誰かさん

 休みの日に部屋を片付ける。ロンが来た時に多少片付けたけれど、それでも長年放置したままになっているものが沢山ある。

「なんだそれ」

 ロンが指さしたのは手紙の束だ。

「ああ、これは私の亡くなった夫からのものね」

「ふうん。大事にしてるんだな」

「そう見える?」

 手紙の束をそんなに大事に扱っているつもりはなかった。もちろん大切なものだ。彼からもらったもので大切でないものなどない。手紙も、彼との思い出も、何もかもが私にとっての宝物なのだ。だから特別手紙を大事にしてあったわけではない。なのにロンは何故そう思ったんだろう。

「だってさ、手つきが丁寧だし。大事そうに抱え込んでるし」

「そっか」

「それにまだ悲しそうだ」

 ……それは、どういうことだろうか。びっくりしてしまって、言葉が出ない。

「その手紙を見るアデールの顔が悲しそうだ」

「そう、なの」

「うん。大事な家族だったんだろ。悲しくて当たり前だ」

 もうダメだ。涙腺崩壊だ。

「うん。うん。大好きだったの。大事だったの。今だって大好きだし大事な人なの。でも私を置いていなくなっちゃった」

 ロンは頷きながら私の背中をさすった。しばらくして落ち着いてから顔を洗いに行く。

「ごめん、取り乱した」

「いいよ。わかるから」

「……そっか」

 彼女も両親を亡くしているのだ。家族を喪う気持ちはわかるに違いない。

「そういえばアデールの旦那だった人ってどんなやつなんだ? なんか全然聞かないからわからねえんだ」

「あー、そうね。私が王宮に住むようになったのって彼が亡くなってしばらくしてからだから、ここの人たちは彼と面識はないのよ。存在は知っているでしょうけど」

「?」

 今まで特に触れずに来たけれど、そろそろ言っておくべきだろう。隠すようなことではない。

「私の亡夫であるアルテュールは魔族を収める魔王と呼ばれる人だったのよ」

「!!!???」

 ロンが目を丸くして固まった。半魔の彼女なら余計に思うところがあるのかもしれない。

「えー、マジかー。えー? あ、だからあたしはお前に預けられたのか」

「そういうことよ。魔族にも人間にもかかわりが深いものとしてってことね」

「あ、それでオウジサマの発言にブチ切れたのか」

「ええそうよ」

 私の彼への愛を、彼からの私への愛を"義理"の一言で片づけたのは許せない。我々夫婦への侮辱として全面戦争を受けて立つまである。

「……まあ、オウジサマも複雑みたいだから」

「あら、あなたがエロワ王子を庇うなんて珍しいのね。嫌いだと思っていたわ」

「いや嫌いは嫌いなんだけど。たまに可哀想になる。それはいいんだけどさ。そっかー、アルテュール様の奥方かー」

「え、なにその言い方」

「ほら、あたし半分は魔族だからさ。母さんからある程度の話は聞いてるし。アルテュール様のことも聞いてるし。魔王様が奥方と魔族を守って人間との共存を目指したこととか、志半ばで病に伏せられたとかね」

 なるほど。ロンはかなりちゃんとお母様からも教育を受けているのね。魔族は人間以上に上下関係に厳しい。その群れの中で誰が長であるかを把握しないと生きていけない。彼女のお母様はロンが魔族の中でも生きていけるだけの知識をきちんと与えていたのだ。

「ロンのご両親はしっかりされていたのねえ」

「なんだいきなり」

「お父様は人の中で生きる術を、お母様は魔族の中で生きる術を、それぞれきちんとあなたに与えているわ。愛されていたのね」

 ロンは照れたような顔で黙り込んだ。

「なあ」

「ん?」

「どうやって出会ったんだよ。魔王様と」

「そうねえ」

 さて、どうだったかしら。遥か昔の大切な思い出に想いを馳せる。

 

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