退職

「今日で最後と思うと嫌な思い出しかない職場も少し名残惜しいな」


 今日は最後にやろうと思ったことがあったので早起きしてギルドに向かう。昨日遅くまで働いていたにも関わらず寝覚めは良かった。


「おはようございます」


 建物に入ると宿直登板のミラがぺこりと頭を下げる。彼女は主に受付の仕事をしている女の子だが、俺と同じようにデュークにこき使われていた。

 夜中でも急な魔物の襲撃などの事件が起こるかもしれないためギルドには宿直がいるのだが、誰もやりたがらないため彼女はいつも宿直を押し付けられている。


「おはよう。いつも宿直ご苦労だな」

「いえ。グリンドさんも昨晩は遅くまでお疲れ様でした。にしても今朝は早いですね。ちゃんと寝られましたか?」

「実は俺は今日でやめようと思う。だから最後の仕事をしていこうと思ってな」

「え!?」


 俺の言葉にミラは目を丸くして驚いた。

 が、すぐに神妙な表情に戻る。


「でも確かにそれが出来るならその方がいいのかもしれませんね。グリンドさんは仕事も出来るので別なところでもきっとやっていけますよ」

「……何か悪いな」


 別に彼女と特別仲がいいという訳ではなかったが、彼女をこんなブラックなギルドに残していくのは罪悪感がある。とはいえこれから辞める俺に何かが出来る訳ではない。


「い、いえ……」

「じゃ、俺は仕事してるから」


 そう言って俺はミラを避けるために自分の机に向かう。これからすることにミラも関係あると思われたら迷惑がかかってしまうので彼女には知られずにやってしまいたい。

 俺は他の職員が出勤してくるまでの時間でとある作業に没頭した。





「な、何だこれは!?」


 ギルマー家からやってきた使者はギルドの建物に入るなり絶叫した。

 普段たくさんの依頼が貼られているギルドの掲示板には『急募!』と書かれギルマー家の依頼ばかりが貼られている。いつもギルドの壁に貼られているのは高報酬もしくは初心者向けの依頼などおすすめの依頼が多く、ギルマー家の依頼は隅に追いやられていることが多かった。そのためそもそも冒険者たちの目に留まらないことも多かったが、今は逆に人だかりが出来ている。

 そして彼らは口々にギルマー家の依頼について話していた。


「何だこの報酬の安さは」

「この町の領主様もけち臭いんだな。大丈夫か?」

「冒険者を馬鹿にしているのか?」

「こっちは命がけで戦ってるんだぞ!」


 依頼の前に集まった冒険者たちは多かったが、反応はおおむね悪かった。町で一番金を持っていると思われるギルマー家が低報酬で依頼を募っているのだから当然と言えば当然であるが、その光景を見た使者は激昂した。ギルマー家にとって報酬が安かろうが、領主の出す依頼である以上冒険者たちは謹んで受けるべきであった。


「誰だこんなことをしたのは!」


 すると激昂する彼の前に昨日応対した職員の男が進み出た。


「何ということをしてくれたんだ!」

「昨日、ギルマー家の依頼をもっと冒険者に受注して欲しいとのことを承ったので、でかでかと貼り出しました」


 男は澄ました顔で答える。


「そういう意味ではない! 冒険者にもっと我が家の依頼を勧めろと言っているのだ! これでは笑いものではないか!」


 笑いものにされているのは完全に報酬の設定のせいなのだが、使者はそんなことはお構いなしだった。


「ですから報酬を上げてはどうかとおすすめしたのですが……」

「もういい、ギルド長を出せ! お前では話にならん!」


「申し訳ありません! 申し訳ありません!」


 そこへ使者が言い終わらぬうちに汗をかきながらギルド長がこちらへ走ってくる。

 それを見て使者はもう一度眉を吊り上げる。


「一体何をやっているんだお前は! こんなことしてタダで済むと思っているのか!?」

「申し訳ありません、この者はすぐクビにしておきますので……」

「こんな木っ端職員のクビで済むと思っているのか! ふざけるな! お前たちは我が家の顔に泥を塗ったんだぞ!?」

「申し訳ございません!」


 その後使者はずっとデュークを怒鳴り続けたが、普段は横柄な態度をとるデュークが衆目の前で罵倒されることを見て冒険者や末端ギルド職員たちは密かに留飲を下げたという。

 が、使者も怒鳴るだけではどうにもならないと悟ったのか、やがて壁の貼り紙を全て剥がさせて帰っていった。


 俺はそんな光景を横目で見ながらひっそりとギルドを後にした。

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