第14話 いったいどこが好きなんですか?

「なにがいいんだ?」

 突然、庄野がいった。

「なにがって、めちゃくちゃ可愛いじゃないですか」

「可愛い以外に何がいいんだよ」

 可愛いのは認める、でも可愛いくらいじゃ人は金を払わないだろう。庄野はいつものまじめくさった顔だ。

 島尾はまるで説教をされているみたいな気分だった。

「え? いま僕、怒られてますか?」

 まるでわからない。

「きみがあの子をいいと思っているところは可愛いとか胸がおっきいとかだけじゃないだろ。前に僕にいってたみたいなことがあるから、いいんだろう」

 前になにを庄野にいったのか、島尾は覚えちゃいなかったが、

「そうですけど」と答えた。

「だったらそれをきちんと伝えなくちゃわからんだろ。興味を持ってもらえないだろ。そもそもパッと見だけなら世の中には可愛い子なんてゴキブリくらいいるだろ」

「ゴキブリって」

「ゴキブリはだいたいどれ見たってゴキブリだろ。興味のない奴からすれば、人だってよくいる同じもんだ。まあゴキブリよりは違いはわかるかもしれないけれど。きみだって、そこらへんによくいるボンクラな大学生だ。以上でも以下でもない。これはきみの自尊心を傷つけるためにいっているわけじゃない。きみはお客さんをお客さんとしか見ていないだろうし、僕のこともよくいるおっさんとしか思っちゃいないだろう」

 よくいるなどとは思っていない。どっちかといえばなかなかいない、希少種だと思っている。しかしそう返すのを島尾はためらい、庄野の話の続きを聞いた。

「本屋ってのはなにを売っていると思う?」

 突然の話の変化に島尾は顔をしかめた。

 この人も話をコロコロ変える。

「そりゃ、本でしょ、あと文房具」

「人間に一番必要なものを売っているんだ」

「はあ?」

「色々なジャンルの本がある。漫画も料理も占いも世界情勢も金儲けの仕方だって、そのときに人が興味を持つ最新のもの、定番になってずっと読み継がれているもの、そういうものを置いている。つまり、本屋っていうのは、世界で一番大切な場所なんだ」

 そんなの、食わなければ人間は生きていけないし、病気になったら薬だって必要だ。そんなものよりも本を売るほうが偉いだなんて、おかしいじゃないか。

 パンがなければ本を食えってか。

 島尾は反論したかった。でも口にすることができなかった。

そう口にしてしまったら、では自分はなぜ本屋で働いているのか、という根本的なものに達しそうだった。

接客業が嫌ならば、別の仕事をすればいい。なのに、働いている。多分ここで働くことに、自分がまだ言葉にできない、意味がある。でもまだ見いだせない。

島尾がここで働いているのは、夜十二時まで開いているからだ。深夜のアルバイトにそのまま行く。繋ぎにちょうどいいからだ。

「爽快堂は個人経営だけれど、きちんとお客さんがくるのは、ここのチョイスが面白いとお客さんに思ってもらえているからだ。遠くからでもこの本屋にきてくれる、ファンだっている。先代の店長がカリスマだったからっていうのもある。その遺産で僕らは食わせてもらっているというのもある。でも阿川さんはきちんと先代の意思を受け継いで、売れるものだけでなく、置いておかなくてはならないものをちゃんと棚に入れている。朝番のみんなは品出しをするとき、そういうことを、頭でだけでなく、身体で理解している。僕たちは彼女らがきちんと並べたものをサポートするのが役目だ」

 これでは写真集をどうするかじゃなくって、朝番を持ちあげているだけじゃないか。

 お客がやってきた。カウンターに放り投げられたのは、アニメ化された異世界転生小説だった。

「カバー」

 お客がいう。「してください」を添えるのも煩わしいらしい。

 島尾はブックカバーをこんな風に横柄に頼むやつを憎んでいた。

 客は虚ろな目をしていた。店で買い物をしているのだからお互い愛想良くできないものだろうか。こちらは笑顔を向ける準備をしているっていうのに。なにもかもが面倒くさいと思っていそうだ。

 以前遅番の皆と話したことがある。

「態度の悪いやつになんてカバーをつけてたまるか」と。

 自分の人生がつまらないからって他人に嫌がらせをしているようにしか思えない。

 客がさっさと去っていった。

「本屋は言うなれば、世界みたいなものってことだ。だから、本屋で働くということは、とても大事なことだ。店全部で、世界を表現しなくちゃならない」

「はあ」

「阿川さんたちは柔軟な人たちだよ。寛容だし。まあ自分の好みの棚をやたらと充実させるきらいはあるけどな」

 庄野さんが顎で示す。

 実用書の将棋コーナーは確かに気合が入っている。遅番の連中は一切興味がないから、「趣味丸出しでやっているんじゃねえよ」と文句のタネにしていた。

 結局そこで話は終わった。閉店一時間前になり、しなければならない作業をこなさなくてはならなかったからだ。

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