が似ている美少女がいた。


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