第31話「仕込みその2」

 次の日の午前中。



 『よろず屋カイマン』にて──。



 ここは、辺境の町一番の品ぞろえを誇る上位冒険者御用達の商店だ。

 品ぞろえは全て中級以上の消耗品とマジックアイテムをそろえており、辺境の町では数少ないA級以上の冒険者をも唸らせる品ぞろえを誇る。


 そして、その商店の前に馬車を乗り付け、何やら買い物中らしき『放浪者シュトライフェン』の面々。


 いかにも散財が好きそうなセリアム・レリアムに荷物持ち担当のフラウ。

 二人は大荷物を抱えて商店から出てくると、不満の声とともに馬車に乗り込んだ。


「何よ! 何が町一番の商店よ。化粧品の一つも安物ばっかじゃないの!」


 大荷物を抱えてというのは語弊があった。

 荷物を抱えているのはフラウのみ。しかも、小さな体に巨大な買い物袋が4つも5つも────……一個くらいセリアム・レリアムも手伝えばいいものを彼女は全くフラウを顧みずにさっさと馬車に乗りこんでしまった。

 

 フラウはといえば表情を消して、ため息一つ。


「十分な品揃えだけど?──消耗や紛失した分は補填できましたし」

「ふん! アンタみたいな女を捨てているドワーフと一緒にしないでよね」


 それだけ言うとあとは知らんとばかりに馬車の中でふんぞり返るセリアム・レリアム。


「はぁ……。あと、店の前で店の悪口を言わないでください──店長、睨んでますよ?」

「知~らない。だいたい、平民ごときが私を睨むなんて1000年早いわよ。直接店に来ただけでも感謝してほしいわね」


 どこまでも高慢ちきなセリアム・レリアム。

 しかし、フラウはと言えばこれ以上話すのは無駄だといわんばかりに荷物を馬車に詰め込むと、御者をしてさっさと次に目的地に向かう。


 『放浪者』の面々は数日後の模擬戦に向けて────いや、その後の新しい依頼クエストも見据えて余念がないらしい。

 

 だが、そのあとをレイルが見ていた。

 いまや上級と言っても差し支えないくらいに能力の向上した『盗賊』のレイルは、消していた気配を元に戻し、普通の市民を装って店の前に立つ。


「──やっぱり、消耗品の補充に来たか。ったく、ずいぶん待たせやがって……。あーキツかった」


 時間を見つけて『放浪者』を監視していたレイル。

 いつか来るであろう瞬間を予期して待ち構えていたのだ。


 ゴキゴキと首を鳴らす。

 ジッと潜伏し、追跡しているのも疲れるものだ。


 だが、まさか半日近く待たされるとは……。


 しかしその甲斐はあった。


(狙い通りだな……)


 『放浪者』は、例の開拓村を逃亡する際に多数の物資を放棄している。

 貴金属の類は持って行ったが、かさばる食料や消耗品はほとんど失逸していたのだ。


 だから、

「──そろそろ、補充すると思っていたぜ」


 ギルド内で補充されれば困ったとこになるが、腐ってもSランクだ。なるべく良品を手に入れようとすると読んでいたが、どうやら正解だったらしい。


「だけど、それが命取りだぜ、ロード」


 カランカラン♪


「らっしゃ、い…………なんでぇ、ウチは冷やかしお断りだぜ」


 どうやら、レイルの身すぼらしい恰好から見て、冷やかしと勘違いされたようだ。

「ひどいな。こう見えても、客だ──」


 そういって銀貨をチャラリとカウンターに並べる。


「ふん……。ウチはそこらの安モンとは違うんでね──で、何をお探しで?」

「………………さっきの連中が買ったものと全く同じものを、同じ分量で──金は弾むよ」



「………………………は?」



 今度はさらに膨らんだ財布を取り出す。

 開拓村で貰った報酬の詰まったそれだ。


 だが、これでも足りないことは明白。

 いわゆる見せ金というやつだ。


「変わった注文をする兄さんだな────ま、ウチは銭さえ払ってくれるなら誰でも上客だ。だが、同じものを買うとなると高くつくぜ?」


 そう言って提示してきた値段を見てレイルは唸る。

 ……手持ちの資金ではとても足りないからだ。


「──で? どうする? やめとくか?」


 金貨換算でひーふーみー……。

 う…………。


「──いや。買うよ。…………支払いはこれでどうだい?」


 ドンッ! レイルは手持ちの品物の中で一番高価そうなものをカウンターに置いた。

 それを見た店主が目をむく。


「アンタ、こりゃ────!」


 「業物じゃねーか……!」そう言って、店主の開いた口はふさがらなくなる。

 そりゃあそうだろう。


 なんたって、高価な武器・・・・・を質に入れてまで消耗品を買うような奴など冒険者とは思えないからだ。

 どれほど窮しても、冒険者なら商売道具は手放したがらない。


 だが、レイルにはこれ・・を手放してもさほど困った事情はない。


「いいんだ。こりゃ、どっかの重騎士殿から・・・・・・のドロップ品でね。俺の手には余るものさ」

「──はーん。まぁいいさ、事情なんざ知ったことじゃねぇ。それに高価なもんだからな、お釣りが来ちゃうぜ」


 ニヤリと笑った店主は、レイルが言わずとも『放浪者』が買ったものと同じものを袋詰めしてくれた。

 さらには荷車まで──。


「……いい取引だったな──これはオツリだ」


 そう言って、下取りにしてはだいぶ少ない額ではあったが、金貨を数枚握らせてくれた。

「ああ、こっちこそ────それと……」

 金貨ごと、店主に手を握り睨みを利かせる。


 暗に、口外無用を含めたものだ。


「いてて……! わ、わかってるよ──ったく、妙な客だよ」


 あぁ、そうだろうさ。

 こんな妙な注文をする客はそうそういない……。

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