再び王都にて

「くそ、一向に暴徒たちは収まらないではないか!」


 さらに数日ほど経ったが、相変わらず大司教は怒り狂っていた。

 王宮には再三暴徒鎮圧を要請したものの、動きは鈍い。王城の兵士は町で暴れている暴徒は取り締まるが、大司教の屋敷周辺にいる暴徒に対しては無視を決め込んでいた。


 というのも国王からしてみれば民衆の怒りは大司教に向かっており、国に向けられたものではない。そのため巻き込まれたくないので勝手にやっていろという気持ちだった。


「貴族どもはどうした! 何のために奴らを世話してきてやったと思ってるんだ!」


 これまで大司教は免罪符や治癒魔法で得たお金を使い、自分と仲の良い貴族たちが権力を持つように動いてきた。また、元々疎遠だった貴族には金を掴ませて懐柔してきた。


「ですが彼らも民衆の怒りが免罪符にも向かっているのを見て、しり込みしているようです」

「あいつら、都合のいい時だけこの俺を利用しおって!」


 もしこの暴動を機に大司教が失脚したり、免罪符の発行が禁止されたりすれば貴族たちにとって大司教の価値は下がる。また、ここで大司教にあからさまに味方してしまうと大司教が罪に問われた際は巻き添えを食う可能性もある。そう考えた彼らはここで大っぴらに大司教に味方するのを控えた。


 そのため、大司教の屋敷には大量に「助けに行きたいのですが忙しくて」「我が領の民衆にも暴動の兆しがあるため、助けに向かえません」という釈明ばかりが届いている。

 万一大司教がこの危機を乗り越えた際にはまた仲良くしたい、という虫の良い態度の表れであった。


 当然そんな貴族たちの態度は手に取るように分かるので、大司教は激怒する。


「ええい、こいつら、この騒動が片付いた暁にはまとめて目に物見せてくれるわ!」


 それでも大司教ゴンザレスが強気でいるのには一つだけ理由があった。現在ゴンザレスはレーゼの身柄を抑えており、彼女と仲が良かったセレンにレーゼを解放して欲しければ出頭するように命じた。セレンの性格を考えると、レーゼを人質にすれば絶対にやってくる。

 後はレーゼの解放を盾にしてセレンに「大司教は悪くない」という演説をさせて民衆を鎮める、という筋書きであった。セレンの民衆人気を逆手にとった策である。その後ものらりくらりとレーゼの解放を先延ばしにすればセレンはゴンザレスの言うことを聞かせられるだろう。


「おい、セレンはまだなのか?」

「はい、レーゼの家来がセレンの元に向かったと聞いているのでもうすぐ来るかと思われますが……」


 そう言って家来は言葉を逃がす。屋敷が民衆の包囲を受けているような状況ではセレンの捜索に人手を割くことも出来なかった。


「ならば傭兵はどうなっている!? この際いくら金を出してもいいから腕の立つ者を集めろ!」


 幸いゴンザレスはこれまで稼いだ金はしっかりため込んでいた。その金で傭兵を集め、屋敷を守らせてセレンの出頭まで時間を稼ぎたい。


「それが、屋敷が包囲されているためなかなか進んでおらず……」


 その時だった。突然、門の方から喚声が聞こえる。


「おい、何があった!?」


 大司教は護衛の兵士を連れて表に出る。一応屋敷は私兵に守らせていたが、突破されたのだろうか。

 大司教が庭に出ると、目の前には大穴が空いた門があり、周囲には倒れた私兵たちが目に入る。そしてその中央には一人の女剣士が立っていた。腕が立つようには見えるが、まさかたった一人に突破されたのだろうか。他の兵士たちは外の民衆を抑えるのに手いっぱいで、彼女は今にも屋敷の中に入ろうとしていた。


「おいお前たち、奴を囲め!」


 大司教は自身の護衛に命令を出す。護衛たちはすぐに女剣士を囲もうとするが、彼女は鮮やかな動きで護衛たちを倒していく。

 それを見て大司教の額に汗がつたう。

 このままでは護衛たちも全員倒されてしまうのではないか。


 そう思った時だった。


 突然、屋敷の塀を乗り越えて一人の男が庭に入ってくる。そして女剣士に挑みかかった。謎の男は時折魔法も交えながら時に鮮やかな、時に力強い剣術で女を圧倒していく。数合打ち合った後だろうか、たまらず女は屋敷の外へと逃げていく。それを見て男は安堵しながらこちらに歩いて来る。


「大司教様、お怪我はございませんか?」

「あ、ああ。それよりおぬしは何者だ?」


 見たところ男は冒険者風の恰好をしている。まだ若いが、その姿にはなかなかの貫禄があるのできっと只者ではないのだろう。


「はい、私はグリンドと申します。一介の冒険者ですが、大司教様の身を守りにまいりました」

「そうか。見たところおぬしは腕が立つようだ。一日金貨十枚出すから屋敷を守ってくれ」


 大司教は思わずプライドをかなぐり捨てて哀願するように頼んでしまう。


「かしこまりました。私がいる限り暴徒は一歩も屋敷に入れません」


 そう言って男は恭しく頭を下げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る