微睡み

「ロン、なにをうずくまっているんだ」


 ドアを開けたのはチェスの師匠であり内務省次官であるルー・ガルニエだった。


「ルー!!! ……うえええええ」


「泣くな泣くな。説明をしなさい」


 冷静なルーに促されて何とか話をしようとする。しかし涙やら鼻水やらが出てきてうまく話せない。それでもルーは根気強くあたしの話を聞いてくれた。


「概ね分かった。しかし、だ。ヴェロニク、私の教えを忘れたのかね」


 ルーがあたしをヴェロニクと呼ぶときは叱られる時だ。今叱られるのはしんどいけど、ルーは理不尽なことは言わないので黙って聞く。


「いつも言っているだろう。自分にできること、できないことを見分けなさいと。その上でできることをどう工夫するかを考える。できないことをどう克服するか考える」


「……はい。多分、あたしはアデールに良い顔したかったんだと思います。アデールの大事なものだからこそ、あたしが直したよって言って褒めてもらいたかったんです」


 本当に自分は子供で。そんな欲張りのせいでアデールを怒らせて。なにやってんだ、ホント。


「わかればよろしい。もう一つ、私がいつも言っていることだがね。感情に飲み込まれるんじゃない。うまくいかなかった。では次どうするか、だ」


「次ですか。えと……直したいです。あと謝らないと」


 でもあたしじゃ直せない。だとしたら。


「もちろん私にも無理だぞ。門外漢だ。塔に直せそうなものはいないのかね。専門家だろう」


「……友達って言っていいかわからないけど、友達に、リゼットに相談してみます」


「よろしい」


 そしてルーは城下町にあるリゼットの家の近くまで送ってくれた。内務省次官がいきなり別の省庁の職員の家に現れたら驚くだろうから、と近くまで来たら帰って行った。今あたしにできることはきちんとお礼を言うことだけなので深く頭を下げた。


「リゼット、いる?」


 ドアを叩くとリゼットはすぐに出てきた。そして泣きはらしたあたしの顔を見て家に上げてくれる。


「どうしたのよ」


「これ、直せる?」


 かいつまんで事情を話すとリゼットは笑った。


「任せて。そういうの、私得意よ。中を見ておくから、その間にロンは顔を洗ってきなよ」


「ありがとう」


 その言葉に甘えて洗面所を借りる。しっかり顔を洗ってついでに髪も整えてからリゼットの元に戻ると彼女は少し難しい顔をしていた。


「直りそう?」


「うーん。というか多分これ壊れてないよ」


「どういうことだ?」


 壊れていない? でも音は鳴らないってアデールが言っていたけれど。


「音を鳴らす条件があるのね。内側に魔術が仕掛けてあって……これ、うーん、多分だけど声を集めてるのかな」


「?」


「本当に予測の域を出ないんだけど、おそらくアデールさんの声、かな。それを何日分か聞かせてから箱を開けたら音が鳴ると思うよ」


「そうか。ありがとう」


 仕組みはよくわからない。多分ちゃんと聞いたとしてもわからないだろう。でも壊れていたわけじゃなかった。そして鳴らす方法もわかった。今はそれだけで十分だ。


 リゼットにもう一度お礼を言って彼女の家を飛び出す。アデールを探して、このオルゴールを返さなくては。

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