7通目 街を見てまわりました。3day

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 2*?*年#月#日

 とある主婦が言った

「結局、なるべくいつも通りの日常を送る努力をするぐらいしか、やることがなかったのよ…」____________________________________________________________________________


 陸はいつも通り起きた。

 朝の身支度が終わるとレターと食料を抱えて部屋から出た。

 玄関前のリビングに行くと壱区長が座って朝食をとっていた。陸は壱区長に挨拶をした。

「お食事中すみません。昨日は泊まらせいただき、ありがとうございます」

 その言葉に区長は柔らかい笑顔を浮かべた。

「どういたしまして。それでは発電所の場所についてですが…」

「あ!配置は、俺の地区と変わらないので、大丈夫です」

 場所を説明しようとした区長に陸は言った。

「あ…なるほど。地区の配置は、どこも変わらないのでしたね……では、発電所の職員に搬入口のドアを開けとくように連絡を入れておきます」

 そう言って、壱区長は立ち上がり陸の手を握った。

「貴方の旅の無事を祈っております」

 陸は落ち着いただと思った。もしかしたら、地区86の区長とは違い、あまりこの仕事について興味がないのかもしれないと感じた。

「ありがとうございます」

 陸は礼を言って、地区81の壱区長の家を出た。

 家の前に止めてる浮遊バイクに乗った。

 陸は見慣れた地区の光景を眺めながらバイクで移動する。

 風車の森をぬけ、発電所に着く。壱区長の連絡通りに、陸が発電所の扉の前に行くとすぐに開いた。放射能の消毒をしたあとに室内に入ると、職員が迎えた。そこの職員は陸と同じぐらいの青年だった。

「俺は九九くくって言います。よろしくお願いします」

 柔和な笑顔に、陸も軽い自己紹介でかえした。

「この先の海はどうするつもりですか?昔は橋があったと言われますが…おそらく…今はないと思います」

「浮遊バイクなら、海の上も走れるとレターから聞いて…あ、レターっていうのは運んでるこのロボットのことなんだけど」

 九九にレターを紹介する。九九は、珍しそうにレターを眺めた。

「へぇー海の上を走れるのは知らなかった!それにロボットに識別番号以外の名前ってあるんですね」

「言われてみれば…そう…だな」

 九九の素朴な感想に陸は静かに納得した。レターにそこのところを問いかけてみたいとも思ったが、理由は知らないと言われそうと思った。

 会話が途切れた時に陸は、ふと気になって九九に聞いてみた。

「あの、九九さんは電気の神様って信じてる?」

 その言葉に、九九は驚いた顔をしたあと

「信じてますよ。えぇ…だって、ここは人類の最後の砦ですからね」

 とにやりと笑って答えた。

「あはは…俺の地区の発電所の職員もそう言ってる」

「…発電所の職員はみんな…そう思ってるかもしれません…貴方の地区の職員に会って話してみたいですね」

「気が合うと思います」

 陸はそう言った。

 充電が完了し、陸は九九にお礼を言って、地区81を出発した。

 

 陸は地区81を出発して走らせるて、時間ほどで海に着いた。

「海って広いよな」

 水葬で使う青い澄んだ色とは違い、くすんだ灰色をしていた。海面が複雑に蠢いている様子は陸の不安を煽る。まるで生きているようだ。

「…どのくらい量があるんだ…この水…」

「一説によると約13億キロ立方メートルと言われてます」

「数字が大きすぎて、もう想像できないな」

 陸はしばらく眺める。水の上でも走れると言っていたが、不安に感じていた。海の向こう側の陸は見えている。陸はごくりと唾を飲んだ。意を決して、海の上を進む。海面の上を白い波をたたせながら浮遊バイクはゆっくり進んだ。浮いたことに陸はほっとしつつ、緊張をほぐすためにレターに話しかける。

「海は塩水で…しょっぱいと聞いた」

「海水は塩化ナトリウムが70%以上ですから」

 いまいちよくわからないレターの言葉。

「しょっぱいってどんな感じなんだ?」

「汗の味ですよ」

「あー…そっか」

 ほんの700メートルの距離。そんな会話をしていたらあっという間に向こう岸についた。陸は地面に足を降ろし、ほっと息を吐いた。

「緊張した…」

「陸はよく不安を感じていますね?初めては緊張しますか?」

 当たり前のことを聞いてくるレター。

「そりゃ…水の上なんて走ったことないからな。緊張した。」

「では、安心してください。この先、海を渡ることはありません。あとはずっと陸路です」

「そうか…でも帰りはここを渡らなきゃいけないんだよな…って考えれば…荷物届けた後って俺、1人で帰るのか…」

「そうですね。帰りは大丈夫でしょうか?」

「あー1度通った道はわかる。大丈夫だ。心配してくれてありがとうな」

 そう言って、陸は後ろをちょっと向いて、レターをポンポンと軽く叩いた。


【地区74付近の廃墟】

 崩壊した街に着いた。今は放棄され、誰も住んでいない。その街は、いままでの街と違って、建物の損壊が少なかった。年月による老朽化はあったが、まだ誰かが住んでいそうな雰囲気だった。

 陸は慣れないせいもあって疲れていた。バイクが地面に着くと、疲労にうめき声がもれた。

「うーん…ほんとはもうちょっと先にすすみたかったが…今日はこの辺で…テントだな…無理は禁物だ…」

 陸は、疲れた声でそう言った。

「その方が賢明だと思います。人が住んでいる地区はまだ遠いですから」

「そっか…」

 その言葉に、陸はさらに疲れを感じた。

「地区81で充電してるので、ぎりぎり次の地区まで持つと思います」

「…ま、そうじゃないと困る。とりあえず、テントを出すか」

 開けた場所があったので、陸はバイクを止めた。食料を下ろし、テントを起動させた。テントの中に荷物を置いて、陸は再びテントの外に立った。周囲はまだ明るい。寝るには早い時間だ。

「疲れてるけど、こんな機会めったにないし、ちょっと街のなか探検…するか」

 休むと決めたら急に、陸は不思議と気力がわいてきたようだ。

 崩壊前の街を探検するのも良いだろうと考えているようだ。

「そうですね。賛成です。行きましょう」

「…レターも来るのか?」

 陸はバイクに乗っているレターを覗き込む。

「私を連れて行った方が賢明だと思います」

 その言葉に、一瞬考えたが陸も納得し。

「よし!わかった…!」

 陸はレターを両手で抱えて持っていくことにした。

 レターの重さは10キロほどだ。正直、ずっと抱えて歩くには疲れる重さだ。

「なにか…レターを入れて運べるものをもってくればよかったな…」

 と言いながら、誰も住んでいない街の観光に1人とロボットは出かけた。


 道路や建物は雨風、放射能で荒れ果てていたが、ガラス越しから見える室内は荒れてなく綺麗に見えた。くすんでいるが、派手な色の看板が目立つ通りだ。赤いランプを点滅させてレターが言った。

「この辺りは商業施設が多い通りみたいですね」

「ふーん…ここはほんとにあまり建物の損壊が少ないんだな」

 まだ形を綺麗に残してある建物が並んでいた。

「この辺りは、核爆弾で滅んだというよりは、放射能で亡くなった人たちが多かったと思います…人が住まなくなって何回か、台風やその他の災害があって、放置されたままなので、建物が崩壊してるところもありますが…」

 レターはレンズから白いレーザーを出しながら、周囲を認識している。

「陸、少し建物の中に入りませんか?」

「……危なくないか?」

 その提案に陸は驚いた。建物の中に入る気はなかったからだ。

「確認します」

「できるのか?」

「えぇ…危険がないかどうかわかります」

「すげー」

 そう言って、レターはレーザーで建物全体をチェックした。

「陸が中で暴れないかぎりは倒壊の恐れはありません」

「わかった…じゃあ、さっそくスキャンしたこの建物に入るか…よっと…お邪魔します」

 陸は片手でレターを抱え、空いた片手で自動ドアをこじ開けて中に入った。すぐに建物の室内が広がっている。

「あれ?消毒するスペースないんだな…」

「陸が住んでいる建物の構造は崩壊後に作られたものです。崩壊前は放射能の消毒をする必要がなかったんです」

「へー…そうなんだ」

 適当に入った建物の中は、そこまで荒れ果ててなく綺麗だった。いくつもの棚が並んであった。棚の中には何も入っていない。陸は床に一つだけ落ちていた箱を拾い、パッケージを見るが何が書いてあるか読めなかった。

「レターこれがなにかわかるか?」

 レターは赤いランプから光のレーザーが箱の表面をなぞる。

「薬ですね。どうやらこの店は、ドラッグストアのようですね」

「どらっぐすとあ…?ってどんな店なんだ?」

「昔は体調が悪くなったりすると、薬を飲んで治していたんです。ここはお金…対価を払えば薬を買える場所です」

「あぁ…そうか…そういえば崩壊前はナノマシンを体に入れてなかったんだっけ。基本的にナノマシンが体調を管理してるから病気しないからな」

「崩壊前後は実験段階ではあったんですか…一般的ではなかった。昔の人は、今のようにナノマシンが体のメンテナンスをするということはなく、体の症状に合わせて薬で体調を調整していました。この空の棚には薬がたくさん入っていたのですよ」

「薬ってたくさん…あったんだな」

 陸は空の棚を興味深そうに眺める。拾った薬の箱をそっと戻した。陸には不要なものだと感じた。

「陸。この店に情報端末の機器ありませんか?」

「え…ちょっと待ってくれ」

 陸は入り口付近の机を見るとタブレット式の端末が置いてあった。

「あったけど…どうするんだ」

 レターの機械の一部が小さく開き、細い線が出てきた。

「これを、差し込んでもらっていいですか?」

「わかった…こうか?」

 陸が機器の差し込み口にかちりと差し込むと、タブレットの電源が入った。画面が光る。

「なにしてるんだ?」

「…この街の地図を入手しました」

 赤いランプをカチカチと音をたてている。

「陸。もう外してもらって結構です。これでだいたいの街の構造がわかりました」

「おお…!っていってもなぁ…行きたいところって特にないしなぁ」

 適当に見て終わる予定だったが、なんだか本格的な探索が始まりそうだと陸は思った。

「日没まで時間あります。行きたいところが見つかれば案内しますし、特に目的もなく、ウロウロするのも良いと思います」

 そんなことを言われると、ただウロウロするのがもったいないような気がした。とりあえず、陸は店から出た。そのときレターを入れて運ぶのにちょうど良いものを見つけた。それは買い物に使う籠がついているカートだ。

「お!ちょうどいいや。レターをこれにいれて運ぶか」

「これは、買い物用のカートですね。昔はこれに商品を入れていたんですよ」

 レターを籠に入れてガラガラと押す。誰もいない空虚な街に音が響いていた。

「揺れますが、落とされるよりはいいですね」

 とレターが乗り心地の感想を言った。

「ほんとに誰もいないんだな。誰か住んでそうな感じなのに」

 立ち並んでる建物は、色あせているが陸が住んでいる地区より華やかに見えた。

「えぇ…誰もいません。ここで人間が生きていくのは不可能です」

 改めて言うと不思議な気分になる。放射能があるとはいえ目に見る限りなにも問題ない景色にみえる。防護スーツがないと、人間は数日もしないうちに死んでしまう。

「そうか…あ…行きたいところ…そういえば、昔は紙の本がたくさんあったって読んだけど…ほんとう?」

「紙の本。そうですね。貴重になりましたが…一般市民でも読める施設。図書館が…この街にもありますね。歩いて10分程です。案内しましょう」

「としょかん…?」

 陸は聞き慣れない言葉に反応する。

「無料で本を読めるところです」

「おぉ…!そこに行きたい。よろしく~」

「ただ…誰も管理されていない状態が長いので、読める本があるかわからないですよ。本がなくてもがっかりしないでくださいね」

「了解ー」

 ガラガラとレターが言う通りに道を歩く。道路の脇には何台もバイクよりも大きな運送機械やロボットが置いてある。時には、道路の真ん中でぶつかって壊れたままの物もあった。

「この機械…道に綺麗に並んでるな…」

「これは車ですね。これらの車は電気で動いていました。崩壊直後は電気が供給されなくなったので…動かなくなる前に脇に止めたのでしょう」

「へー…」

 陸がなんとなく、車の中を覗き込むと運転席に人が座っていた。陸は思わず、息を飲む。よく見るとだ。すぐに目をそらして、歩きだした。下を向いて歩くと、ところどころ、の残骸を見つけてしまった。陸はなるべく考えないように顔を上げて歩いた。


 図書館へ行く途中妙に赤いものが見えた。

「レター、これはなんだ?」

「これは郵便ポストですね。昔はこの郵便ポストに手紙を入れて、それを郵便局員が取りに来て配達してたんですよ」

「へー、じゃあ俺の大先輩たちが使っていたのか」

「そうなりますね」

 陸はぐるりとポストを一周する。郵便ポストの扉が空いていた。中を覗いてみると手紙が何通か入っていた。陸は手を伸ばしてその中の一通を手にとってみた。雨風でその手紙はデコボコに汚れていた。

「…なにも書いてないな」

「多分、書いてあったんでしょうけど、雨で消えてしまったんでしょう」

「そうか」

 陸は手紙を再び、ポストに戻して図書館に向かって歩き出した。


「ここが図書館です」

「大きいな」

 一時、歩いた先にひときわ立派な建物があった。扉を開けて中に入る。少し離れたところに本棚がいくつも並んでいるのが見えた。棚の中はところどころ空いているが、本がつまっていた。陸は、急ぎ足でカートを押しながら本棚に駆け寄る。

 陸はまたドキリとした。本棚の奥のカウンターに人間が上体をうつ伏せにして座っていたからだ。その人間はすでに白骨化していた。もともとは白かったであろう、茶色にくすんだシャツを着ていた。机の上には読みかけの本が開いた状態で置いてあった。骸骨の空洞の目はそれを読んでいるようだった。

「…死ぬときまで、ここで本を読んでいたのかな…」

「放射能は数日かけて、死にいたるものですから」

 カウンターの上にある薬の箱をさして、陸が聞いてきた。

「…治そうとしていたのか…?」

「いいえ…これは毒薬です」

 その言葉は聞いたことがあった。

「ど、毒薬…って」

「飲めば死ぬ薬です」

 レターに改めて言われて、陸は愕然とした。

「なんで…」

「長く苦しんで死ぬのは…苦しいですから」

 その言葉に陸は首の後ろがチリチリと熱くなった。死ぬ。生きているうちに、自分の生を終わらせる。そう考えるだけで、怖くてたまらなくなった。

「なぁ…それって生きたまま水葬場に落ちるってことと一緒だろ?怖くないのか…?俺は怖いよ…」

「そうですね…この人がどういう気持ちだったかはわかりません。でも本能に抗えないと思いますので…やはり飲むときは怖かったと思いますよ。怖いでしょうが数日苦しむより短い時間で終わらせた方がよかったのでしょう」

 そのレターの言葉に、陸は口の中が渇くのを感じた。

「…考えてみれば、習った歴史は崩壊した理由と、今の社会制度だけで…その間をつなぐ…人はどうなったんだろうって考えたことなかったな…いや、考えないようにしていた。だって、考えたくないよ」

 偽りのない気持ちだ。そこには凄惨な事実しかないからだ。誰だって見たくない。考えたくない。自分の死について考えたくないように。

 陸は目の前の死体から目を背けるように、薄暗い室内を見回す。棚には本がつまっていた。

「レター…ここにある全てが…紙で出来てるんだよな」

「本ですからね。保存状態も良いですね。壁や窓が壊れていないのが幸いしましたね。十分読めますね」

 その言葉を聞きながら、陸は棚にある本を手に取った。開いて、紙をぱらりとめくる。

「…これが本…!」

 陸は感動で震える手でめくるが…

「よ、読めない…」

 陸には奇妙な記号の羅列が躍っていた。

「日本語で書かれていますからね」

「日本語…?崩壊前の言葉だっけ…?あぁ…読みたかった…」

「陸も読める本、ここにあると思います。ちょっと、棚の本を私に見せてください」

 そう言われて、一階にある本棚を満遍なくレターに見せてまわった。

「陸。ここの棚は貴方に読めますよ。英語で書いてありますから」

 そう言われて、陸は本を取って中を読んでみる。

「本当だ!読める…」

 陸が取った本は、絵がたくさん描いてあるものだった。ついつい欲を出して他の本を引っ張り出す。何かの物語の本、論文、図鑑…夢中になって眺める。

「…これ一冊ぐらい持ってかえっちゃダメかな」

「良いと思いますよ。ただ、紙の本は水や湿気に弱いので消毒室を通ったあとは、読めるかどうか…」

「しかも、ページ一枚一枚するわけにはいかないから、放射能まみれか。スーツ着ながらじゃないと読めないのか…」

 陸は思案しながら、持っていく本を一つ選んだ。

 タイトルは『そして、誰もいなくなった』と書いてあった。少し読んだけど面白そうだと思ったからだ。

 出る時に、カウンターに座っている人を見た。確かに濃厚な死を感じた。生きていた。毒薬を飲み、最後まで本を読んだ人。確かに生きていたんだ。

「あの…この本もらいます…失礼しました」

 何故かそんな言葉が付いて出た。陸は少しの罪悪を感じながら、きっちりと入り口を閉めた。図書館は再び静寂に包まれるだろう。


 建物から出たあと、陸がぶらぶらとあてもなく歩くとレターが

「ここは住宅街ですね」

「住宅街…ここが」

「そうです」

 辺りを見回すと、いろんな形の建物があった。

「レター、この建物って入れるか?」

「確認しますね…大丈夫です」

「ありがとう」

 つい心惹かれて、陸はなんとなく途中にあった建物に入ってみた。玄関は開いていた。カートは入れなさそうだったので、レターを手に抱えて入った。窓が割れて中は図書館よりも荒れて、朽ちていた。

 いくつかの部屋を開けていくと、寝室と思われる部屋に行きついた。

 その部屋にあるベッドの上で白骨化した骨が二人、横わたっていた。空はドキリとして、息を飲んだ。その光景は怖いはずなのに、目が惹きつけられる。

「…ここで亡くなったんだな…。…夫婦だったのかな」

「家族だったんでしょう…二人の間に、赤ん坊がいます」

 その言葉に驚き、二人の間をよく見ると小さな骨があった。

「…この人たちは…毒薬を飲んだのかな」

「…綺麗にベッドに寝てますから、可能性は高いです」

 生き残る人数は限られていた。そのことは陸は読んで知っている。どういった条件で選んだのかは詳しくは書かれていない。もしかしたら、区長レベルになればわかるかもしれないが。…崩壊前のこの家族は選ばれなかったのだろうか…だから、毒薬の死を選んだ。

 この街の規模。瓦礫の山。そして、陸が住んでいる地区。

 それらの規模を考えれば生き残る人数はどれだけ限られていたか…少し考えれば死んだ人間の方が多い。皆が皆、納得して死を受け入れたのだろうか。なんてことを考えたことはなかった。

「…知っていたということと実際見るのとは違うな…俺はわかっていなかった」

 ベッドに寝ている家族を見た。確かに生きていたんだんと思った。この家族は最後、どんな会話をしたんだろうか。寝室を見回すと、机の上に本があった。それをめくるとなにか文字が書いてあった。

「なぁ…レター、これなんて書いてあるんだ?」

 妙に崩れてある文字だ。

「これは日記ですね。たぶんそこのベッドで寝ている方が書いたんでしょう」

「…崩れてて面白いな」

「昔は、手で書いてましたからね」

「…なんて書いてあるか、読んでくれないか?」

「いいですよ」=====================================================

 2101年12月18日

 大きな町や都市は窪みしか残っていないと噂で聞いた。情報はラジオしかない。テレビも映らない。食料もなんとかここの地区で供給しているが…日々、品不足になっているのを感じる。政府は、県は、街は一体何をしているんだ。俺達は子供が生まれたばかりなんだぞ!くっそ…今後どうなるんだ…


 2101年12月20日

 嫌な噂を聞いた。放射能が風にのって流れてきているとのことだ。そんなことがあるのか?正直信じたくない。それじゃあ、俺達どうなるんだ?避難所の案内はないのかと思い、役場や近所の人に聞くが放射能から守るような装備はないし、施設もないという…じゃあ、どうしろって言うんだ…それじゃあ、死ぬのを待つしかないってことじゃあないか


 2101年12月24日

 吐き気が止まらない。


 2101年12月25日

 薬局に行ったら、薬が大量に置いてあった。店員はいない。

 これが行政のすることなのか…と怒りを感じた。怒鳴ろうがわめこうが、誰も何も言わない。

 妻と話して、薬を飲むことにした。今日はクリスマスだ。この子の人生最後のプレゼントがこれなのかと思うと涙が止まらなかった。


 何が悪かったんだろう

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 最後のページをレターが読み上げた。

「陸。このページは読み終わりました。その前のページをめくってもらえますか?」

「いや…もういい。ありがとう」

 陸は日記を机の上に置いた。再びベッドの上を見た。

「すみません…その、勝手にお邪魔しました。…、…おやすみなさい」

 そっと部屋を出た。眠りを覚まさないように。

 陸はそのままテントまで戻ることにした。車の中で座ったままの死体。家のベッドの上。図書館のカウンター。みんな思い思いの場所に座ったり、倒れていた。最後の時に何を思い、何を見つめていたんだろうと思った。

 買い物カートをテントの前に止めた。本は浮遊バイクのコンテナに直した。レターを抱えてテントに入り消毒する。

「……見ないふりをしていた」

 ぽつりと出てきた言葉はそれだった。

「俺はずっとこの事を知っていたけど、深く理解しようとしなかった。恐ろしいから。それは、放射能で滅んでいく時代を生きた人達も同じだったんだなと思った。怖いから見ないふりをして…でも、時間は待ってくれなくて…」

「それは、この光景を見たうえでの感想ですか?」

「あぁ…俺は今の生活に不満はない。幸せって…感じてる。優しい両親に、自分にあった仕事。気の合う人達…。放射能は怖いけど、それさえ気を付ければ…今の生活以上に何も望まない。ただ…俺の生きているこの世界になるまでに、こんなに人が死んだのかということを理解していなかった」

 陸は座りながら、ドライフードを食べた。気分が沈み、少し残してしまった。

「JA区の大飢饉はひどかった。…ほとんどの食料を外部から輸入していたこの国は…自国の人間を支えられなかった。その結果、大量の餓死者を出しました」

 レターが言った。陸はテントの天井を見つめた。

「餓死って苦しいのか?」

「えぇ…想像できないほどの苦しみと聞いてます」

「…人口って今みたいに制御できなかったのかな…そうすれば、飢餓も戦争も起きなかったんじゃないか」

 陸はコウノトリを思い出す。

「それは無理だったと思います。…豊かな国は子供の出産率が下がります。地球全体でみれば人口は増え続けているのですが、一部の豊かな国では人口は減少していたんですよ。だから、逆に人口を増やす対策をしていました」

 その内容に陸は理解できなかった。

「えー?逆に人口を増やしていたのか…?崩壊前は…人類としての単位でみてなかったってことか?…一つにまとまるってそんなに難しいことなのかな…」

「…それは簡単な話ではありません。言葉が違う。文化が違う。国が違う。人種が違う。宗教が違う。思想が違う。その理由だけで人間は憎むには十分だったのです」

「ふーん…違うってそんなに難しいことなのか…今はもう一つになった世界では、わからないな」

「一つにまとめ、それを継続すること自体が…とても、とても難しいことなんですよ」

「そうなのか。いまのこの状況が…もしかして、ありえないのか?」

「それを可能にしているのは、皮肉にもこの放射能だと思います。1人では生きられないからできるのです。昔は暖かい大地に青い空。ひとりて生きようと思えば、生きられた世界だったんですよ。電気がなくても、火を使い、道具を使い人類は生きてきた」

「電気がなくても…」

 今は言葉は一つ。宗教も一つ。人類という種族が一つ。前は違った。

 住んでいる人は違うが、建物や地区の構造は

 同じドーム型の家にぴっちりとしたスーツをきている。何も変わらない。そう思うと不思議な気分になる。きっと同じようにこの味がしないドライフードをかじっているのだ。灰色の空と凍える大地で。そう思うと胸にある孤独が少しだけ癒された。


 陸の脳内で電脳通話の呼び出し音がなった。この感じは…

「七さんだ…!」

 陸はなんとなく起き上がり、正座をしてから通話にでた。

「もしもし?七さんですか?」

「はーい。陸くん、元気してるかなって思って通話しちゃった」

 陽気な声音に陸は少しほっとした。

「ええと…一応、元気にしてます。今日はちょっと疲れたので、早めに移動を切り上げて、崩壊前の街中を見て回ったりしたんですよ」

「え…それって危なくない?」

「建物に入る前にちゃんと大丈夫か確認してから入ったので大丈夫です」

「ふーん…そうなんだ…ところで陸くんが運んでる荷物、黒いロボットって聞いたけど…どう?どんなロボットなの?」

 どうやら七はレターについて知的好奇心が刺激されたらしい。ワクワクと浮き足だっている感情が伝わってきた。

「そうですね…とりあえず、電源を入れたら喋りました」

「あー確か、そのロボットが案内するのよね?」

「アンドロイドみたいに話します」

「それ…ほんと?ねぇ…ちょっとロボットにおしゃべりさせてよ」

 そう言われ、レターの方を見た。陸が聞いた音を七と共有した。

「レターちょっと、話してみてくれないか?」

「いまは話したくありません。気分ではないのです」

 と断られた。

「ぶっふー…ホントに機械なの?信じられない!」

 七が通話越しで笑っている。

「実は機械じゃなくて、人間の脳みそが入っているんじゃないか疑惑があるんです。すぐレター本人に否定されました」

 冗談で言うと、結構真面目に受け取った感情が伝わってきて陸は戸惑った。

「ふーん。そうだったら、面白いわね。ちょっと地区10に着くまで私もそのロボットの役割について予想してみようかしら…ねぇ、さっき陸くんはそのロボットのこと“レター”と読んだけど、それってロボットがそう名乗ったの?」

「そうですけど…」

「じゃあ、今のところそれが最大のヒントね。レターって手紙っていう意味よね…あら、陸くんは郵便局員で…なんだか崩壊前の郵便屋さんみたいね」

 楽しそうに考察する七の声を聞く。まだまだ話をしていたいと思ったが、陸の脳が熱を持ち始めていた。

「七さん…すみません。俺の方がちょっと限界で」

「あら…そうなの?じゃあ、明日の夜、通話かけるわね。それまでに私の考えを整理しとくわ。それじゃあ、おやすみ」

「おやすみなさい。七さん」

 そう言って、通話を切って陸は倒れこんだ。

「さすが、研究者の七さん…機械を何体も動かすだけあって、脳のスペックが違うなー」

 熱を持った額をテントの床に押し付けた。

 体が重い。

「…ちょっと健康チェックしてみるか…」

 左手の甲のパネルを操作して、チェックする。防護スーツに光る線が走った。ピッとなった表示を見て陸は呟く

「疲労か…それじゃあ、ちょっとナノマシンを活性化させてから寝よう」

 こめかみを叩き、ナノマシン活性化の指示を出す。これで、明日も万全の体調になっているはずだ。

「じゃあ、レターおやすみ」

「おやすみなさい。陸」


※注釈

 2101年:今の社会の仕組みが作られ始めた年。多くの罵声・批難を浴びながら決行したのは最後のアフリカ大統領カーチレ。カーチレ自身も移行時に放射能で亡くなっている。


 毒薬:それは慈悲だったのだろうか?政府が選ばれなかった市民にできる唯一のことだったと記録している。

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