幽霊船

 温かい昼下がりの窓辺。今日は特に用事もないので日の当たる窓の横に椅子を移動して座っている。


 アデールはいつも通り塔に行って仕事をしている。あたしは朝のうちにルーのところでチェスと少しだけ戦略と戦術の違いを教えてもらった。おもしろい話だったけど時間があまりなくてゆっくり聞けなかった。天気が良くて眠かったからそのまま王宮内の部屋に帰ってきてこうしてのんびり過ごしている。座っている椅子の前にもう一つ椅子を置いて、ルーにもらった簡易な作りのチェス盤を乗せた。果実水を飲みながら教わった手を検証する。こう動かしたら相手はどうするだろう。その場合あたしは。


 いろいろ考えてみるも日差しは暖かいし頭は眠気でぼんやりするしで良い手は思いつかない。うとうとし始めていると誰かがあたしを呼ぶ声がした。


「ロニー。私のかわいいロニー」


「……母さん?」


「こんなところでうとうとして。風邪でも引いたらどうするの。私の血を引いて丈夫とはいえ無茶しちゃだめよ」


「えっと、ここは?」


 見回すと周囲は草と木に囲まれている。ここはよく母さんとおしゃべりしていた森だろうか。


「ねえロニー。今は楽しい?」


「……うん。楽しいよ。いろんなことをいろんな人に教えてもらってるんだ。チェスが特におもしろい。あとたくさん本を貸してもらえて読めるの嬉しい」


「あなたが楽しそうで良かった。魔王様の奥方にもよくしていただいているのね」


 母さんが目を細めた。その赤い光は怖いものではなく、あたしの背中をずっと守ってくれていたものだ。


「アデールはすごくいい人だよ。魔王様が大切にしていたのがよくわかる人だ。初対面の時もあたしの扱いについてすごく怒ってくれた。嬉しかったんだよ」


「うん。それを聞いて私も嬉しい。私の大事なロニーのことで怒ってくれる方なのね」


「その後も良くしてもらってるし、他にもいろんな人に世話になってる。父さんと母さんの言ってた通りだ。一人では生きていけない。助け合うことに人間も魔族も関係ない」


 そう言えるようになったのはきっと出会ってきたたくさんの人たちのお陰だ。最初にリゼットに怒られたのも大きいかもしれない。


「あなたが幸せそうで良かった」


 母さんが少し髪の伸びたあたしの頭をくしゃりと撫でる。


「母さん。また会えるかな」


「それは分からない。でもずっとあなたの側にいる。父さんと二人でね」


「ありがとう。ずっとずっと大好きだ」


 そして目が覚める。そこは少し陽が傾いたいつもの部屋で、肩にブランケットがかけられていた。見回すと机の上に何か置いてある。立ち上がって見てみるとサンドイッチとスープと手紙だった。


『よく寝ているので起こしませんが、お昼ごはんを置いておきます。アデール』


 ……アデールは小うるさいし厳しいし沸点低いけど、母さんとは違った意味で"お母さん"みたいだなと笑みがこぼれた。なるほどオウジサマが惚れるわけだ。


 オウジサマがなにか話したいと言っていた。約束は何日か後だけど、たぶんそう悪い話ではないだろう。約束をした時のオウジサマはとても穏やかな顔だったから。


 アデールの置いておいてくれたサンドイッチは少し硬いけどとても美味しかった。

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