第17話「残置物」

「ぷはぁ~ッッ!」


 洗面所で顔を洗ったレイルは、先ほどまでの燃えるような顔つきを一度冷ますと、心を落ち着かせて食堂に降りた。


「おはようございます」

「おはよう、レイルさん! 食事できてますよ」


 相変わらず不器用な笑顔の主人。

 彼に軽く頷き、席に着くと、用意された豪華な朝食を平らげた。


「す、凄い量ですね……」

「まぁまぁ、英雄様の朝食なんだ。遠慮せず食ってくれ」


 そういって、レイル一人では食べきれないほどの量を次々に配膳してくれる主人。


「あ、ありがとうございます────……!! う、旨ッ!」


 勧められるままに一口。

 そして、思わず漏れる一言!!


「たっぷり塩にスパイスを使ったんだ。体を癒すにはいいだろ?」


 コクコクコク! ひたすら頷くレイル。


 内陸部では貴重な塩。

 それらをふんだんに使われた食事は美味極まりなかった。


 パンも焼き立てで柔らかいし、

 羊肉の入ったシチューはコッテリとしていてパンによく合う。

 ベーコンは分厚く、塩味が利いていて旨いし、薄く割ったワインとの相性が抜群だ。

 とれたての野菜は冷えた井戸水で良く表れておりシャキシャキのサラダになっている。

 そして、メインのステーキは香辛料が掛かっているのか肉のうまみが何倍にも引き出されていて実に旨い!


「どれもこれも旨い……!!」


 モリモリと食べていくレイル。

 酔いがひどかったが、食膳に出された酔い醒ましの薬草がよく効いているようだ。


 ……薬草の味は最悪だったけどね。


「英雄さまの食事だ。腕によりをかけましたよ」

「うん!! うん!!」


 宿の主人は相変わらずの顔色だが、精いっぱい愛想よくしてくれている。

 レイルも遠慮することなく出された食事は平らげていった。


 もっしゃ、もっしゃ!


 急速にLvが上昇したため身体が栄養を欲しているらしい。

 さすがにロード達とガチンコでやり合うほど強くなれたわけではないが、それでも以前のレイルとは比べ物にならないほどのステータスなのだ。


 そうして次々に皿を開けていくレイルであったが、そのレイルに遠慮がちに話しかける人物が。

「あの……レイルさま。少しよろしいでしょうか?」


 ……ん?


「はい。えっ~と……。別に、「様」付けでなくてもいいですよ」

「いえ、村を救っていただいた方に粗相そそうがあってはいけませんから」


 そういって愛想よく笑うのは、少し仕立てのいい服を着た人物──彼は村長であると名乗った。


「それで、お話というのはこちらなのですが……」


 そういって、下男に持たせていた品を恭しく差し出す。


「…………これは?」


 下男が食堂のテーブルに並べていったのはいくつかの品。

 生々しく血のこびりついた爪に、羽根や皮だ。

 さらに大量にあるらしく、宿の外には荷馬車が留め置かれていた。


「──勝手とは思いましたが、グリフォンを解体させていただきました。もう一体の解体も、じきに済むかと思います」


 どうやら、差し出された品はグリフォンのドロップ品らしい。

 強力な魔物であるグリフォンの素材は高価で取引されるため、これらを持ち込めばかなりの大金を得ることができるだろう。


 魔物の解体は骨が折れる。これはありがたい申し出だった。

「ど、どうも……」

「羽根に、くちばし、希少な骨などは小分けさせていただきました。あとは肉などの部位ですが……」

 村長が少し困ったような顔でレイルの顔色を窺う。

「……俺が持ち帰れない分は、皆さんで使ってください──。復興資金も必要だと思いますし」

「お、おぉ! よろしいので? 申し出が本当であれば近隣の被害村落にも分配できます」

「もちろん、好きに使ってください。肉は持ち帰る前に腐ってしまうでしょうし……」


 燻製や干物にすれば持ち帰れなくもないが、その手間はさすがに一人では厳しい。

 それくらいなら、村人に提供した方がいいだろう。すくなくとも、レイルの宿代くらいにはなる。


「感謝いたします。……あぁ、そうそう。それとこちらを──」

 ゴトリ、と重い音を立てて置かれたのは一振りの槍と、虹色に輝く液体の入った──。

 ん? グリフォンの素材じゃないよな?

 なんだこれ…………。


「ぽ、ポーションですか? ドロップ品由来の……にしては、初めて見る色ですけど──」


 奇妙な色のポーションは、稀に魔物が落とすことがある。

 それらはたいてい薬効が複合化されたもので、非常に高値で取引されることが多い。


 しかし、虹色とはね……。

 ただのポーションがこんな色をしているはずがない。


「はい。こちらはグリフォンを解体中に発見したものでございます。村の薬師に調べさせたところ──」


 村長曰くグリフォンのドロップ品だという。

 それは予想通りだったのだが、次の一言でレイルは凍り付く。


「──……おそらくエリクサーではないかと」


 ほう。

 エリクサー……。


 へー……。


「エリクサーかー」


 エリクサー。

 えりくさー……



 エリクサー……──────?




 って、




 ……え、

「エリクサぁぁあああああ?!」

「うひゃああッッ!?」


 レイルの大声に飛び上がらんばかりに驚く村長。


「あ! す、すみません」


 突然奇声を上げたことに恐縮するレイルであったが、


(ま、マジでエリクサーか?!)


 そう。

 エリクサーをドロップしたことに対する衝撃はそれほどの物だったのだ。


「え、ええええ、エリクサーって、あのエリクサーですか?!」

「あのエリクサーがどのエリクサーかわかりませんが、お、おおおお、おそらく──。私も実物は見たことがないので断言はできませんが。その、見た目の噂くらいなら……」


 そう。

 エリクサーは噂の産物。


 別名、神のしずくとも呼ばれる霊薬で、一般的には『エリクサー』として知られる。


 それはまさに伝説級。

 幻の一品ともいうべき薬液ポーションであり、その液体を口にすれば万病がたちどころに治り、薬効によって体の傷もすべて癒えるという。


 また、

 失った視力や、欠損した手足ですら生えるというのだから驚きだ。


 そして、効果はそれだけに収まらない。健康なものが何でもすさまじい効果をもたらし、HP、MPが一定期間回復し続けるという。


 すなわちそれは、

 魔術師であれば効果が切れるまで無限に魔法を放てるし、

 闘士たちならば倒れることなく戦い続けることができるということ。


 それほどの効果を秘めた薬。


 当然ながら希少だ。

 その液体は万金を積んでも買うことができず、市場に出回ることはほぼない。

 手にれる方法は、ドラゴンやその強さに匹敵する魔物が稀にドロップするのも拾うしかないといわれているほど。


 その特徴的な見た目は、虹色の輝きを放っているというが……、


「ま、マジかよ……」


 震える手でエリクサーを手に取ったレイル。

 確かに、薬瓶の中には虹色の液体が入っている。


「こ、これを俺に?」

「え、えぇ、レイル様が倒したグリフォンですから」


 村長の言う通り、グリフォンを倒したレイルに所有権があるのだが、それをこっそり盗もうと思わなかった村人には感謝だ。

 まぁ、グリフォンを単独で倒した人物を怒らせたらどうなるかと考えただけかもしれないけど……。


「あー……。あと、こちらですが──」

 次に、使い込まれた槍を、困った様子で差し出す村長。




「これは────…………」




 レイルに手渡された槍はずっしりと重く、刃が灯りの照り返しを受けてギラリと輝いた。

 そう、昨日グリフォンから引き抜いた槍で──。



 ──ヒィィィィイイン……。



 差し込む陽光を受けて刀身まで光を滑らせると、静かに唸るそれ──。

 恐ろしいほどの業物だ。


「ラ・タンクの槍……」


 これは、Sランクパーティ『放浪者』のラ・タンクが持っていた槍だ。

 たしか、どこかの国の騎士団長をしていた頃に、国王から下賜された品だとか自慢げに話していたっけ。


 伝説の槍を模して・・・、ドワーフの工匠が作り上げた逸品。

 その名も──。


「たしか、ブリューナク・コピー……だったか?」


 柄を握りしめると、途端にロード達のあの顔が思い出される。

 魔力が宿っているのだろう。パリリ、と紫電が走った。


「ど、どうされますか? その、我々としては──」


 ん?

(……あぁ、そういうことか──)


 エリクサーやグリフォンの解体よりもなによりも、ましてやその素材よりも……。

 どうやら、村長の本題はこれ・・らしい。



 つまり……。



「俺に、こいつを『放浪者シュトライフェン』に返して来てほしいんですよね?」

「は、はい……その──」


 言葉を濁らせる村長。

 その思惑が手に取るようにわかってしまったレイルは露骨に顔を歪めた。


「たしかに、これを回収に村に来られちゃ困りますよね……」


 村長の言わんとするところは単純明快。

 槍もドロップ品もレイルに渡して、ロード達がこの村に来るメリットを徹底的に排除したいのだろう。

 奴らがこの村に着たら何をするかわからにと、そう考えているらしい。


 なにせ、村長たちは『放浪者』の所業を見ている。

 そして、それだけに驚愕しているのだ。

 囮を使ってグリフォンを狩るというそのやり方と──……それが今まで公にならず、どこにも明るみに出ていないという事実に。


 そう……。


「──あぁ。村長の想像通りだと思います。……確かに連中なら、醜聞を隠すために村を一個滅ぼすくらいやりかねないでしょうね」


 いや。

 違うな……。


 やりかねない・・・・・・じゃない、きっと……。いや、必ずやるだろう。


 だからこの村を狩場に選んだのだ。

 最初からそのつもりで、周辺になにもないこんな辺鄙な村でグリフォンを狩ると決めた。

 初めから村人をすべて殲滅するつもりで……。


 大空の覇者たるグリフォンなら、他にも村や町を襲っていたはずだが、それを無視してこの村でグリフォン狩りをしようと決めたのはそれが理由なのだろう。


 ……なぁに、おかしな話じゃない。

 ドラゴンやグリフォン、その他の魔物に一人残さず食いつくされた村なんて珍しい話でもないからな……。


 この村も、グリフォン退治が順調にいけばそうなった・・・・・というだけ──。


「……わ、我々も自衛はしますとも──。ですが、彼らを相手にして勝てる見込みなどありません」


 そうだろうな……。


「そ、その……。領主様と、ほかにもギルドや町にはすでに使いを走らせておりますが、我々田舎者の話などほとんど聞かれないでしょうな」

「でしょうね……」


 ましてや、最強の名を欲しいままにし、勇者とまで評されるロード達Sランクパーティ『放浪者』の悪評だ。

 きっと、村人がギルドに報告しても、数ある噂の一つ程度にしかとられないだろう。


 なにせ、ロード達は有名人だ。

 今までだってそういった悪評くらいなら、事の真偽はどうあれいくらでもあったはずだ。


 だが、全くと言ってそういった話を聞かない。


 つまり、

 ロード達には噂程度を跳ね返すだけの実力と──……。



「──デカい後ろ盾がいるってことか…………」

 

 これまでだって、悪事がバレたこともあるかもしれない。

 だが、それを物ともしないくらいの功績と本物の強さ。


 ────そして、権力。


 一瞬だけではあるが、彼らの強さを間近で見たレイルには、『放浪者』が悪事だけで伸し上がったわけではないということも知っていた。


(あんな奴らだが、実力は本物だ……)


 だが、実力だけで醜聞をかき消すのは不可能だろう。

 つまり、もっと大物が裏にいる。


 冒険者界隈で流れる噂をもみ消し、

 レイルのような「使い捨て」の囮を提供している大きな権力が……。




「おそらく、王家か────冒険者ギルド…………」



 セリアム・レリアムの関係筋と、

 ロードの人脈…………。


 もしくは両方か。



(さて、どうしたものか……)

 背後に潜む組織の大きさに一瞬暗澹たる気持ちになるレイルであったが……。



「ま。やることは変わらないけどなッ」


 王家?

 冒険者ギルド??


 ──上等だよ……。




 何年も疫病神と呼ばれた男のメンタル舐めんなよ。

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