第9話 全力で守ります!

「……支え?」


 てっきり美玖に仕事をしてもらうことを断られると思っていたのに、意外なことを言われて戸惑ってしまう。


「……美玖から聞いていてご存じだと思いますが、私と夫は、あの子が中学三年生のときに離婚しました。家族みんな、仲は良かったのですが……あの人が事業に失敗し、多額の損失を出してしまい……私たちに借金を背負わせまいという配慮からのものでした。ですので、私は……パートに出たり、自宅でWEBデザインの仕事をして、なんとか生活を維持しています。美玖は、エスカレーター式に進学できると決まっていた私立の女子高をあきらめ、今の公立高校へ通うようになりました。名字も変わり、仲の良かった友達も居なくなって……それでもあの子は、『美術大学か音楽大学へ行きたい』という夢をあきらめきれないのか、アルバイトをしてお金を稼ぐ、と言い出しました」


 ……それで、あんなにバイトにこだわっていたのか……。


「……でも、それで稼げるお金では、家庭教師どころか、ピアノ教室に通うことも無理でした。あの子、まずは家にお金を入れたいって言うので……でも、私は知っていました。ずっと、心からの笑顔を浮かべなくなったことを……。高校に入学して、半年ぐらいして……徐々に現実が分かってきたのでしょう、凄く暗い顔をする日が増えてきました。ご飯を食べながら、急に涙をあふれさせたり、事情があってアルバイトを辞めたとき、一日中、窓の外をぼーっと見つめていたり……そして年末が近づいたころ、一度だけ、感情的になって大声で泣き叫んだ時がありました。すぐに落ち着いて、涙を流しながら謝ってくれたのですが……その姿が、とてもかわいそうで……」


 いつの間にか、美玖の母親も涙を流し始めていた。

 俺にこんなことを話すなんて……美玖だけでなく、このお母さんも、誰かに思いをぶつけたかったんだろうな……。


「……そんなあの子が、年末、巫女さんのアルバイトをすることになりました。親戚が神社に努めていましたので、そのご縁で……そこの宮司さんは、美玖の心が不安定なのを見抜いたようでした。そこで相談を受けて、『君は修行中の天女だ、今の試練を乗り越えれば、そのうちに同じく修行中の神様に会えるだろう』って言って励まして、あなたが書かれた本、『修行中の五天女』の本を紹介していただいて……」


 ……えっ?

 ……美玖が買った俺の本って……神主……いや、宮司さんの紹介だった!?

 たしかに、天女とかそういうのが出てくる話だから、興味を持ってくれてたのかもしれないけど。


「それで、あの子は宮司さんが想像する以上にその話を信じて、『いつか修行中の神様に会えるから』って言うようになって……それで少し明るさが戻ったから、それでいいかと思っていました。その運命の方に会うのは、ずっと先だと思っていましたから……そうしたら、先週、ついに神様の化身に出会ったって言いだして、そしてイラストレーターの仕事をさせてくれるとも言っていて……それがあの小説の作者だと聞いて、先ほども言いましたように、私でさえ運命を感じました。なので……あの子の夢を、壊さないであげたい……そう思うようになったのです。そして今日、実際にお会いして、あなたの誠実な人柄に、安心しました。あなたになら、美玖を預けられる……いえ、私の方から、是非お願いしたいと思いました」


 ……なんか、想像よりずっと重い話になってきた。

 それに、美玖、いつも癒し系の笑顔を絶やさなかったけれど、そんな大変な思いしてたんだな……。

 けれど、彼女の母親の、その真剣な思いは十分に伝わってきた。

 偶然出会っただけの俺なんかを、「運命」と頼るほど、美玖も、目の前の母親も、疲弊しているのだ。

 それに気づいたとき、俺は考えた。

 あの小説の中の主人公だったら、こんな場面で、どう考え、どう行動しただろうか、と。

 絶対に、放っておけなかったなずだ。


「……僕は、修行中っていうのはそうかもしれませんが、決して神なんかではないですし、運命っていうのも大げさだと思います。今の話を聞いて……支えるっていうのも、難しい気がします」


 そんな俺の言葉に、母親の表情が曇る。


「……なぜなら、僕は支えられる方だからです。僕みたいな中途半端な人間のところに来て、あの子は、奉仕したい……手伝いたいって言ってくれるんです。なぜ、そんなことを言っているのか、よく分からなかった……でも、今分かりました。あの子は僕のことを神様だと勘違いしているんです。その勘違いが続いて、あの子が僕の何かを手伝ってくれる間は……僕は美玖さんの期待に、全力で応えられるように頑張ろうと思います」


 そんなことを口にしたのは、美玖や、母親の力になりたい、と考えたからだけではない。

 自分の中のクリエイター魂が、再び燃え始めていることも実感したのだ。

 俺と、俺のことを応援してくれる……手伝ってくれる美玖が組めば、小説にしても、同人ソフトやゲームにしても、最強のエンタメ作品ができる……そんな気がしてきた。


「それで……美玖さんが僕の作品を手伝ってくれる間は……支えてくれている間は、僕が彼女のことを、全力で守ります!」


 ……それは、『彼女が心を壊してしまわないように守ります』という意味でだったが……つい、小説の主人公に自分を重ね合わせ、勢いに乗って、主人公と同じセリフを口走ってしまい、顔が熱くなるのを感じた。

 それを見た美玖の母親は、一瞬驚いていたが、すぐに涙を溜めて、それでも笑顔で、


「よろしくお願いしますね……でも、一つだけお願い。あの子のこと、どうか傷つけないでくださいね」


 と優しく語りかけてきた。


「はい、それはもちろん!」


 俺は即答した。


 ――それから、数分後。

 美玖は、缶コーヒーを3つ買ってきた。

 ブラック二つに、カフェオレだ。


 心配そうに俺たちの顔を覗き込んだが、彼女の母親が、


「大丈夫よ。土屋さんに、あなたのことよろしくお願いしますって言いましたから」


 と満面の笑みで告げた。


 それを聞いた美玖は、ほっとした表情を浮かべ、すぐに笑顔で俺に、


「今後とも、どうかよろしくお願い致します!」


 と、こちらが恐縮するほど深々と頭を下げたのだった。 

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