第8話 他人が解決できますか?
庄野が事務所に手ぶらで戻ってきた。結婚情報誌は売場に戻したらしい。
「二階にうろついている中学生が二名いる。きみと似たような格好だが、同じ部活かなにかかな? 一階で買い物するでなくうろついていたのを不審に思い、二階へあがっていったときに島尾くんが連絡してくれた」
庄野は犯人の前に立った。
「友達か」
そう問われても、中学生は黙っていた。凍えているみたいに震えが大きくなった。
「ケース1 彼らは友人で、きみの犯行を知らない。きみになにか起きたと思い心配している。それにしてはずいぶんとふざけた動きだ。この線は薄いだろう」
庄野は中学生の前に立つ。
「ケース2 彼らは友人で、きみの犯行を知っている。度胸試し、あるいは遊び感覚で万引きをした。まあ、訴えてこない時点で、きみの友人ではない。即刻縁を切ることをおすすめする」
そして……、と庄野はため息をついた。面倒そうだった。
「ケース3、きみは彼らにそそのかされ、犯行を行なった。自分ではやりたくなかったけれど、強要された。つまり、いじ……」
「庄野さん」
小島が庄野の言葉を遮る。
「もう警察に電話しましょう、いいじゃないですか、それで」
「小島くん?」
遠藤が驚いて声をかけた。小島が率先して提案するのを、初めて見たからだった。
「そうだな」
庄野は頷いた。
「多分これから警察がきて、いろいろ調べることになる。店の前にパトカーも置かれ、お客さんも動揺することになるだろう。警官に事情を話さなくてはならないし、僕は今晩帰れなくなる可能性もある。これ以上余計な体力を使いたくない」
読みかけの本があったっていうのに。庄野はつぶやく。
「たすけてください」
その声に全員が振り向いた。
中学生は下を向き、肩を揺らしていた。嗚咽している姿を、皆はただ眺めることしかできなかった。
「僕らは本を盗まれた。こちらが被害者側だ。きみの処遇を助ける筋合いはない。むしろ君の不愉快な悪事で人生の時間を削られたこっちを助けてもらいたいな。盗まれた人間に自分の個人的な問題を救済してくれとは、きみは説教強盗よりたちが悪いぞ」
庄野がいいきった。
「クラスメイトとのトラブルは、すぐに教師に報告しなさい」
あまりにもきつすぎる。庄野の物言いをよくわかっている遅番たちならともかく、中学生にいうのは酷ではないか。誰もが思ったろう。
「言えないときだってあるんじゃないですか。言ったところで、なにもしてくないじゃないですか、教師なんて」
遠藤が言った。さすが元ヤン(?)、反体制、大人は汚いってやつか。
みんな、自分よりしっかりしている。きちんと意見を述べている。そう思うと自分がとても小さいやつに、小島は感じた。
遠藤の発言を受け、庄野は中学生をじっと見てから言った。
「自分のいまの境遇を助けてとしっかり訴えたことは評価する。嫌いじゃない」
庄野は事務所をでていった。
小島は後についていった。
二階のコミック売り場では、棚を眺めるわけでもなく、中学生らしき二人がスマホをいじっていた。
庄野は棚をいじりだした。
犯人に万引きを強要したらしき二人と、ある程度の距離を保っている。
二人は庄野をちらちらと見て、警戒していた。だが無視を決めこみうろついていた。
「みんな漫画が大好きだな」
庄野がつぶやいた。
突然なにをいいだしているんだ。小島には庄野の真意が掴めなかった。
「少年漫画の主人公は自分のやりたいこと、成し遂げたいことに向かってひた走る。僕は、それを『漫画だから』といって筋の面白さだけ楽しみ、自分自身のこととして向き合わないやつは嫌いだ」
「はあ」
「漫画といえば、昔の知り合いを思いだした。そいつは小学生のとき、学年雑誌に連載していた漫画が大好きだった。主人公はのんきで、学校にも行かず、ずっとのんきに家にいる」
「それただのニートじゃないですか」
小島の言葉に、そうかもしれん、と庄野は口の片端をあげた。
なんでそんな話をいいだしたのか。
庄野は平積みされている漫画を整えていた。
「お母さんも学校の先生なんだけれどのんきで行かない、お父さんものんきだから会社に行かないんだ。それでどうやって暮らしているんだか皆目見当がつかない。でも三人で楽しく過ごしている」
「ひどい……」
「でも、読んでいたそいつは、いいなあって思ったんだと。家族仲がいいわけでもなかったからな。仲良くいつでもみんな楽しく過ごす、そんな場所が欲しかったんだろう。いつかそんな場所を作りたい、とそいつは思っていた。そいつとはもう会うことはないけれど、たまに思いだす」
なんでそんな話をしているのかわからなかった。
「なんて漫画ですか?」
小島は訊ねた。
「『のんきくん』」
「まんまじゃないですか」
「僕はこの世の漫画のなかで一番好きなんだ」
庄野は言った。辛いとき、あの漫画の主人公になって、あの家にいる自分を想像するんだ。
「それって」
小島は言葉を続けることができなかった。
知り合いっていっていたのに、最後には自分って言っていますよ。
庄野はそんな矛盾など構いもしなかった。緊張しているのかもしれない、と小島は思った。
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