第26話 緊急事態!?

 炭火によるバーベキューは、やはり旨かった。

 特に美玖は、キャンプで食べる屋外の料理自体が初めてだったようで、とても美味しいと喜んでいた。

 飯ごうでの炊飯も問題なく、底の部分にわずかに存在するお焦げも含めて、みんなから


「ツッチー、やるじゃん!」


 と褒められた。


 俺のことは、どちらかというとインドア派の草食系で、ちょっとネガティブな言い方をすれば「単なるオタク」と思われていた節があるので、思いのほかアウトドア派の一面があることに、ちょっと驚かれているようだった。

 まあ、浜本先輩に言わせれば、


「さすが田舎に住んでいただけのことがある」


 なのだが……。


 そして美玖を除く全員、クーラーボックスに入れてきた冷たいビールや缶チューハイでかなり酔って、良い気分でおしゃべりしたり、写真撮影したりと、思い思いに過ごしていた。


 俺はそれほど飲んでいなかったので、ほろ酔い気分なのだが、それが気持ちよかった。

 美玖はまだ未成年。ウーロン茶しか飲んでおらず、また、大人の会話(おもに会社の話)についてこれず、ちょっと可哀想だと思ったが、


「私、もう一度泳いできます!」


 と、Tシャツを脱いで水着になり、また川の中に入っていった。

 よほど大自然の中で泳ぐのが気に入ったのか、あるいは、会話について行けない自分が、気を使われてはいけない、と思ったのか……。


 浜本先輩が


「そっか、じゃあ、みんなで泳ごうか」


 と言っていたが、酔って目がトロンとしている彼を、全員が笑いながら引き留めた。


 俺はそれほど酔っていないので、泳ごうと思えば泳げたかもしれないが、美玖と二人だけでそうすると、また疑いの目で見られかねないし、かといって酔っている他の皆を誘うこともできないので、そのままおしゃべりに付き合うことにした。


 それから、数十分たっただろうか。

 時刻は、午後三時半ぐらいになっていたと思う。

 太陽は大分傾いてきていたが、誰も正確な時刻なんて気にしていなかったし、そうする必要もなかった。


 家族連れもみんな引き上げて、河原に残っているのは俺たちだけになっていた。

 あいかわらず、酔っ払った大人達は、とりとめのない話で盛り上がっている。

 美玖はというと、ちょっと泳いでは、すぐに河原に上がって日光浴、という健康的な泳ぎを楽しんでいるようだった。

 その様子をチラチラと見ていたため、皆から


「また美玖の水着姿をチラ見している!」


 とからかわれたのだが、自分でもどういうわけか、彼女のことが気になってしまっていた。

 そのからかいも飽きたのか、俺が美玖の方を見ても何も言わなくなっていたのだが……その視線の先で、なにか、違和感を感じた。


 美玖が、水面から顔だけ出して、こっちを見ている。 

 笑顔ではなく、なにか、必死に訴えかけるような……それでいて、何かを躊躇しているような……。


 そして一瞬、その顔が水面に沈み、そしてまた浮かんだ……明らかに、焦っている。

 一瞬、何か恐ろしいものを感じて、鳥肌が立った。


「これ、借ります!」


 俺はそう言うと、真理姉さんの了承も得ないまま、シャチのフロートを手に取った。

 そしてビーチサンダルも履かぬまま、砂利の河原を駆け抜け、そのまま勢いよく川に入っていった。


 鮮烈な冷たさが、ほろ酔いでほてった体を急激に冷やすが、それで泳げないわけではない。

 気のせいだったらそれでいい、と思いながら、美玖の側まで行くと、そこは湾曲した川の流れの奥であり、急激に深くなっている地点だった。

 それでも、泳ぎの達者な美玖ならば問題ないはずなのだが……。


 美玖の元に行くと、彼女は必死に手を動かし、沈まないように、流されないようにその場に留まっているようだった。


「大丈夫か!?」


 俺が声をかけると、


「はい……でも、ちょっと足がつったみたいで……」


 という返事が返ってきた。

 どうやら、溺れているわけではないようだが、足がつったのなら、すぐに陸に上がらないといけない。


「これにつかまれ!」


「あ、でも、そうすると流されて……」


 美玖の視線の先を見ると、そちらは一見するとかなり白波が立っているようにも見えた。


「大丈夫、浅いからああなっているだけで、あの程度ならあっちの方が安全だ」


 田舎暮らしの経験がある俺は、それがどの程度の流れなのか、すぐに把握することができた。

 そして二人でシャチのフロートに掴まる……が、小さくて滑りやすい。

 美玖は、手を滑らせた勢いで、左手で俺の右腕にしがみついてきた。


 俺も片手で彼女の体を抱き寄せ、そしてもう片方の腕でシャチにしがみつく。

 そしてお互いに密着した体勢のまま、流れに身を任せて下流へと下っていった。


 やがて浅瀬にたどり着くと、美玖は自分の力で立ち上がろうとしたが、やはり右足がつっているみたいで上手くいかない。


 そこで俺が肩を貸してあげ、反対の方の手でシャチをつかんで、そのまま河原へと歩いて行った。

 ようやく安心できる地点まで行くと、彼女は俺にお礼を言って、そのまま座って顔をゆがめながら、足の先を引っ張って、つっている足を治そうとしていた。


 そこに、異変に気づいた他の皆がぞろぞろとやってきた。

 それに対して、美玖は笑顔を見せながら、


「すみません、足がつっちゃって……でも、もう大丈夫ですから!」


 そう言って立ち上がった……うん、どうやら大分マシになったようだ。


「ほんとに大丈夫? ……って、ツッチー、よく分かったね」


 美瑠が、半分呆れて、そして半分感心したように俺にそう聞いてきた。


「いや、なんていうか……美玖が、『ちょっと焦ってるけど大声を出して助けを呼ぶほどでもない』っていうような微妙な顔してたから」


 と言うと、


「はい、そんな感じでした……土屋さん、ありがとうございました」


 そう笑顔で答えたので、それでまた皆から冷やかされた。


「ちょっと休んでから戻りますから……みなさんも、ありがとうございました!」


 元気そうなその声に、俺の他に美瑠だけ残して、皆、ぞろぞろと帰って行った。

 そして三人だけになったところで、美玖はまた俺の腕にしがみつき……そして、小刻みに震えていた。

 その様子を見た美瑠が、


「……実は結構、ヤバかったみたいね……良かったね、ツッチーに助けてもらえて」


 と、安心させるような笑顔を見せた。


「……ごめんなさい……あと、土屋さん、本当にありがとうございました……」


 ちょっと落ち込んでいるようだった。


 そして俺は、彼女が無事だった安堵感もあったのだが、それ以上に、美玖が俺の腕にずっとしがみついている状況に困惑してしまった。

 その様子に、美瑠が少しだけ寂しそうな顔をして、


「……じゃあ、私も皆のところに戻るから……落ち着いたら帰ってきてね。ツッチー、美玖のこと、任せたからね」


 と言い残して、彼女は一人で戻っていったのだった。  

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