第5話「スキルの女神をキレさせた男」

「……お、俺のスキルは──────?」


 しーーーーーーーん……。


 前代未聞。

 女神を怒らせた男、レイルは茫然と立ち尽くしていた。


「う、嘘だろ……」


 ようやく出たのはこんなセリフだけ。


「ちょ、ちょっと待って!」


 すぐに教会関係者に面会し、頭を下げて謝罪したが────当然受け入れられるはずもなかった。

 人々が好機の目を見ていることにも気づかず、ただただ茫然とするしかないレイル。


「うそ!? ちょ、ちょっと!! 俺のスキルは?!」

「「知らぬ! もう帰れ帰れ!!」」


 頑迷な神殿騎士は二度とレイルを教会に入れることはなかった。


「ま、待ってくれよ!! せめて、せめて『手料理』のスキルだけでも!! なぁ!!」

「うるさい!!」


 胡乱な目を向ける神殿騎士や教会関係者。

 なんとか、スキルが貰えないものかと教会の入り口でウロウロとするも、結局門が開かれることはなく、そのまま夜になってしまった。


 そして、

「これにてスキル授与式を終了とする────」


 ついに、教会前にて神官は宣言し教会は閉ざされてしまった。


「う、嘘だろ……?! お、俺の…………スキルは?」


 ガクンと膝をついたレイル。


 しーーーーーーーん……。


 無人の教会で答えるものなどあろうはずもない。


「そんな……ばかな──。馬鹿な!!」


 スキルが貰えないなんてありえるのか?!


「嘘だと言ってくれよーーーーー!!」


 絶望し、悲嘆にくれるレイル。


 だが、 二度と女神は現れず、

 深夜になり日付けが変わった頃、気が付けばレイルは常宿としている冒険者御用達の安い部屋の中でぼんやりと膝を抱えて座り込んでいた。


「………………ミィナ、ごめんよ」


 約束、守れそうもないや────。


 目が覚めれば全部嘘だったと、そうなればいいなと願いながら、知らず知らずのうちに深い眠りにつく……。



 ※ チュン、チュン ※



 朝、冒険者ギルドの近くの安宿の一室でレイルは目を覚ました。

 だが何をする気にもなれず、ぼーっとして過ごしていた。


 思い出されるのは昨日の出来事ばかり。


「はぁ……ゴメンよ、ミィナ」


 そうして、何度も何度も、虚空に向かって謝り続けたレイルは、昼も過ぎた頃になってようやくもぞもぞと動き出した。

 たった一晩でゲッソリとやせ細り、見る影もなくなっていたレイル──。


 それでも、人間腹も減るし、風呂にも入りたい。

 だから、半ば惰性でのろのろと動き、冒険者ギルドに向かったレイル。


 冒険者でごった返す入り口を抜け──。


 カランカラ~ン♪


 いつも通り、余りものの依頼クエストを受けて日銭を稼ごうとした時だ。


 スイングドアを潜ったレイルに突き刺さる視線。

(もう、噂になっているのか……)


 ただでさえ『疫病神』と疎まれているレイルだ。

 そういった視線にはなれていたが、今日はさらにレッテルが追加された模様。


 『女神をキレさせた男』


 ヒソヒソと囁かれる陰口を意識の外に追いやって、いつも通り塩漬け依頼や、不人気クエストの残る依頼掲示板クエストボードの前に立つ。

 昼過ぎということもあり、いつもに増して碌な依頼がない。


「はぁ……」


 仕方ない。常設クエストでもやるか、と安いクエストをはがしたとき、

「あの。レイルさん?」


 ──レイルを呼び止める声があった。


「は、はい……? あ」


 幽鬼のような表情で振り返ったレイルの目の前には、キチッとしたスーツに身を包んだギルド職員、受付嬢のメリッサがいた。


「ど、どうしたんですか? ひ、酷い顔色ですよ」

「え? あ、ぁぁ、なんでもありません」


 といったものの、ヒソヒソとした周囲の声と視線を見れば、教会での出来事なんかはすでに知れわたっているのだろう。

 もちろん、ギルド職員のメリッサが知らないはずもない。


「そ、そうですか。あの、今──お時間ありますか?」

「え? まぁ……」


 どうせやることもない。

 日銭を稼ごうと、薬草採取か地下道のネズミ退治でも引き受けようかと思っていただけ──。


「そうですか! よかった! じつは、ギルドマスターからの紹介で、レイルさんをぜひパーティに入れたいという人たちがいるらしいんです!」


 え?

 俺を……?


 そう聞いた瞬間、レイルは眉根を寄せる。

 今までレイルをパーティにいれようなんていう酔狂な奴はただの一人もいなかった。

 だというのに、よりにもよってギルドマスターに紹介を頼んでまでレイルを探す……?


 いったいだれが何のために?


「冗談、ですよね? ギルドマスターがDランクごときに俺の名前を知っているなんて──」

「そ、そんなことないですよ! 私も詳しくは聞いていないんですが、マスターから名指しでレイルさんを指名されたんですよ!」


 ……おいおい、マジかよ。


 レイルはギルドマスターに名前を覚えられるほど貢献したかな? とふと記憶を探るが、すぐに自嘲気味な笑みを浮かべた。

 すなわち──……。

「あぁ、貢献度というよりも、悪名のほうですかね。『疫病神』のレイル。ついでに、先日は教会で大騒ぎも起こしましたし──」

「そ、そんなこと……!」


 メリッサは唇を噛んで俯く。その様子を見るに、やはりメリッサも先日のレイルの噂を聞いているようだ。

(まぁ、当然だよな)

 この町の冒険者のことでギルドが知らないことなど、そうそうあってたまるか。


「気を使ってくれなくてもいいですよ。本当のことだし」

「は、はい。いえ、その……」


 だけど、メリッサは比較的マシな部類だ。

 むしろ、レイルには好意的な人物だと言える。


 というのも、彼女とは同期と言えるような間柄で、

 冒険者とギルド職員という立場ではあるが、村を出たばかりで都会が初めてのレイルと、同時期に配属になったメリッサ。


 窓口業務で知り合ったのだが、初めて担当したのが縁となって、それなりの長い付き合いでいる。

 当時はお互い新人同士ということで何かと接点の多くなった二人──その縁もあってメリッサだけはレイルを『疫病神』という色眼鏡で見ることなく接してくれたのだ。


 おかげで依頼クエストの余りものを回してもらえるし、色々な支援もしてくれた。


 そのメリッサが言葉を濁すのだ。

 それくらい先日の騒動は噂になっているのだろう。


 女神を激怒させた男として────。


「いいんですよ、慣れてますから」

「レイルさん……」


 そういってあっけらかんと笑うレイル。もちろん、その笑いは実に空虚ではあったが……。


(はぁ。この町も俺の人生もそろそろ潮時かな……。まぁいいか、もう何の未練もないし──)


 戦闘職として活躍する──たったそれだけの、ミィナとの約束を果たしたいという思いでスキル授与の日まで生きてきた──。

 ……ミィナに成長した自分を見せれば供養になるかと思ったのだけど。


(だけど、もういいや────疲れたよ)


 ドッと疲労を感じたレイル。


「とりあえず、話は聞くよ──どうせ冷やかしだろうけどね」

 『疫病神』のレイルをおちょくりたい・・・・・・・者はいくらでもいる。

 今回もそういった類だろうけど、メリッサの顔を立てるためにも、面会くらいはするかと、思ったレイル。


 だけど、そのパーティとやらと面接をしたあとは、どこか静かな場所に行こうと心に決めた。


「──違うんです。聞いてくださいレイルさん! 本当の本当なんです! ぜひアナタを仲間にしたいっていうパーティがあるんですよ──だから!」



 ……だから、そんな諦めた目をしないで──。



 メリッサの目がそう訴えかけているようだった。

 その目を見て少しだけ興味を持ったレイル。


「…………マジなんですか?」


 それにしても、レイルを仲間に……?

 『疫病神』のレイルを?


「──そんな変わったパーティが、どこにあるっていうんですか……」


 呆れたようにレイルが言ったとき、





「──俺たちが、その変わったパーティさ」

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