第23話 パーティーは始まる

 王都クリフトンは、そのエリアがどれだけ重要性が高いか、どれだけ上質なものを揃えているかによって、一番街から六番街までに分かれている。

 私達の店がある三番街は中流階級から上流階級向けの店が集まる地域、高級店の立ち並ぶ一番街は上流階級専用、といった具合だ。

 しかしこの街にはその上、王族と王家関係者の住むエリアがある。それがここ、零番街だ。

 今、私達「赤獅子亭」のスタッフ総勢20名は、零番街の中心にそびえる王宮の前に立っていた。


「……来たわね」

「来ちゃいましたね……」


 タニアさんが腕を抱きながら王宮の尖塔を見上げて言う。隣では料理長である、弓耳族ボウイヤーズのアビゲイルさんが、はーっと息を吐きながら同様に上を見上げていた。

 こうして見ると、本当に大きい。地球の某夢の国のシンボルになっているあのお城より、何倍も大きく見える。本物のお城ってすごいんだな、と思わされてしまう。

 私の隣ではキャメロンさんがベッキーさんの腕にすがりながら、泣きそうな声を上げていた。いつもの強気な彼女もどこへやら、である。


「やだ、どうしよう、王宮に入るどころか零番街に来たのも私初めてなのに」

「私だって初めてよ。零番街なんて本来は私達みたいな人間が入れる場所じゃないんだから」


 ベッキーさんも困った顔をしながら、キャメロンさんに声をかけている。彼女も不安そうだ。

 ふと、ベッキーさんと私の視線が交錯する。不安の色濃い目をして、彼女が私を見てくる。


「リセさん……」

「……うん」


 私の名前が彼女に呼ばれる。今回のパーティーを運営するにあたり、私の存在はとても大きい。自然と、女中達の目が私の方に向けられた。


「怖いわ……」

「どうしよう、うまく出来るかしら……」


 あちこちから不安の声が上がる。まぁ、そうだろう。何しろ場所が場所だし、相手が相手だ。いつも働いている動き慣れた店の中ではない。自国の人だけではなく、他国の人も招いてのパーティーだ。

 正直な話、私だって結構不安だ。それでも皆を落ち着かせるために、私は声を出していく。


「大丈夫よ、だって査察の時、一つの指摘も失敗もなく出来たじゃない。きっと皆うまくやれるわ」

「それはいいのだけど……」


 と、私に向かって困った顔をするのはジェシカさんだ。その隣でモリーさんも眉尻を下げている。


「私は査察の時に参加していないのよ、不安だわ」

「私だってそうよ」


 その言葉に私はふっと息を吐き出した。今日ここにいる女中12人のうち、ジェシカさん、モリーさん、犬の毛耳族ファーイヤーズのアマンダさんは査察の時にいなかった人だ。査察に参加していた女中だけで固めるにしても人数が足りない。こうした人が出てくるのは仕方の無いことだ。

 と、タニアさんがこちらに振り返りながら笑う。


「私以外にもそういう人・・・・・が居たほうがいいって、デイミアン卿から言われているの。貴女達は主に、皆のサポートに動いてもらうから、大丈夫よ」

「そういう人って?」


 彼女が視線を向けるのはモリーさんとアマンダさんだ。そして流れるようにデビーさんとエステルさんにも視線を投げる。

 モリーさんが首をかしげるのに対し、タニアさんが小さく笑った。


「それは――」

「皆さん、お待ちしておりました」


 が、答えを言うより先に私達へと、王宮の側から声がかかる。前に向き直れば、そこにはデイミアンさんとシリルさんが立っていた。私達を出迎えに来てくれたのだ。

 タニアさんが再び前を向いて、二人の官僚を出迎える。


「マキーヴニー侯爵閣下、ファリントン次官様、本日はよろしくお願いいたします」

「こちらこそお願いいたします。早速会場の方へご案内いたします」

「私は厨房の方にご案内いたします。調理担当の方はこちらへ」


 皆で一斉に頭を下げると、デイミアンさんが左手側に、シリルさんが右手側に立つ。そちらに並べ、と言うことのようだ。

 タニアさんが先頭になってデイミアンさんの前に私達が並ぶと、彼は粛々と歩き始めた。ほぼ同時にアビゲイルさんが先頭になった調理担当の8人も、シリルさんの後ろに付き、厨房への道を歩き出す。

 静かに毛足の長いカーペットを踏みながら、タニアさんがデイミアンさんに問いを投げた。


「本日の各国の出席者はどのようになっていますか?」


 タニアさんが投げかけた問いに、デイミアンさんの足が止まる。彼は手元の資料に目を向けると、紙面に指を置きながら口を開いた。


「ラム王国側がエドワード6世陛下、ベアトリクス王妃陛下、リチャード王子殿下、クラリス王子妃殿下、ナイジェル王子殿下、マデライン王子妃殿下、ヴァレンタイン王弟おうてい殿下、アレクサンドラ王妹おうまい殿下。ワーグマン皇国側がラフェエル5世陛下、コンスタンス皇后陛下、シャーロット内親王殿下、ブライアン親王殿下、パトリシア親王妃殿下。あとはそれぞれの国の近衛庁、外務庁の方々が参列なさいます」


 その言葉を聞いた女中の何人かからどよめきが起こった。わたしも正直、改めてビックリする。

 やっぱりラム王国王家の参加者が多い。王様に王妃様、王子様やその奥様は分かっていたけれど、家族全員勢揃いに近い。ワーグマン皇国の参加者も結構いる気がするが、だとしてもここまでたくさん出てくるとは。

 背筋を冷たいものが走る私の隣で、タニアさんはデイミアンさんにさらに問いを投げた。


「合計人数は32人と伺っておりますが、変更はありませんか?」

「はい、席次もご連絡いたしました通りです」


 彼はもう一度うなずいた。席次に変更がないということは、事前に連絡を貰った人を相手にする形だ。といってもタニアさんと私しか、事前に確認してはいないんだけれど。

 私の場合は、エドワード国王陛下、リチャード王子、ベアトリクス王妃陛下、そしてワーグマン皇国のシャーロット内親王。いいところの立場の人が揃い踏みだ。

 と、デイミアンさんが紙面から顔を上げながら私達に視線を向ける。


「こちらからも確認させてください。担当されるテーブルは1番から順に、タニア殿、リセ殿、エステル殿、デビー殿、ベッキー殿、キャメロン殿、ルーシー殿、アマンダ殿。ジェシカ殿、モリー殿、アシュリー殿、クレア殿は各テーブルにつく皆さんの補助役。お間違い無いですね?」


 名前を呼ばれた12人が、揃って表情を固くした。担当するテーブル、そのテーブルに座る人に変更はない。役割も変わらない。

 あとは、その人達に粗相をしないように気を付けるだけだ。

 タニアさんがこくりとうなずく。


「はい、そうなります」

「かしこまりました。では、こちらへ」


 彼女の言葉にうなずいたデイミアンさんが、目の前にある大きな扉を開けた。

 その中には大きなシャンデリア、クロスのかけられた丸テーブルがたくさん。椅子は座面だけでなく、背もたれにもクッションが入っている。

 この豪華絢爛ごうかけんらんな会場が、今回のパーティー会場となるアヤメの間だ。

 会場の中に通されながら、隣の4番テーブルを担当するデビーさんが心配そうな目で私を見た。


「リセ、大丈夫? 2番テーブルって、陛下がおかけになるお席じゃないの?」

「まだ女中として働き始めて、二ヶ月も経っていないのに……」


 3番テーブルを担当するエステルさんも、彼女と一緒に不安をあらわにする。

 まあ、気持ちは分かる。女中として働き始めて一ヶ月くらいしか経っていないうちに、国賓を、そして一国の王を相手にしなくてはならないのだから。

 しかし私は怖がらない。力強くうなずいて自分の胸を叩いた。


「大丈夫よ。私には私の仕事・・があるから」

「ええ、そうよ。リセにしか出来ない仕事があるんだもの。頑張ってもらわなくっちゃ」


 ベッキーさんも私に同調しながら、朗らかに私の肩を抱いた。そのやりとりに、話が見えていない様子の二人が顔を見合わせる。

 と、そこでタニアさんから声がかかった。女中全員で円陣を組む。


「いい、皆? いつもどおりにのびのびと、明るく、笑顔で振る舞うのよ。決して涙を見せたら駄目。皆様に笑顔で入ってきていただいて、笑顔で帰っていただくの。いいわね?」

「「はいっ!!」」


 彼女の力強い言葉に、私も、皆も、一斉に返事を返した。

 そう、いつもの通りに明るく笑顔で。緊張して硬い表情で振る舞っていては良くないのだ。笑顔で帰ってもらうのは、どうだろう、私の仕事としては自信が持てないけれど。


「よし、それじゃ皆、配置について!」


 タニアさんが鋭く声を飛ばせば、皆がそれぞれのテーブルに向かっていって。私も遅れないよう、2番テーブルの傍へと立つ。

 そしてワイングラスやビールのグラスを準備し、カトラリーを並べ、椅子とクロスを整えて、ナプキンを畳んで置いて。そこまでやったところで、アヤメの間の入り口から声がかかる。


「国王家の皆様のお越しです! 全身、敬礼!」


 声と共に開かれる扉。その扉を通り、ラム王国国王、エドワード6世を先頭に、王家の人々がアヤメの間に入って来た。

 女中全員が背筋を伸ばして敬礼する。右手を額に当てて肘を張り出し、左手は腰に当てて。私もそのポーズを真似ながら、歩いてくる老年の細耳族ナロウイヤーズの男性と、その後ろの壮年の男性を見た。


「(あの人が、国王様……そして、王子様)」


 あれが、酒乱で人妻趣味の国王様と王子様だ。

 見た感じは人当たりの良さそうな、笑顔の柔らかい好々爺こうこうやとオジサマといった感じ。笑顔を見せた時の目元の下がり方がよく似ている。なるほど、国民に慕われているというのも分かる。

 だが、だからといって手心を加えるわけにはいかない。私は私の仕事をしないとならないのだ。

 口元をきゅっと結んで敬礼する私の視線と、王様の視線がぶつかる。


「ほう?」

「……っ」


 小さく声を上げる王様。それに思わず息を呑む私だ。

 何を言われるか、変なことを言われたりしないか、不安が頭をよぎる。そんな私に、王様は柔らかい笑みを見せながら言った。


「貴殿が我々の席を担当する女中か。年若く見えるが、この仕事は長いのかね」


 その言葉に私は小さく目を見張る。

 確かにリーゼは見た目が若い。確か18歳だったかと聞いている。それだけ年若い人間が国王のテーブルを担当するというのも、それは何か言われるだろう。まぁ中身は29歳のOLなんですけど。


「いえ……まだ経験の浅い、若輩者でございますゆえ」


 とりあえず頭を下げながら、経験が浅いことを明かしていく。事実、私は女中としての経験は浅いのだ。経験が浅いとは思えないくらいの立ち回りをしているけれど。

 頭を下げる私を見ながら、リチャード王子が王様をたしなめる。


「父上、若く見えるからとあなどるのはよろしくない。見た目通りの年齢で無いことなど大いにあり得るではありませんか」

「そうですよあなた、相手は接客が本職の方なのですから。みっともない」

「はっはっは、いやすまんな、つい可愛らしくて」


 王妃様も一緒になって王様に苦言を呈すると、王様は明るく笑いながら額に手をやった。

 今は明るく、人当たりのいい人物という印象。しかしこれが、酒が入ったらどう変わるのか、どう振る舞うようになるのか。


「見てなさいよ……尻尾を出したら思いっきり踏んづけてやるんだから」


 油断せずに相手を見ながら、口の中で小さくつぶやく私。もうすぐワーグマン皇国の人々もやってくるだろう。パーティー開始まで、あと少しだ。

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