第28話 信頼されることとホントの優しさは似たようなもの

「凛、ごめんな。鈍臭い幼なじみで。」

「別に何にも気にしていないよ。」


 翌朝、少し話があると言ったら、凛は俺の部屋にきてくれた。

 だが、目も合わせずに話す姿はやっぱり昨日のことを気にしているようだった。


「あの川でのことは、お前にとっても何か大切なことのきっかけになった出来事だったんだよな…」

 俺が医師を目指したように、凛にとってもあの川の出来事が何かのきっかけになったのかもしれない。俺はそう思ったのだ。


 昨日、必死になって『大切な…』につづく言葉を考えたけど、具体的にその何かは分からなかった。

 だけど、その大切な思い出を自分の預かり知らない所で話されるのは嫌なのは分かった。凛にとっては、そのくらい大切な事だったのだ。


「もういいってば。」


「いや、謝らせてくれ。本当にごめんなさい。」


 俺は深く礼をした。

 確かにコミュ障の俺には、理解できないことも多い。でも、だからこそ、一生懸命、許されるまで頭を下げるしかない。


 前回、凛の家で適当にすましてしまったことを、今度こそ、きちんとしたい。

 もしも、許されないならば許されるまで、ない脳みそを必死に使って、凛の怒る理由を見つけなければならない。


「謝ったら許されると思っているの?」 


 凛は静かに言う。今まで感じたことのない冷たさだった。

 俺は、下げている頭を更に低くする。


「理由は探す。それで、もしもそれが分ったら…」


 その言葉の先は出てこなかった。これからも、迷惑かけるかもしれないのに、許してくれなんて言えない。


「話はもういいでしょ。じゃあ。」

 凛はそう言って、最後まで目も合わせないままに自室に戻っていく。俺は、凛のゆっくりとした歩みをただ、見送る。


*


 凛に謝った後は、勉強の時間だった。

 今日は、俺が千里さんに教えてもらって凛が千鶴さんに教えてもらう日だった。


 何でも、基本的には物理・化学と数学が千鶴さんの担当で英語と国語が千里さんの担当だそうだ。

 千鶴さんとはまだ話せていない。凛のことも大事だけど、千鶴さんのことだって気になる。


 正直な話を言えば俺は凛の方が大切だ。だから、千鶴さんのことを放っておきたい気持ちだってある。それが天使でも聖人でもない、自己中の俺の本音だ。


 でも、俺が目指した医者は助けられる可能性がある人を、自分の都合で見捨てるような医者ではない。千里さんのような人だ。

 だから、千鶴さんのこともどうにかしたい。


「千鶴さんはどうしたんですか。からかってきたと思ったら急にしおらしくなっちゃって、気にしてくれアピールなんですか。…千里さん、知っていますか?」

 俺は捻くれながらも千里さんに千鶴さんのことを聞いてみた。

「うーん、それは、私の口からは言えないかな。」


 千里さんは俺の捻くれた心配に苦笑いの様子でこたえる。

 千里さんは知っていることがあるみたいだが、教えてくれなかった。きっと、それほどに千鶴さんにとって、繊細なことなんだと思う。それに首を突っ込むことは、ホントの優しさではないのかもしれない。


「そう、ですか。」

(…あんな感じになるくらいなら、何を気にしているのか言ってくれればいいのに。)

 けれど、それ以上に突っ込んだことは聞けなかった。自己中な優しさだと気付いてしまったからだ。


 しばらく、俺は、黙ってしまう。



「健太郎君は優しいね。」

 突然、そう言って、ニコニコと千里さんは満面の笑みで見つめてくる。


「そんなことはないですよ。むしろ、今回のことは、ほっとくのが大人の対応でしょうし、本人が相談しない限りは勝手に詮索されるのもムカつかれるだけですし。」


 自分の行いを恥じるように拗ねたような口調で千里さんにあたってしまう。


「確かにそうかもね。でも、多くの人にとってはそれは半分気遣いで半分面倒くさいって気持ちで成り立っていると思うんだよ。それでいて本当に優しい人っていうのは人から自然に相談されてちゃんと親身になって相談に乗ってあげられる人だと思うの。だから、面倒くさいっていう壁を健太郎君は既に乗り越えているんだよ。きっと健太郎君は優しいって才能を持っているんだよ。あんなに嫌っていた千鶴ちゃんのことを心配するくらいだもん。」


「ありがとうございます。でも、千里さんや、凛の方が俺なんかよりずっと優しいですよ。」


 だって、千里さんも凛もつらくても苦しくても周りの人たちのために笑顔で気を遣う。酔って気持ち悪くても、大会で負けて悲しくても、勉強で疲れていてもいつもだ。


 その凛が今、怒っているんだから明らかに俺が悪い、それを考えると胸が苦しい。


「ありがと。でも、私は健太郎君と違って全員に優しいわけじゃないよ。優しくなろうとはしているけれど。」


千里さんがそれでもフォローしてくれる。

それをみて本当に優しい千里さんや凛みたいになりたいなって改めて思った。  

 

 他の人に千鶴さんのことを聞くのではなく、千鶴さんが自然と相談してくれるようになれば、この行為だってホントの優しさになるのかもしれない、ふと、二人のことを考えているとそう思った。


 凛は皆から信頼されているし、千里さんだって千鶴さんから信頼されているから彼女の様子が変わったことに心当たりがあるのだ。その信頼がホントの優しさにつながるものなのだ。きっとそうだ!俺は、そう確信した。

 そのことを千里さんに伝える。


「無理かもしれないですけれど凛や千里さんよりも優しくて頼れる存在になれるようになれるよう頑張ります。まずは、千鶴さんが相談したり弱音を吐いてくれるような信頼関係を築けるように頑張りますね。」


 きっと、これを解決することは凛との出来事の解決にもつながると思う。

 そうやって、凛にも信頼してもらえるような存在になりたい。  

 凛の心も受け止められる人になりたい。

 そうしないと嫌われてばかりの俺は愛想を尽かされてしまう。…もう、手遅れかもしれないけど、今度は、高校入学時みたいに自分からは手を離したりしない。


「やっぱり、そんなことを言う健太郎君は私なんかよりもよっぽど優しいと思うけどな。」

 母親のように愛おしそうに俺を見つめる千里さんの声は聞こえないふりをした。

 急いで昨日と同じようにテストを始める。


「終わったー。」

 英語だったので問題自体は複雑じゃなかったせいか、はたまた俺の学力を知っている千里さんと一緒だったからか昨日よりもはやく終わった。


「お疲れ。」

 千里さんも採点だったりで、疲れているはずなのに、やはり全てを包み込むような優しい笑顔で労ってくれた。


「千里さんもお疲れ様です。こんな問題まで用意してもらってありがたいです。」


「凄いでしょ。これ、実はほとんど千鶴がやってくれたんだよ。国語は苦手らしくて私が作ったんだけど国語以外は全部千鶴がやったんだ。」


 自分の自慢をするように千鶴さんのことを嬉しそうに千里さんは話す。

 千里さんの言葉を聞いて、やっぱり、千里さんの友達が悪い人間なわけないのだ、と思った。だって、見ず知らずの俺たちのためにこんなに手の込んだ問題を作るなんて悪い人間にはできないことだと思う。むしろ、ここまでのことは、普通の人にもできないことだ。


「これ、作るのに凄く時間がかかったんじゃ。」

 全ての範囲を網羅するように問題を作るのは何十時間という単位で時間がかかるだろう。


「う~ん、そういうの聞いたり感謝したりして仲良くなっていけばいいんじゃないかな。」


 千里さんは俺がどうすべきかを、やんわりと、教えてくれる。


 やっぱり、千里さんはいつだって俺に指針をくれる最高の教師だった。

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