セレン Ⅱ

 俺は彼女を応接室に通す。本来は一冒険者に使う部屋ではないが、聖女セレンであれば問題ないだろう。

 色々と神格化された噂も飛び交っていたが、こうして間近で向かい合って話すと聖女セレンは普通の少女であった。


 ただ容姿はずぬけていて、腰のあたりまで伸びた長くてきらきらと輝く白銀の髪、傷一つない白い肌、そしてまるで神の血を引いていると言われても納得してしまいそうな美しい顔と、どこまでも透き通りそうな碧眼であった。


「では改めて、セレンと言います」

「俺はグリンドだ。王都の教会に行ったと聞いていたが?」

「はい。私は五年前から王都の教会に勤務してそこで王国全体への神の加護を祈ったり、陛下や貴族の方などの病気を癒したりしていました」


 偉い聖女の方は普段そういう仕事をしているのか。


「しかし王都のリザイア教会ははっきり言って腐敗していました。大司教は王城で貴族たちに取り入り、政治的な地位を確立していました。ですが国の貴族たちは必ずしもリザイア神の教え通りに動いている訳ではありません。中には領民から税をしぼりとり、贅沢な暮らしを楽しんでいる者も多いです」

「やっぱりそうなのか」


 皆が皆そうという訳ではないが、庶民からするとステレオタイプな貴族のイメージはそんな感じだ。


「はい、ですが貴族たちも心のどこかでは恐れているのです。このまま豪遊ばかりしていると神の怒りに触れて死後は地獄に落ちるのではないか、と。本来はそんな貴族たちをたしなめるのが大司教の仕事なのに、あろうことか彼は免罪符というものを彼らに売り歩いたのです」

「免罪符?」


 俺は聞いたことがない言葉だった。


「神の赦しを得られるというお札です」

「そんなものがあるのか?」

「ある訳はありません。しかし大司教は貴族たちにそれを売り歩いたのです。後ろ暗いことをしていた貴族たちはこぞってそれを買いあさりました」


 セレンは静かな怒気をはらませながらそう言った。

 

「そんなことが起こっていたのか」


 俺はそれを聞いて愕然とした。一番神の教えを奉じるべき大司教が率先してそのような行為を働いていたとは。庶民の間にはよほどの大事件がない限り政治の話は入ってこないが、知らぬ間にこのようなことになっていたらしい。


「はい。さすがに私は大司教に再三やめるよう言いましたが、それを次第に大司教は煙たく思ったようです。ある日のことです。私が帰宅すると、仲が良かった神官のレーゼが蒼い顔をして待っていました。


 私が事情を尋ねると彼女は言いました、たまたま私の家に用があって来たところ、家の中で謎の侵入者と鉢合わせたらしいです。ですが何かが盗られた跡もないので不審に思って調べてみると、本棚の奥に数枚の書類がねじ込まれていました。それらは信者から不正な献金を受け取ったことが書かれているものです。


 本来はもっと見つかりにくいところに隠して、私がどうしてもいうことを聞かなければ汚職の疑いありとして捜査し、それを発見するつもりだったんでしょう。


 たまたま合鍵を渡している友人がいたので隠し方も甘くなったのでしょうが、このままここに居続けることは出来ません。やむなく彼女の手引きで脱出してきました」


「そうだったのか」


 思っていた以上に重い話で、俺はしばらく何も言えなくなってしまう。


「それで私はしばらく教会から離れようと思いました。私はこんなことのためにリザイア神を信仰している訳じゃないので」

「なるほど」


 それで王都からまあまあ離れたギルドから良さそうなところを探していたところ、俺の噂を聞いたのでここへやってきたということか。


「でも冒険者になってやっていく当てはあるのか?」

「全く。ただ、魔力には自信があります」


 セレンは少し心細そうに言った。

 確かに聖女セレンなら魔力は図抜けているだろう。


「パーティーメンバーには当てがあるのか?」

「いえ、全く」


 それを聞いて俺は頭を抱えた。聖女セレンのパーティーメンバーなど一体どうしろと言うのだろうか。いくら魔力があっても冒険者ランクはFだし、経験もない。それに聖女は魔族を滅ぼす魔法は使えても、普通の魔物を攻撃する魔法は持っていない。


 かといって普通の冒険者とパーティーを組ませるのがいいとも思えない。普通のFランク冒険者では彼女と力が釣り合わないし、かといって高ランク冒険者では経験が違い過ぎる。

 第一、セレンが有名人である以上どうしても遠慮や気遣いのようなものが出てしまうだろう。パーティー内でそういう気持ちが出てしまうのは健全な関係とは言えない。基本的にメンバー同士は対等であるべきだ。


「事情は分かった。でも依頼を受けるのは少し待ってくれないか? 少なくともパーティーメンバーがどうにかなるまでは」

「分かりました。私の方でも探してみます」

「いや、それも待ってくれ」


 俺はメリアの件を思い出す。恐らくセレンはセレンで世間知らずだろうから任せるとどうなるか分かったものではない。セレンは普通の冒険者とは違うし、出来れば変なもめごとは起こしたくない。


「分かりました」


 セレンは素直に俺の言うことに頷いた。


「住むところは大丈夫か?」

「はい、幸いある程度の財産は持ち出すことが出来たのでそこは自分で何とかします」

「分かった。じゃあそれまではこの町での生活を整える時間だと思っておいてくれ」


 こうして俺はセレンと別れた。

 セレンの姿が見えなくなると俺はため息をつく。これは前途多難だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る