双子

 さて、今日もいい天気である。内務省次官を務める私、ルー・ガルニエの朝は早い。妻のサラと同時に起きて身支度を整える。ブレックファーストと称して軽く摘まんでから双子の子供たちを起こして家を出る。

 職場である内務省の庶務室にはまだ誰もいない。一番書類が高く積まれた自席に着いてさっさと仕事を始める。油断すると山が高くなる一方の日中ではなかなか落ち着いて仕事を進められないのだ。室内で最も奥に座る内務省の大臣であるレオ・ニコラは脳みそが筋肉で出来ているタイプであり書類仕事に向かないのだから仕方がない。内務省における最終的な決裁は概ね私の一存で決められている。

 そうでないこともたまにある。レオは脳みそが筋肉で出来ているが故かなんなのか、やけに勘が鋭い。何の気なしに彼が私の机から引き抜いた紙がとんでもない内容だったことがままある。それは軍隊への食糧保管の補助業務と見せかけて麻薬を軍内部に売りさばこうとしたものだったり、王宮の建て替え業者の入れ替えと記されているが実際は他国のスパイグループによる潜入のための手引きだったりといろいろだ。そういう禄でもない書類や危険を見抜く能力に異常に長けているのが我らが大臣レオ・ニコラである。

 嘘をついている人物や腹の黒い人物を見抜くのも得意なので内政において不審な挙動をする人物や団体を見つけることが多く、そのため庶務室にいることが少ない。そして次官である私の仕事は増える一方だ。

 少しずつ他の者がやってきて仕事を始め、昼もだいぶ過ぎたころににひと段落つける。妻が持たせてくれた食事を取り終え茶をすすっていると呼び出しを受けた。相手は昨日子供を押し付けてきたアデール殿であるらしい。断ると面倒だし、この乱雑な部屋に呼びつけるのも悪いので散歩がてら出向くことにする。ついでに王宮前の市で茶菓子でも仕入れよう。

 しかしその必要はなかった。アデール殿と共に来ていた子供、ヴェロニクが手土産と称して茶菓子を渡してきたのだ。私が会ったときは薄汚い粗暴な獣のような子供だったのに、この変化はどういうことだろうか。

「頼みがあるんだ。あります」

 この子供になにかを頼まれる覚えはない。子供を回収してきたのはレオだし、顔を見たのは回収されてきてアデール殿のところへ連れて行く前と、その後塔の上で見かけたくらいだ。

「チェスを教えてくれ。ください」

「なんだいきなり」

 困惑しているとアデール殿が事の次第を説明してくれた。

「なるほど。エロワ王子にコテンパンにやられたからその師である私に教えを請いたいと」

「そうだ! です! お願いします」

 少し考えているとアデール殿が拝むような仕草をしている。どうか穏便に一つ、ということだろうか。しかし私も暇ではない。

「私の質問に満足のいく答えを返せたら教えてやろう」

「お願い! します!」

 ヴェロニクが嬉しそうな顔をする。

「エロワ王子に勝ちたいのは何故だ」

 子供の笑顔が消えた。

「あいつはあたしの父さんを馬鹿にした。あとアデールとその旦那のことも馬鹿にした。そんなやつにやられっぱなしでいたくない」

 そうなのかとアデール殿に視線で尋ねると彼女は困ったように頷いた。概ねあっているということであろう。アデール殿の前では穏やかで親切な態度を崩さないエロワ王子がそのような暴言を吐く理由がよくわからないが、そういうこともあるのだろう。

 しかしヴェロニクの言い分は分かった。大事な人たちを貶されて引くわけにはいかない。そういう負けん気の強さは嫌いではない。

「良かろう。明日から通ってくるといい。通う日程や時間は明日決めよう。朝の早い時間だと嬉しいがどうかね」

「こちらは大丈夫です。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」

 そう頭を下げるアデール殿は母親かどうかはわからないが、少なくとも保護者の顔をしていた。

 その後二人が帰り残りの仕事を片付けて自分も帰る。今日はレオがいなかったから静かだった。いいことだ。レオがいるとトラブルを嗅ぎつけるから問題を早期発見できるのはいいが仕事は増えるのだ。

「パパ! おかえりなさい!」

「パパ! 何かいいことあった?」

「いいこと? ケーキ?」

「あたしはチョコレートケーキがいいわ」

「フルーツケーキよ!」

  ただいまを言う間もなく双子の娘たちにまくしたてられる。自分はそんな顔をしていただろうか。娘たちにとってのケーキに匹敵するようないいこと。ちょっと思いつかないな。かしましい娘たちを叱りに飛んできた妻にただいまを告げる。

 

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