第18話 言いたいことは伝えられましたか?
「なんで庄野さん有名人と知り合いなんだよ」
「嘘じゃないの? あの人適当だから」
庄野が有名人と知り合いだということで、遅番の連中は大喜びだった。しまいには、『自分が街で見かけた芸能人』の話になっていった。
彼らは話題を突きつめるということができない。
「でもさ、庄野さんっていったい何者なんだ」
足は無駄に早いし、キレたときの眼光は殺し屋みたいで。皆目見当がつかない。なのにいつも寝癖をつけてだるそうにレジに立っているだけだ。
「まあ、奇人だな」
吉行がいった。
「関わらない方がいいってこと」
どたどたと階段をあがってくる音が聞こえた。
「島尾くん、きて」
小島が息を切らせながらいう。
「なに?」
「とにかく、下、下」
さっき慌ててやってきたというのに、静かに静かに、と手に指を当てながら、小島は島尾を階下へ連れていった。
アヤの写真集の前に、女の子が立っていた。帽子を目深に被り、メガネとマスクをしている。彼女はアヤのパネルの周りに貼ってある夥しい数の付箋を読んでいるようだった。
すぐにわかった。
島尾は彼女を階段から、しばらくじっと、見ていた。
視線に気づいたのだろうか。
彼女は島尾のほうを向いた。
「お客さま」
レジから庄野がでてきて、彼女に話しかけた。
「これ、彼が作ったんです」
そういって島尾を顎で示した。
彼女はお辞儀をした。
いつも島尾を迎えてくれたときの、満面の笑顔ではない。少々怯え気味だった。
店にいる人間のなかで、彼女だけに照明が当たっているみたいに、島尾には見えた。自分が好きだから、そういうふうに感じるだけなのかもしれない。
「お願いがあるんですけど」
彼女は庄野のほうを向いていった。
「はい」
「写真撮っちゃだめですか?」
「いいですよ」
彼女がスマホを取りだし、何枚かシャッターを鳴らした。
「もしよかったら、一緒に写真、撮りませんか」
庄野がいった。
彼女は意味がわからなかったらしく、顔を傾げた。
「このパネルと」
そういわれ、彼女は少し黙り、そしておそるおそる、
「お願いします」といった。
「島尾くん、撮ってさしあげて」
そういって彼女は島尾にスマホを渡した。そんな無防備に人にスマホなんて渡しちゃだめだよ、と島尾は忠告したかった。いかん、説教厨になってしまう
写メ会と同じくらい短く、さっさと写真は撮り終わり、彼女は深く頭を下げ、店からでていった。
「島尾くん、なにかいわなくていいの?」
小島が寄ってきて、いった。
「こんな機会、めったにないことじゃない?」
「大丈夫、伝えたいことは全部ここに書いてあるから」
島尾はいった。
翌日、牧村綾のグループ脱退が発表された。お芝居の勉強をこれからしていきたい、と前向きな言葉があった。
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