第22話「討伐証明はありまーーーーーーす!!」

 レイル……?!


「──ほ、本物……だと!?」


 信じられないものを見る眼付きのロード。

 ……いや、実際に信じられないのだろう。


 あの状況でレイルが生き残っているなどと信じられるわけがない。


 だから、驚く。

 驚愕する。


「う、嘘だろ?! お、おおおお。お前どうやってあそこから?! グリフォンに食われたんじゃ──!!」

「はっ! おかげさまでね」


 ゴッ!


 大きく一歩を踏みこみロードを真正面から見据えるレイル。

 それをタジタジとなり仰け反るロード達。


「ロードさん」

「ね? 言ったとおりでしょ────こいつ等は嘘をつくって」


 メリッサだけは満面の笑みでレイルを出迎える。

 だが、それで収まるはずもなく。


「そのようですね。信じがたいですが、レイルさんの報告が俄然信ぴょう性を帯びてきました……」

「えぇ、まぁ実際にこいつ等の口から聞かないとにわかには信じられないですよね」」


「はい。──え~っと……ロードさん? 確かさっきレイルさんが死んだと明言なさいましたよね?」


 キランッ! と眼鏡を輝かせたメリッサが反射で視線の見えないままロードを見る。


「う……」


 ぎくり…………!!


 ギルド中に聞こえるほどの「ぎくり」だ。

 そんな音があるはずがないのに、聞こえた。


「あ、う。そ、それは────……」


 目をキョーロキョロと泳がせたロード。

 死んだと言い切った相手はここにいる。しかも「いえーい」と、手を振っている。


 これはちょっと誤魔化せない──……。


「か、彼は、その、なんだ──あはは」

「あはは、じゃねーよ。……なんだ、ロード。俺が死んだってか?」


 Dランクとは思えない気迫をにじませてレイルがズイっとロードに一歩近づく。

 すでに目の前にいたレイルが一歩。

 

 当然、その分ロードが下がる。


「へー……。死んだってかー。いったいどういう状況で死んだって報告するつもりだ? あ゛?」


 一歩進むレイル。

 かわりに一歩下がるロードとゆかいな仲間たち。


「い、いやー。そ、それは何かの誤解で、あはははは」


 人のいい笑顔でレイルを推しとめようとするロード。だが、レイルは止まらない。

「あ゛? 人が死んだのが誤解だ? あ゛?」

「いや、その……なんというか」


 ダラダラと冷や汗を流すロード。

 だが、誤魔化させはしない──徹底的に追求だ!!


「メリッサさん」

「はい。えーっと『彼は村人と俺たちを逃がすため……。そして、自ら進んで殿を務めてくれたんです』とのことでしたが……」


 「あってますか?」と上目遣いにチラリとレイルを見るメリッサ。

 あってるわけねーだろ。


「……ほっほぅぅ!! 『彼は~♪ 村人と俺たちを逃がすため……♬ そして、自ら進んで殿を務めてくれたんです♪』」ってか? ほうほうほう!」


 ……1ミリもあってねーーーーーっつの!


 わざと鼻声で、ロードの口調を全く似てない声で復唱して見せるレイル。

 もちろん挑発のためだ。


「え~っと。やっぱり違うんです?」


 チラチラとロードとレイルの顔を交互に見ながらメリッサが言うと、


「えーそりゃもう、全っ然違いますねぇ! 1ミリもあってないですねー。はっはっはー! いやー……まさか、Sランクパーティのリーダーがあんなことをねぇ……」


 フンッと鼻を鳴らしたレイルがロードを挑戦的な目で見る。


「ぐ……! こ、このぉ……D、Dランクの、くせ、に」

「あぁんッ! なんだって!!」


 ダンッ!!


「ぐぅ……!」


 さらに、レイルが一歩。

 大~きく踏み込むと、ついにロード達がギルドの壁に追いつめられる。


 その姿は異様で滑稽ですらあった。

 なにせ、Dランクの冒険者が一人でSランクパーティを追い込んでいるのだ。


 それを見ている冒険者たちはヒソヒソと噂話。


「おいおい、どうなってんだありゃ?」

「なんでロードさんがレイルなんかに詰め寄られて反論しないんだ?」

「……もしかして、レイルの言うことが正しいとか──?」


 本当に、レイルがつがいのグリフォンを倒した……とか?


 いやー……。

「「「ないない。それはない」」」


 冒険者たちのヒソヒソ話は、地の声が大きいので丸聞こえないのだが。

 それを聞いたロードが目をキラリと光らせる。どうやら、冒険者どもの様子を見て勝ち目を見出したようだ。


「ぷっ……!」


 追い詰められておきながら、プっと噴き出すロード。


「「「ぶぷぷー!!」」」

 つられてラ・タンク達もふき出している。


「…………何がおかしい?」

「何がだぁ? 全部さ。全部おかしいねぇ! まったく、ちょっと気を使ってやればいい気になって、まぁ」


 トンッ! と軽く押し返すロードの力に、レイルが二、三歩たたらを踏む。


「くっくっく。既にギルドに報告したみたいだけど、それは今のうちに撤回しておいた方がいいぞ、レイル」

「あ゛? なんだと?」


 眉間にしわを寄せるレイルにロードはふんぞり返ったように上から目線で言う。


「おやおや、こっちは親切で言ってあげているんだよ? レイル君が恥をかかないうちにね──」


 ……は?

 何言ってんだこいつ。


「ふふん。君はこう報告したんじゃないかな? 俺たちに見捨てられたとか、囮にされたとか──」

「おーよ。よーくわかってんじゃねぇか。……出るとこに出てもいいんだぞ、俺は」


 ハッ!!


 ロードはついに本性を見せるように、鼻から笑って見せると、

「おーおー。やってみるがいい。お前こそ嘘の話をばらまいて、俺たちを貶めようとしているとして逆に名誉棄損で訴えてやるさ」


「…………はぁぁ? 名誉棄損だぁ? そんな生易しいものかよ…………殺人未遂と暴行罪──ついでに、無銭飲食、代金踏み倒しに、連続殺人鬼の容疑も付け加えても御釣りがくるようなお前らがよぉ。何・を・言って・や・が・るッッ!」


 ドンッ! と反対に押し返すレイル。


「……ふん」

 だが、今度のロードは引き下がらず、胸筋でレイルに一撃を止めて見せる。


 ニヤリ──。


「はっはー! 聞いたな、皆? 聞いたよなぁ、ギルド中の全員。……コイツはこういう奴・・・・・さ。ありもしない誹謗中傷で俺たち『放浪者シュトライフェン』を貶めようとしているんだ! こんな奴を仲間にしたのが間違いだったよ、──ガッカリだ、俺は」


 わざと全員に示すように、わざと芝居がかったように、踊る様に語り始めたロード。


「俺たちが殺人未遂? 俺たちが暴行罪? そして、連続殺人鬼ときたもんだ。お次は国家反逆罪かな? ではでは、──さーて、さてさて、ここにいる冒険者諸子はこれを聞いてどう思う? 嘘をついているのは我々Sランクの『放浪者』か?! いやいや、それとも疫病神・・・と忌み嫌われるDランクの『盗賊』か、」


 ──さぁどっちだ!?


 ニヤリと笑うロードの黒い笑顔の奥にギルド中の悪意が透けて見えた。

 誹謗中傷、皆で言えば怖くない──……。

 そんな連中の心の声と過去に罵られた声がまざまざとレイルの脳裏に蘇る。


   『疫病神め!』

    『疫病神め!』

     『疫病神め!』


「疫病神、か……」

 バリッと、レイルの奥歯がなる。

 ミィナ幼馴染の死と度重なる不運。だけど、『疫病神』──これだけは、レイルにとって許せない言葉なのだ……。

 

「さぁって! どっちが正しいか、聞いてみたいものだね! あーっはっはっは!」


 だが、ロードにとってはレイルの感情などどうでもいいことなのだ。

 ついには、本当に踊る様にクルクルと回り始めたロード。


 これじゃ勇者というより、役者だ……。


 そして、その演説を聞いていたメリッサを含むギルド職員や、暇をこいている冒険者がヒソヒソと話し始める。


 もはや、どちらかの事情聴取という雰囲気ではないのだから当然だ。

 場を収めるべき責任者も、今日この場にはあいにくいない……。


 そのせいか、まるでさざ波のようにギルドをさざめく小声のヒソヒソ声。


「「さすがに殺人鬼はねぇよな?」」

「「だな? だけど、レイルの奴は、なんだってなんな根も葉もないことを?」」

「「奴は疫病神だからな……。そーいうことあるさ」」


「「「「ちげぇねぇ!」」」」


 ぎゃーーーはっはっはっは!!


 疫病神、疫病神と、方々で囁かれる様を見て、メリッサが心配そうにレイルに近寄ると、そっと肩に手を置いた。

「レイルさん……その、気にしないでください。私はレイルさんのことを──」


 さぞかし、落ち込んでいると思ったのだが、メリッサの想像とは裏腹にレイルの顔は自信に満ちていた。

 たしかに「疫病神」と囁く冒険者の方へはキツク睨んでいるが、ロードに対する彼の態度には余裕がある。


「信じていま……──」


 メリッサが目を潤ませてレイルに寄り添おうとするが、ガツンと足にぶつかる感触。

 なにか、デッカイ荷物が無造作に床に置かれている。しかも、凄い獣臭──……。


 え? なにこれ?


「れ、レイルさん? こ、これと、いいますか、そのぉ──」


 なんだろう……。

 レイルの後ろにえらい大荷物があるんですけど────……。


「さぁ、今のうちだぞレイル。悪評を流したことについて、今すぐ取り消すんだな。そうすれば、ここで飛び上がってヘッドスライングしながら土下座するだけで、許してやらないこともないけどな!」


「ほー。飛び上がってヘッドスライングしながら、土下座すれば許すのか? そりゃあ寛大だな」


 ニヤリ。


「──……俺はそれくらいじゃ許せそうにもないけど……。まぁ、お前らがやるってんなら、とりあえず・・・・・それでこの場は許してやらないこともないぞ、ロード」


「な!!」

「「「なにぃ!!」」」


 カッ! と顔を赤くしたロード。そしてゆかいな仲間たちも反論開始。


「おい、レイルてめぇ!! 仲間にしてやった恩を忘れて偉そうに口を聞くな!」

「そうですよ! 疫病神と言われているあなたを仲間にしてどれほど私どもの評判が下がったか!」

「いくら心の広いアタシでも、許せることと許せないことがあるわぁ……」


 フラウを除く3馬鹿も加わってギャースカピースカ。


 あ゛?


「仲間だぁ……?」


 さすがに胡乱な目つきになるレイルに、ロード達はせせら笑いながら言う。


「ハハッ、そうとも。嫌われ者のお前を仲間にしてやったのは俺たちだ。感謝されこそすれ、罵られる覚えはないね──!」

「餌にすることが仲間だというなら、辞書の定義を疑うね、俺は──」

「やかましい! ロードの言う通り、大体お前は嘘つきだろうが! なぁにがグリフォンを仕留めただ?────」


 呆れた物言いのロードとラ・タンク。

 ギルドが本物と認めた討伐証明を偽物と言い切る胆力はある意味驚嘆に値する。


「お前らだけには、嘘つき呼ばわりされたくないね」

「ハッ。じゃぁ、なんだぁ──テメェみたいなDランクのカス盗賊シーフがグリフォンを二体仕留めたってのか?」


「そうだ」


 はっきりと言い切ったレイル。


 その途端──……。


「「「ブワッハハハハハハハハハ!」」」

「プークスクスクスクス!!」


 ロード達が声を上げて大笑い。


「ひーっひっひっひ!! そりゃいい! D、Dランクの冒険者さん、『グリフォンを二体討伐しちゃうの巻き』ぃぃ!」

「ぎゃはははははは!! すげーすげー! 俺達でも一体をやっと仕留められるかって言うあのグリフォンを?! D、Dランクの盗賊が倒すだぁーーー?! ぎゃーっはっはっは!」

「ふふふふふふ! レイルさん、嘘をつくにしてももう少しまともな嘘をですね、クフフフフ! ぐ、グリフォンを、レイルさんが?! フフフフフ!」


「キャハハハハハハ! お腹痛ーい! も、もしかしてジョーク? 新しいジョークってやつぅ? キャーッハッハッハ!」


 そして、冒険者たちも巻き込んで大笑い。


「「「ギャハハハハ! 『疫病神』がグリフォン退治とは景気がいいぜ、ギャハハハハ!」」」


 ギルド中が笑いに包まれたころ、レイルは頭をポリポリと掻く。

 いくら笑われても、こればかりはレイルには1ミリも堪えない。


「あーそ、へーへー」


 鼻くそでもほじって、フー……と飛ばしたい気分だ。


 だが、レイルの余裕に気付かないロードたち。

 ご機嫌そうに、ロードとボフォートが肩を組みつつレイルに近寄り、


「笑わせてもらったよレイル。ほら、小遣いやるから、よぉ、今日はもう帰れや──それともほかに何か言いたいことでもあるか」


 もちろんレイルは、

「あぁ、あるぜ」


「いいですよ、いいですよー! なぁんでも聞いてあげましょう。言ってごらんなさいな。本当にグリフォン仕留めてたら、ジャンプしてヘッドスライング土下座してあげようじゃないですか、プークスクスクス」


 ニヤニヤと笑うロードとボフォート。


 ──ほう?

「……じゃあ、早速やってもらおうかな────」

「は、君は何を言って──……」


 訝し気に眉を顰めるボフォート。


 ハッッッ──決まってるだろ。


「ジャンプして、ヘッドスライング土下座ってやつをよぉ!!」

「は! それをするのはお前だろうが!! そんなにやってほしけりゃ、チンケな討伐証明じゃなく、グリフォンの首でも持ってこい・・・・・・・・っつの!!」

 ロードはどこまでも強気だ。


 だけど、

「…………言ったな?」

「は?」


 じゃ────とっくとご覧あれッッ!


「ほらよ」

 バサァ……!


 お前ら御望みの────……。


 レイルはギルドに入った時からずっと後ろに控えていた包みを剥ぎ取る。


 それはそれは、

 でっかくて、

 滅茶苦茶に目立っていたけど、ほとんど誰も注意を払っておらず──……。



 って、これは────!!!



「ふん! 何を見せてもレイルを信用する奴なんていませんよ。グリフォンを貴方ごときが二、匹……も──」


 って、これぇ?!


「嘘。ぐ……? グリ──」


 ──グリフォンの首ぃ?!




 バーン!! と包みの下から出てきたのは……。




「………………え。これグリフォン、です、か?」



 ツルンと、ボフォートのメガネがずり落ちて、口がパッカー……とあく。


 そして、一瞬だけシーンと静まり返ったギルドだったが、次の瞬間。

 全員が1メートルほど飛び上がって驚く。


 ま、間違いない。


「「「「「ぐ、グリフォンの首ぃぃぃいいい?!」」」」」 

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