4.少女は辿り着く


 私たちは元の街道には戻らず、森の中の草木を掻き分けて歩き進めていた。

 これは最短距離を進むためで、馬鹿正直に街道を通ると、今いる森を大きく迂回する羽目になる。


 森には魔物が生息しているから、安全策で行くなら迂回したほうがいい。

 でも、こっちにはいくらでも使い潰せる傀儡がいるから、魔物との戦闘は彼らに任せて私たちは森を進めばいいだけ。ずるいやり方だけど、この方法が遥かに楽ちんだ。


「そういえばご主人様、今から向かう街はどんなところなんですか?」


 そろそろ歩くの飽きたなぁ……と思い始めた時、背後から質問が投げかけられた。

 一旦歩みを止めて後ろに振り向き、首を横に倒す。


「えっ、あれ? 言ってなかったっけ……?」

「少なくとも、私の記憶では」


 頬をぷくーとさせている様子から、ちょっとご立腹らしい。

 記憶を辿ってみれば、たしかに次の目的地に行くとは言ったけれど、どこに行くかは言っていなかったような?


「ああ、ごめんごめん。勝手に説明した気になっていたよ。次に行くところは鍛冶師の聖地とされている──鉄鉱都市ハダッドだよ。かなり有名な場所なんだけど、聞いたことある?」

「…………いえ、初めて聞きました」

「えぇと、ハダッドって言うところはね」




 鉄鉱都市ハダッド。

 とても大きな鉄鉱の山と隣接している街で、そこは街の至る所から蒸気が常に噴き出している。そのせいで毎日が猛暑のように蒸し暑くて、街中に飛び交う威勢のいい声がさらに暑さを強調してくる。


 ハダッドに住む者の多くは『ドワーフ』という、鍛冶職の最先端技術を有している種族がほとんどだった。

 たまにドワーフの弟子の中に獣人族や人間もいるけれど、比率で言ったらドワーフが圧倒的だ。人種主義者が最も嫌う街でもあることは間違いない。


 彼らのおかげで街には質のいい武器や防具がありふれていて、多くの冒険者がそれを求めてこの街を訪れる。

 鍛冶のプロが作るだけあって、冒険者の実力は様々だ。時には人々から『人外』と呼ばれるほどの実力を持った者も紛れているので、無駄にハダッドで悪目立ちすることはおすすめしない。

 『人外』と言っても冒険者からしたら憧れの存在だ。もしかしたら会えるかもしれないという期待を込めて、新人冒険者もこの街に訪れる。そのついでに十分な装備を整えて強くなる。


 だから、ここは冒険者を育てる街でもあるんだ。


 ハダッドが人気な理由はそれだけではない。

 実は装備目的以外に、ここを訪れる者も多くいる。


 それは──温泉だ。

 湯には美容効果のある成分が含まれていて、女性冒険者や貴族からも圧倒的な支持を得ているらしい。


 勿論、ここにも迷宮が存在している。

 これが最悪なことに迷宮内はとても暑い。街の蒸気とは比べ物にならなくて、対策も無しに挑めばわずか数分で脱水症状でぶっ倒れるほどだ。


 暑さの原因はマグマだ。

 マグマは全ての階層に流れていて、一度でも気を抜いて足を踏み外せば、即座に骨まで熔けてしまう。

 凶悪なのは地形だけじゃない。そこに存在する魔物もマグマに潜んでいたり、マグマ同等の熱量がある攻撃をしてきたりと不満点をあげ始めたら止まらない。


 超高難度迷宮に指定される『五大迷宮』を除けば、冒険者の死亡率はトップに入るくらい危険の多い迷宮として有名だ。


 そのため、冒険者ギルドに実力を認められた冒険者にしか、迷宮に入ることを許されていない。

 レベル上げの効率は非常に良くて、ギルドに認められた冒険者たちは毎日のように出入りをしていて、迷宮攻略で疲れた体を温泉で癒やす。


 これがハダッドを拠点にしている冒険者たちの日常だ。



 と、これがハダッドの説明。

 それを聞いたプリシラは、困惑したような表情を浮かべていた。


「それは……楽しみにしていいのか、そうでないのか……よくわからない場所ですね」

「迷宮攻略はしばらく後になるから、ひとまずは楽しみにしていていいと思うよ」


 以前の迷宮は、プリシラが初心者で私が冒険者じゃない少人数パーティーでも問題なく入れた。

 でも、ここではギルドからの信頼を得る必要があって、たとえ面倒でも多くのクエストを達成して実力を認めさせなければならない。


 復讐の道からは遠ざかっている気がするけれど、強くなるためには仕方のないことだと割り切る。


 妥協したら世界最強候補の『魔王』に勝てないからね。

 どうせ通る面倒な道なら、さっさと終わらせて最後に残しておいたデザートを食すとしよう。


「ようやく目的を言ったところで、さっさとハダッドに行こうか」


 森はまだ続く。

 これ以上話していると無駄な体力を持っていかれるので、ただただ黙って歩く。


 それから数十分。


 私の額には汗が浮かんできていた。

 別に少し歩いた程度で疲れるほど、軟な鍛え方はしていない。


 これは暑さからくる汗だ。

 つまりは鉄鉱都市ハダッドが近いという証拠でもある。


「暑いですね……」


 さすがの魔族も暑さには抵抗がないらしく、胸元をパタパタさせながら、そう呟く。

 パタパタさせるたびに弾む二つの駄肉は、あえて見ないことにした。こんなところで一人の命を失いたくないから。


 彼女はいつもの黒いドレスだけど、それでは暑いだろうということでハダッド用に作っておいたノースリーブの物を着ている。


「ハダッドに着いて冒険者ギルドに顔を出したら、まずは温泉に行こうか。これからもっと汗をかくだろうから、スッキリしたい」

「そう、ですね……私も温泉に興味がありますし」


 本当は真っ先にとある鍛冶屋を訪ねたかったんだけど……まあ、あの人は色々と面倒だから後回しでいい。


 それよりもスッキリしたい気持ちの方が勝る。

 なんてったって普通の女の子・・・ですから。


「──っと、油の臭いが濃くなってきた。もうすぐ着くよ」


 終わりが近いとは言え油断せず、慎重に草木を掻き分けて進み続けていると見晴らしがいいところに出る。


 その先に──それは見えた。


 説明した通り蒸気が噴き出る街──と言うにはとても大きな場所。

 それらを差し置いても一番目を引かれるのが、後ろにそびえ立つ巨大な鉄鉱山。悠々と存在を主張する山には一切の緑がなく、そこはただ鉄鉱を作り出すためだけのものとして存在を主張していた。


「ここが……鉄鉱都市ハダッド……」

「相変わらず見た目は凄い場所だね……全く、嫌になるよ」


 プリシラは初めての光景にその場で立ち尽くし、私は一度目以来のハダッドに懐かしさを覚える。


「ほら、突っ立ってないでさっさと行こう。早く温泉に入りたいよ」

「は、はいっ!」


 ハッと我に返ったプリシラは、慌てた様子で私に追従する。

 行列の一番後ろに並び、特に目立った会話もしないまま、自分たちの番になるまでおとなしく待つ。


 ……やっぱり、冒険者が多い。


 ハダッドは鉄鉱山で様々な素材が手に入るから、商人の数は少ない。

 もし商人がここに来て何かを売るとしたら……なんだろう? 強いて言うなら食料かな?


 冒険者は三人組から四人組のパーティーで来ている人がほとんどだ。それは男女混合とか男性のみとかで、女性だけのパーティーはあまり見られなかった。


 それには簡単な理由がある。

 女性だけだと馬鹿な男が寄ってきやすいから、それを回避するための馬鹿除けとして、ほとんどの場合はパーティーに男性が入っている。


 あれ?

 そういえば私たちも女だけじゃ……?


「ねぇねぇ、かわい子ちゃん達……」


 そう思った時、背後から声をかけられた。

 …………いや、早すぎでしょ。

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