衣・食・銃 全16話+おまけ

エコエコ河江(かわえ)

改稿版 38536字

レタには日常 16109字

1話:飲食店の役目

 夕方一番に食事を求める客は少ないが、店員は届け物を受け取るため、大急ぎで入り口前の雪を退ける。


 パソコンの画面には「まもなく到着」の文字が表示されている。運び屋ギルドの到着は、普段は大賑わいの時間帯にぶつかり、そのまま貴重な席を使い潰される。今回もそうなると思っていたので、はじめは雪かきを適当に済ませるつもりでいた。


 ギルドの中継協力者として登録した事業者には、荷物が一定の距離まで近づいた時点で自動メッセージが届く。今日は知らせがやけに早いので、車か何かの乗り物を想定して空間を確保した。もし停める場所がなかったら損をするのは自分たちだ。車の速度を考えて大急ぎで雪かきをしたが、予想と比べたら遅すぎる。


 店員は二度も予想を裏切られて、不機嫌な顔つきでカウンター前の椅子を斜めに使い、窓を睨んで車のライトを探す。まだ客がいないので苛立ちを隠しもせず、どんな文句をつけるか考えている。車は一向に通らない。


 さらに予想を裏切り、徒歩の女性が扉を開けた。店員は苛立ちを隠して立ち上がる。駆け寄る前から女性は大荷物をカウンターに並べていき、店員が前に着いたら、胸元からドッグタグを取り出した。描かれたエンブレムで間違いなく運び屋ギルドを示している。


「お待ちどうさま」


 二次元コードを読み取る。作業中に、店員も本能に抗えず、目線をこっそり体に向けた。防寒具は重ねてこそいるが薄手のマントで、腕を出すと前面がはだける。見える服は厳寒には不似合いな、胸元や大腿にスリットが開いたワンピースだ。素人目には、帽子とマントでの防寒は不十分に見える。とはいえ、こうして生存している以上、店員には思い至らない何かがあると合点した。マントの下はわずかしか見えないのもその考えを後押しする。


「確認が済んだら、こっちに水を満タンに頼むわ。二本ね」

「寒い中ご苦労さまです。ところで」


 店員は、客席がまだ誰もいないと確認して話しかけた。


「半分は個人的な話なのだけど、出身地を聞いても?」

「ええ。旧カナディアン・トロント地区」

「つまり、あなたはレタ・オルフェトさん?」


 運び屋ギルドの出身地とは、個人より大きなグループで識別する唯一のラベリングだ。


 治安の問題から富裕層のリスク転嫁先として発足し、需要が増えるにつれて長期的に留守の家が増えた。すると空き巣が増えて、家を持たないキャンピングカー族が増えて、車上荒らしが現れた。やがて運び屋ギルドでは、武装した個人が脚で運ぶのが常識になった。


 各地の拠点では、ドッグタグと本人確認で衣食を提供している。大事な手足が傷んではやがて出資者が困るからだ。


「他にもいるでしょう。三人は会ったことがあるもの」

「いいえ。旧カナディアン・トロント出身の方はもう、一人だけです」

「そう。仕方ないわね」


 事故も天災も略奪もある。生き死にはもう気に留めやしないが、かつてレタが住んだ街並みを知る者がいないのは、少しだけ寂しい。


「ご用事は?」

「ファンなんです。手際がよくて、確実で。今日だって驚きましたよ。車並みに早い」

「ありがとう。それで、用事の残りの半分は」

「ひとつ依頼があって、レタさんなら紹介できます。概要は、人を送り届けると聞きました」

「先に夕食をもらっていいかしら」

「もちろんです。お好きな席を使いください」


 レタは奥の席へ向かった。椅子の向きを傾けて、左に窓、右に厨房、後ろには壁。この配置ならば、近寄る道は正面しかない。


 レタが胸元を大きく開ける理由は、相手の視線を誘導するためだ。レタに向かいあったならば、視界の隅に胸元がある。視線が本能に負ければ一瞬の隙が生じる。対処するには十分だ。


 その前にも、注目を集めるだけで狙いにくくなる。多数の目が集まるほど、別の誰かに向く目が減る。隠れたい者にとって、狙いやすいのは注目されていない者だ。被害を押し付けただけで何も解決していないが、レタ自身の生存のためだ。甲斐あって今では、運び屋ギルドの中でも指折りの長期に渡って活動している。


「お待たせしました」


 皿が運ばれてきた。代金をギルド持ちにすると一定の食材が必ず含まれる。貴重な手足を損耗から守り、同時に制度の悪用も防いでいる。


 今回はカルボナーラに、肉や野菜をしこたま放り込んだワンプレートだった。提供の仕方は料理人任せので、奇想天外な結果も多い。今回は当たりのほうだ。


 左手でフォークを持ち、右手は腰にあるホルスターの近くで、いつでも抜く準備がある。


 食べながら席のコンセントで、スマートフォンとモバイルバッテリーを充電する。酷使しても合計で四日は保つ性能がある。レタの場合はこまめな充電と省エネ使用のおかげで、食べ終える頃には満充電だ。


 夕食どきになり、どんどんと客が入る。そうなれば当然、柄の悪い者もいる。レタの前にも二人組の男が来た。怖いもの知らずの目線を上下させて堂々と品定めする。


「あんた、娼婦か?」


 男の目はまず脚へ、それから大胆な胸元、青の瞳、そして流れる金髪を追って腰へと戻る。


「生憎だけど」

 男が次に踏み出す一歩を制するようにレタは口を開いた。

「私は運び屋ギルドの者よ。娼婦じゃない」


 左手でマントの下をずらし、背嚢の側面を見せる。私物とは別のギルド指定バックパックに渡り鳥のエンブレムが刻まれている。見せるとすぐに、男たちは態度を変えた。


「おっと失礼した。俺らも世話になってる。邪魔はしないよ」

「助かるわ。今後もよろしくね」


 レタの色目を受けて、男たちは名残惜しそうに離れる。その後ろ姿を見送りながら、彼らに反応する人物を探した。友好的か、敵対的か。


 運び屋ギルドに対して友好的な者が多いならば、その地域はいくらか安全だ。結果的にでも商売の邪魔をしたならば、間違いなく報復を受ける。


 先の男に友好的な者がいくつか目につく。ボディガードつきのホワイトカラーらしき人物も軽く挨拶をしていた。この様子なら危険度は低い。


 食事を済ませて、紹介された先へ向かう。寮つきの学校だそうで、長期休業が始まったばかりと聞いた。広さと静かさを目印に、たどり着くまでは早い。


 インターホンから挨拶をする。所属と名前を伝えたら、すぐ中に案内された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る