17. 魔族は奴隷に堕ちる


「ん……」


 硬い地面に揺さぶられる感覚。

 ガタンッと激しく上下した衝撃で腰を打ち、少女は微睡みから目が覚める。


「ここ、は……」


 周囲を見渡すと、そこは真っ暗なところだった。


 唯一の明かりは天井に付けられている小さいランプのみで、そこから見える僅かな光景は、少女と同じような女の子が小さな空間に敷き詰められているという、なんとも異様なものだった。


 その中には少女の、魔族の敵である人間だけでなく、獣人やエルフといった亜人も混ざっていた。

 そのどれもが、異様にやつれて細く、瞳は絶望に染まって虚ろだ。



 ──何か、嫌な予感がする。



 本能がそう呼びかけ、すぐにここから逃げようと立ち上がる……が、少女の手足は頑丈な鎖に拘束されていて、ジャラジャラとした音を立てるだけだった。


 本来ならば鎖程度すぐに引き千切れるのだが、少女は父親の配下に胸を刺され、力のほとんどを出せないほど衰弱していた。



「何っなの、これ! なんでこんなところに閉じ込められているの!?」


 早く帰らなければ母親が心配してしまうと、少女は暴れる。

 同じ空間に居た他の女の子達は、そんな少女に哀れみの視線を向ける。


 ──どうせ逃げられない。

 ──どうせ助からない。


 その視線からは、そう言われている気がした。




「──お目覚めですかな?」


 不意に男の声が聞こえた。


 気がつけば地面の揺れは止まっていて、それは少女の耳にハッキリと届いた。

 声のした方を向くと、小さな窓から誰かが少女を見ている。


「お前は誰だ! お父さんの配下か! 私をどこに連れて行くつもりだ!」


 少女は恐怖していた。

 それでも自分は魔王の娘なのだと、多少の無理をしながら威勢良く吠える。


「はて、お父さんや配下というのは存じ上げませんねぇ……私は貴女が道端で倒れているところを拾ったのですよ」


「拾った……? なら、もういい。私は十分に動けるから、ここから出してくれ」


「いえいえ、そうはいきません。貴女はすでに私の──商売道具なのですから」


「商売、道具……? っ、まさか!」


 少女は自分の手の甲を見る。


 ……嫌な予感は当たっていた。


 怪しく光る紋様が浮かんでいたのを確認すると同時に、理解し、絶望する。




 ──私は奴隷に落ちたのだと。






          ◆◇◆






 それからは最悪な日々だった。


 料理とも言えない腐りかけの豆を出され、大好きな風呂にも入れてもらえず、奴隷商人からは人を人として扱わない仕打ちという名の拷問を受け続ける。


 更には少女が魔族というだけで、同じ奴隷からもストレスの発散として暴力を受けるようになった。


 ムチで叩かれ、髪を乱暴に掴まれて、無防備な腹を何度も殴り、蹴られる。


 その時の奴隷達は笑っていた。

 どこまでも楽しそうに、玩具を見つけたとでも言うように、ケラケラと狂ったように笑っていた。



 少女は何も考えようとしなくなっていった。

 瞳に映る景色は、全て虚ろ。



 出された豆を食べても、味がわからない。


 体中に暴力を受けても、痛みを感じない。


 水浴びと称して泥水を掛けられても、抵抗する気なんて湧かない。



 ──なんで、こんなことになったんだろう。



 顔面に拳が降ってくるのを他人事のように見つめながら、少女は疑問に思う。



 ──全部、奴らが悪いんだ。



 最初にいじめてきた兄達。


 地位を奪われると勝手に怯えた父親。


 命令を受けて殺そうとしてきた配下。


 少女を拾って奴隷に落とした奴隷商人。


 抵抗しないからと玩具にする奴隷。



 ──ああ、そうか。私は憎いんだ。



 勝手に嫉妬されて、勝手に全てを奪われて、勝手に人生を決められた。



 ──殺したい。



 私から全てを奪った奴らを、壊して壊して壊して壊して、殺してやりたい。

 持てる手段の全てを用いて、こいつらの全てを奪いたい。





「ああ、もう、いいかな……」


 その時、少女の中で何かが音を立て──壊れた。


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