23、おいしいお肉をください…


「なんか、すみませんディーンさん。依頼したのは神殿こちらなのに……」


「いや、彼とは一度手合わせしたいと思っていた」


「え? テオ先輩を知ってるんですか?」


 思わず持っていたパンを落としそうになる私。

 大きな肉のかたまりが入っているスープを秒で片付けたディーンさんは、お代わりをするために立ち上がると不思議そうに首をかしげる。


「あれは『武の神に愛されし者』のテオドールだろう? 王都でも強者として有名な男だ」


「そうでしたか。やっぱりテオ先輩すごい人なんですね……」


 そしてディーンさんは強者と戦いたい、いわゆる戦闘狂なのかな……。


 ルッツ君は見習いの人たちと朝の『祈り』練習をしていて、後ほど修練場で合流する予定だ。

 ディーンさんを睨まなくなったけど、とてもとても不満げに見ていた。仲良くなるにはもうちょっと時間がかかるかなぁ……。


 スープにある牛肉らしいものをモグモグしながら、朝から結構ボリューミーだなと考えていると、山盛りのパンとスープ二皿を器用に持ったディーンさんが戻ってきた。


「それ、全部食べるんですか?」


「手合わせもあるし、軽くしておいた」


 軽く、とは。


「これはスープっていうか、もはや肉料理ですね。おいしいですけど」


「なかなかいい肉を使っている。料理人に加護があるのだろうな」


「そうかもしれませんね」


 神殿内にいる敬虔な人間には、神々の加護がつきやすい。ただ、自分にどういう加護がついているのかは、あまり周りに話さないのがマナーだったりする。

 まぁ、自慢するような人に加護はつかないし、行いが悪いと加護が無くなることもあるって話だからね。

 確か座学で勉強した時、料理の神様も出てきたような……。


『ちがう。これは私がいるから』


「へ?」


 目の前に……いや、私のスープ皿の前に寝転がっているのは、牛っぽい着ぐるみパジャマをきた眠たげ女の子。

 そして大きさは! 手のひらサイズ!


『省エネ系だから』


 ふわぁとあくびをしているのもかわいい!

 この子何だろう! 乳製品の妖精とかかな! 

 そんな妖精いるか知らんけどかわいい!


『妖精ちがう、牛の女神。気軽にうしたんと呼んで』


「なんだ? そのちっこいのは」


「え!? ディーンさんも見えるんですか!?」


 今まで水の女神でさえ神官長くらいしか見ることができなかったのに(私よりはハッキリと見えないらしいけど)、なぜディーンさんに見えるの!?


『相性の良さと、場所と、権限の問題』


「な、なるほど。確かにディーンさんはお肉好きそうですもんね」


『うまい肉を食べたい時、また呼んで』


 ふわぁとあくびをすると消えてしまった。

 ああ! 抱っこしてみたかったのにー!

 次に会えたら頼んでみよう。拒否られそうだけど。


「神殿は神が顕現しやすい場とはいえ、俺は初めて見た」


 無表情なディーンさんだけど目尻が少し赤くなっているのは、どうやら見れたことが嬉しかったみたい。だんだん感情が読めるようになってきたぞ。ふふふ。


 さてと。

 お茶飲んで少し休んだら、修練場に行きますかぁ……ぶるぶる……。(武者震い)







 修練場は、神殿から歩いて数分の場所にあった。

 ここは基本的に午前中は神殿騎士たちが鍛錬で使用しているけど、空いている時間は一般開放されている。

 町の警備兵たちやギルドに所属しているハンターたちが、訓練のために修練場を借りるときもあったりするらしい。

 確かに、町の中で剣とか振るえないからね。危ないし。


「わぁ、ここ結構広いんですね」


「初めて入るのか?」


「はい。なぜかここで訓練するなと言われていたので」


「……まぁ、そうだろうな」


 なぜか納得しているディーンさん。なんで?

 ぐぬぬ! 私だってここで訓練したり、神殿騎士たちが利用している大きなお風呂を堪能したいのに!


 修練場に近づくにつれ、木と木をぶつけ合う音が聞こえてくる。

 そうだよね。本物の武器は使わないよね。

 すり鉢状になっている場内に入ると、打ち合ってた人たち皆が直立不動になった。


「クリス神官! いらっしゃいませ!」

「ごゆるりとおすごしください!」


「ど、どうも、おじゃまします……」


 なんというか、いかにも「体育会系」といった感じの青年たちだ。

 声をかけてくれた代表者?二人は、緊張しているのか顔が真っ赤になっている。


「ディーン殿、こちらです」


 奥にいたテオ先輩の呼びかけにディーンさんが向かおうとしたところ、ブワッと風が吹いたような感覚が。


「……え?」


 ディーンさんが指先でつまんでいるのは、私の目の前に突きつけられた木剣。

 これ、ディーンさんが止めてくれなかったら、大怪我するところだったのでは……。


「クリス、油断大敵ですよ」


「は、はい! すみません!」


 テオ先輩との訓練でも、こういう攻撃はよく受けていた。

 神官になってから手合わせする機会がほとんどなく、すっかり忘れて油断していた私が悪いのだけど。


「おい、手合わせするのは俺だろう」


「ディーンさん、私が油断していたのが悪いので……」


「護衛なら、これくらいの攻撃は受けてもらわないと困りますよ。それにディーン殿がクリスを守りながら戦うおつもりならば、まずはその考えから改めてもらわないと」


「テオ先輩、それは……」


 思わず言い返そうとする私を、ディーンさんがそっと手をあげて遮る。


「どういうことだ?」


「クリスが目指しているのは、ただの神官ではありません。神官の中でもごく限られた人間しかなれない『巡礼神官』です」


 そう。私が目指している『巡礼神官』とは、知識や奇跡の力が使えるだけではなく、武(戦う力)も修めている必要がある。


 つまり。


「手合わせは私たちと、あなた方二人ということになります」


 そう言いながらテオ先輩は、ゆっくりとした動作で木剣を正眼に構える。




「では、始めましょうか」

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