第16話 これがきみらの本気でしょうか?

「あんたたちなにしてんの」

 声に起こされた。島尾は事務所のテーブルに突っ伏していた。

 阿川が立っていた。

「まさか、ここで寝てたの?」

 阿川があたりを見渡す。吉行が床に寝っ転がっているし、小島が段ボールを敷布団にして縮こまっていた。

「すみません……」

 島尾は目を擦りながら謝った。時計を見ると朝八時だ。

「仕事が終わったらすぐに帰りなさい、まったく」

 そういって阿川はコートを脱ぎ、エプロンを着だした。

「ゲームしてたんじゃないでしょうね」

「違います」

「なにしていたのよ」

「それは……ですね」

 庄野を探したが、事務所にはいない。

 テーブルにメモがあるのを見つけた。

『庄野、帰って寝ます』

 朝番に説明してくれないんかい……。島尾はメモを握りつぶした。

「新刊あけなくちゃいけないんだから、邪魔よ。さっさと帰りなさい。なんなら手伝ってくれてもいいわよ」

 そういって阿川が事務所から出ていった瞬間、ぎゃあ、という悲鳴が聞こえた。

 島尾は事務所を飛びだした。

「なにかありましたか?」

 尻もちをついている阿川の先に、うつ伏せになって倒れている遠藤がいた。

「なんなのよあんたたち……」

 阿川がわなわなと震えている。

「すみません、すぐ帰ります」

 島尾は遠藤を無理やり起こした。

「おはようございまーす」

 声が聞こえた。

「ちょっとなにが起きてるんですか、事件ですか?」

 朝番の安岡だった。自分とは関係のない問題を楽しんでいるらしい。

「バカが店でどんちゃん騒ぎしてたの」

 歯軋りする阿川の顔を島尾は見ることができなかった。

「ちゃんと説明しなさい」

「実は……」

 島尾は目の前で鬼の形相となっている阿川の顔から逃げるように、下を向いた。

「はやっすー」

 吉行が目を擦りながらやってきた。

 阿川が吉行を睨みつける。

「いやあ、ちょっと本気だしちゃいました」

 吉行はまるで、手柄をあげた、といったふうだった。

「本気?」

「ええ、これでめちゃくちゃ大ヒット間違いなしですよ」

 ぞろぞろと一同は一階へ降りていった。

「なにこれ……」

 アヤの写真集の前に、ポスターを拡大し作った等身大パネルがあった。そして、まるで文化祭だか子供のお誕生会のようにペーパーフラワーがあしらわれ、でかでかと『アヤちゃん写真集発売中』と書かれている。

「この付箋なによ」

 アヤの周りには、『かわいい』『演技がうまい』『表情が豊か』といった言葉が書かれた付箋が貼られていた。

「お客さんに、アヤのこと知ってもらおうと思って、百個アヤちゃんのいいとこを書きました」

「調子に乗って百八、煩悩の数だけ書いたけどね」

腕を組んで偉そうに吉行がのたまう。

「しまいにはさすがになにも思いつかなくって、『ほっこりする』とか思ってもみないこと書いちゃったけど」

 褒め言葉を捻りだすために、何年ぶりかに辞書を捲った、といった。

「誰の許可を得てこんなことしたの……」

 カオスなコーナーを前に、阿川がいった。

「それは……」

 握っていた庄野の置き手紙を開いた。文章に続きがあった。

『朝番には僕が指示したというように。』

「あの……」

「やだ、すごいじゃない」

 声に皆が振り向く。

 安岡だ。謎のコーナーにスマホを向け、ぱしゃ、と撮影した。

「このくらいアクの強い飾りしたら、話題になるんじゃないですか」

主婦の安岡が、意外にも好反応を示した。

阿川は、写真集の飾りつけをまじまじと見た。

「やばいファンがいる店、って話題になるかもしれませんよ。SNSにあげたの?」

 安岡が遅番連中にいう。

「まだ、です」

 島尾が答えた。

「あなたたち、爪が甘いでしょう。せっかく頑張ったんだから、ネットで自慢しなさいよ。オープンしたら全員投稿して。やばいとかキモいとか書いて」

「キモくねえし」

 吉行が口を尖らせる。

「気持ち悪いから、これ。いい意味で」

 安岡は引かなかった。「いい意味で」と付け加えれば、なんだってチャラになるとでも思っているのだろうか。

「これで売れなかったら、速攻外すわよ」

 阿川は狂気のパネルを睨みつけながら、いった。

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